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不幸になれ!-1-
「キリスト教徒でもないくせにクリスマスに浮かれてんじゃねーー!!」
十二月に入る少し前から街中……いや、日本中がクリスマスだと浮き足立たせていた。
テレビを点ければ恋人に贈るプレゼントやお薦めデートスポット特集を流し、ラジオや店のBGMはお馴染みのクリスマスソングがかかり、店に入ればサンタのイラストか人形に遭遇した。
正直に言えば俺も浮かれていた。
大学生になり人生初の恋人と過ごす最初のクリスマスだと、十二月のシフト申請には二十四・二十五日を休みと書き込み。当日は何を着るか、何処へ行くか、何を食べるか、そしてプレゼントは何にするか。
考えているだけで楽しかった。
持ち前の脳内麻薬フル発動で毎日がふわふわとし、地に足が着いていない状態だった。
今思い返すとその時の自分の有様は本当に恥ずかしい。
出来る事ならその時の俺を穴を掘って埋めてしまいたいくらいだ。
そんなバカみたいに浮かれはしゃいでいた俺が、誰にともなく毒を吐いている理由。
とても簡単かつシンプルなものだ。
うん。
本日十二月二十四日。恋人に振られました。
振られた理由はこれまたよくある話で、本命にOKを貰ったから、だ。
俺ってただのキープくんだったんだ。
へぇー……。
つか、二股だったんだ。
ふぅん……。
思いもしないサプライズに二年前に理性の檻に閉じ込めたバイオレンスな俺がひょっこり顔を覗かせ、怒りと怒りあと怒りで顔を般若の如く歪ませて訊いた。
「墓石にはなんて書いて欲しい?」
十人中十人がアイドル系だと認める顔を最大限活用し、猫を何重にも被っていた俺を従順で大人しい人間だと思い込んでいた元カレのクソ野郎は、驚きと恐怖で硬直した。
顔色を失くした間抜け面を容赦なく殴りつけると、玄関にドヤ顔で置かれていた元カレのクソったれご自慢の海外ブランドの靴(十万円以上するらしい)を掴むと玄関を飛び出し、七階の廊下から直ぐ側を流れる川に向かい投げ捨てた。
勿論、親切かつ優しい性格の俺は扉が開いているうちに靴が中を舞うようにしてやった。
自慢の靴の行く末を確り瞼に焼き付けた元カレのクソ短小は、閉じた扉の向こうで悲壮な叫び声を上げた。
ざまあみろ!
俺の十分の一でも泣け! バカヤロウ!!
そんな事をしても溜飲は全く下がらなかったが、何事も引き際が肝心だ。
最後に奴の部屋のドアを思いっきり蹴飛ばす事で終わりとし、その場を立ち去った。
慣れた道を大股で歩いていると幸せオーラ全開のカップルと擦れ違い、ささくれ立った心が余計にささくれ立つ。
リア充爆発しろと心の底から思う。
人の不幸を願うなんて罰当たりだが、今日のところは許して欲しい。
いや、怒りが治るまでの数日間は許して欲しい。
みんな不幸になれ!
そんな腐った気持ちのまま、予約していたレストランにキャンセルの電話を入れ、駅前のコインロッカーに預けている荷物を取りに向かった。
駅に近付くにつれクリスマスムードが色濃くなっていく。
店前でケーキやシャンパンを売る人間。そしてそれを買う人間。
プレゼントを片手に足早に歩く人間。
指と指を絡ませる恋人繋ぎで手を繋ぐカップル。
人目も憚らず路上でキスをするカップル。
どいつもこいつも滑って転んで今日という日が台無しになればいい!
そんな寂しい事を願っている自分が惨めで泣けてくる。
目頭が熱くなり、洟を啜りながらトボトボと歩いていると、突如声が掛けられた。
「ねぇ、キミ一人?」
二人で居るように見えるなら眼科か脳外科へ行け。
心で毒づきながら見れば、一見して軽薄だと知れるにへら笑いを浮かべた二十代前半らしき男が立っていた。
「あれ。もしかして泣いてる?」
泣いてるよ。
それがどうしたよ。
テメェーには関係ないだろうが!
うぜぇ! 失せろ! 今すぐ消えろ!
そう目で訴えているのに鈍いのかバカなのか両方なのか、消えやがらない。
それどころか無神経に「何かあった? 俺で良ければ話聞くよ?」などとぬかす始末。
「ナンパもキャッチも要らねーよ!」
鈍くバカな男でも分かるように苛立ちを顔と声と空気と言葉で表してやった。
だが、男は引かなかった。
「そんな事言わないでね。折角のクリスマスなんだからさ。一緒に楽しもうよ」
めんどくせー……。
もう、いっその事、斜め前に置かれている全長一メートル程のサンタ型のランプで殴ってやろうか?
そんな物騒な考えが頭を過ぎるが、何とかそれを押し止める。
「右木 どうしたよ?」
ナンパ野郎と同年代位の男が三人近寄ってくる。
明らかに素行が悪そうな連中が歩いてきた方を見れば、黒色のバンが止まっている。
ナンパ野郎とその仲間の目的が分かった。
チビで童顔で見た目的にはひ弱そうな俺を拉致る気なんだろう。
リンチして金を巻き上げる気か、ホモレイプ無修正作品を撮る気なのかはしらないが……。
相手は四人。手加減の必要はないな。
よし、殴ろう。
リーダーらしき男を選別すると、恐怖から後ずさっていフリをし、サンタ型ランプに手を掛ける。
下から振り上げ顎を狙うか……。
狙いを定めた、その時。
「おーい。白神 ? 白神だろ?」
何故か。どう言う訳か。サンタクロースに扮した男がスーパーカブを肩に担ぎながら近寄ってきた。
えっと……カブって肩に担ぐ物だったっけ?
衣装を着ていてもえぐい筋肉をしているのが分かるゴリマッチョなサンタクロースの登場に、ナンパ野郎共も動揺を隠せない。
てか、道行く人たちが驚きに目を瞠みはっている。
「何変な顔をしてんだ? ああ、そうかそうか髭でわからねぇーか」
いや、表情の理由はそこじゃねーよ。
心で突っ込んでいるとサンタはカブを担いだまま、空いている手で顔を覆うもじもじゃの白髭をずらして見せた。
「福未 先輩……」
「おう。高校卒業以来だな。髪が黒いから人違いかと思ったぞ。まあ、俺が負わせた額の傷で分かるけどな」
「いや、これは俺が勝手に庇って作っただけなんで、先輩は関係ないんで……」
「あー駄目駄目。消えない限りそれは俺のもんだから」
十針縫った傷が消える事ってないよね?
俺の額の傷は一生先輩の物なのか?
まぁ、いいけど。
「元気してたか?」
「まぁ、それなりに」
「そっかそっか。で、何かトラブルか?」
俺に問いかけながら福未先輩は四人の男を見る。
「困ってんなら手ぇ貸すぞ」
「カブが凶器ですか? 流石に死人が出ますよ」
そう言いながら俺は手を掛けていたサンタ型ランプを肩に担いだ。
「まぁ、俺、今自暴自棄なんで死人出てもいいんですけどね」
狂気を孕んだ微笑で男達を見れば、漸く男達も俺がただのチビの童顔でない事が理解できたようで、表情が苦々しい物に変化していた。
「俺の話、聞いてくれるんだっけ?」
ナンパ野郎に問うと男は顔を引き攣らせ「ヤバイよ。でかい方、鉄拳の福未だ。それに小さい方は多分特攻隊長のシラガミだよ」と仲間に耳打ちした。
卒業しても未だに色々な人達にその名を知られているなんて、流石っすね。先輩!
ああ、一つ訂正だけど、俺は別に特攻隊長とかそんなんじゃないよ。
ただの後輩その一だから。単なる考えなしの単細胞だから。間違えないでね。
先輩の数多の武勇伝を小耳に挟んだ事があるのか、鉄拳の福未と事を構えるのは得策でないと判断したリーダーらしき男は舌打ちをし、四人仲良く引き上げて行った。
「俺は兎も角、お前は直ぐにそれを下ろせよ。店の人が青い顔をしているぞ」
サンタ型ランプの持ち主が青い顔をしているのは俺の所為ばかりじゃない気がするが、取り合えず下ろすか。
持ち主に迷惑がかからないように丁寧にランプを下ろし、元の場所へと戻す。
「てか、先輩はなんでカブ担いでるんですか?」
「いや、配達の途中で壊れちまってな」
「だったら押して帰ればいいじゃないですか」
「まぁ、そうなんだけどな。担いだ方が鍛錬になるだろう?」
鍛錬の為だと言われてしまえば、それまでだ。
はた迷惑な鍛錬方法だとしても後輩である俺に言える事は何もない。
「頑張って下さい」
それじゃあと立ち去ろうとするが、引き止められてしまった。
「久しぶりに会ったていうのに素っ気無いな」
「そんな事言ったって、先輩は仕事中でしょ? 邪魔は出来ませんよ」
「後輩の話聞く時間くらい都合つけられるって」
カブを肩に担いだまま空いている手で俺の手を取り歩き出す。
駅前に設置された全長二十二メートルと無駄に大きなクリスマスツリーまで来ると手を離し、次いでカブを肩から下ろすとツリー前に置かれたベンチに腰を下ろした。
電球何万個も付いた目に痛い程輝いているツリーの前で、サンタクロースと並んでいるのが酷く居た堪れない。
「で、何をしょぼくれた顔してんだ」
「まぁ、ちょっと……」
「恋人にでも振られたか?」
「グハッ!」
目に見えない血反吐をぶち撒けると、福未先輩は動揺した。
「悪い。図星だったか」
「いや、大丈夫です。刃先は心の臓まで届いていませんから」
「医者はいるか?」
「要らないです。ただ、自分にもしもの事があれば影武者を立てて三年間は死の公表はしないで下さい」
「よし分かった。任せろ」
高校時代の軽い遣り取り。
バカみたいな遣り取りだが、高校時代に戻ったような気になってしまう。
どんな悩みも笑って受け止めてくれた福未先輩の笑顔に弱った心が更に弱くなる。
怒りで誤魔化していた感情がギシギシと揺らぐ。
ちょっとぐらい泣き言を言ってもいいだろうか?
そんな俺の心を見透かしてか「話してみろよ」と微笑まれ、心に渦巻く泥を吐き出すようにぽろぽろと数時間前まで恋人だと思っていた人間の事を話し始めた。
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