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不幸になれ!-2-
出会いはバイト先に客として現れた事。
相手から熱烈なアプローチを受け、付き合い始めた事。
初めは特になんとも思っていなかったが、付き合っていくうちに情が湧いていた事。
毎日メールと電話をし、時間が合えば会い。何度かセックスもしていた。
生活の一部とし深く入り込んでいた人間にただのキープだったと告げられ、本命を手に入れたから用済みだと捨てられたのだと告白した。
話しているうちにぐちゃぐちゃだった心が整理されていき、捨てられた事よりも相手の真意が見抜けなかった己の迂闊さとバカさ加減にショックを受けていたのだと気付く。
「辛かったな」
高校時代に何度となくされたように大きな手で頭を撫でられ、ずっと堪えていた物が両目から一気に溢れ出た。
「ひぃん……」
巨大ツリーの前で泣いているなんて、いい見世物だと分かっているが、止められなかった。
バカみたいにぐずぐず泣いていると五・六歳位の女の子が近付いて来た。
「おにいちゃんだいじょうぶ? これあげるから元気だして」
差し出されたのはケーキ屋か何かでおまけとして貰ったであろうツリーを模かたどったクッキーが三枚入った小さなビニール袋だった。
正直俺にとっては大した物ではなかったが、少女にとっては大切なお菓子だ。
それを見ず知らずの男に渡すには勇気が要っただろう。
少女の優しさが荒れた心に沁みた。
俺は涙でグシャグシャな顔を笑顔に作り変え礼を言うと、少女は顔を真っ赤に染め、ダッシュで母親のもとへ帰って行った。
母親へも笑顔でお辞儀をすると少女共々顔を赤くしてその場を後にした。
「あんな小さい子に心配されるなんて、俺ってばダサいすね」
「そう思うならとっとと立ち直れ」
「そうですね」
あははっと乾いた笑いを浮かべていると、先輩は困ったように眉根を寄せた。
「そんなにいい女だったのか?」
恋人の性別は敢えて出さずに話したので先輩は勘違いしていた。
だが、それを正す必要もないのでそっとしておく。
「いやぁ。それほどでも……」
「俺の知り合いでいいのが居たら紹介するぞ。ってお前の好みってどんなんだっけ?」
先輩とは正反対のインテリ系の男・です。とは言えない。
言ったら高校時代の曇りない友情を破壊する事になるかもしれないから……。
「インテリ系の美人ですかね」
あははっと笑って真実を濁す。
人の良い先輩は記憶の倉庫から該当する女が居ないかを必死に検索をかけるが、紹介されても困るのでなんとか話を別の方向へ逸らす。
「そう言えば先輩は今何やっているんですか?」
話を振ると先輩は卒業してからの事を語り出した。
卒業前に聞いていた就職先はラーメン屋のスタッフだったが、それはオープン直後に店主が金を持ち逃げされ、直ぐに無職となった事。
バイトを三つ掛け持ちで繋いでいたところに知人の紹介で運び屋に就職した事。
勿論、法に触れない物だけを運ぶまっとうな運び屋だったそうだが、何かの手違いでか、よくない物を運ばされてしまい、そちら側の人達に追いかけられたりしたとか。
アクションシーン多目の話に「それでそれで」と続きをせがむ俺に先輩も調子が乗ってきたのか、運び屋事件簿その二。その三を話してくれた。
映画化出来るんじゃないかと思えるほどぶっ飛んだ先輩の数年間を聞き、気付けば先輩を一時間以上拘束していた。
「仕事中なのに一時間以上もすいません!!」
何度も何度も頭を下げて謝る。
先輩がクビになったらどうしよう!
てか、絶対怒られる!
俺のバカバカ!!
何処までも迂闊な自分を責めていると先輩は「平気平気」と笑った。
「配達は終わってるし、バイクが壊れた所為だって言っとけば何とかなるって」
そうなんだろうか?
例えそうだったとしても俺のミスが消える訳ではない。
「本当にマジすみません!」
再び頭を下げまくる。
今度、何かお詫びしないといけないなと考え、ある事を思い出した。
「先輩ちょっと待ってて下さい」
俺は駆け足で改札口近くにあるコインロッカーへ行くと、預けていた物を取り出し戻った。
お泊りセットと一緒に鞄に入れていた紙袋を先輩へ差と出した。
「あの、これ、話を聞いて貰ったお礼と引き止めたお詫びに貰って下さい」
「いいのか?」
「俺が持ってたら色々思い出してへこむかも知れないし……先輩の好みじゃないかも知れませんけど物自体はそこそこ良いやつなんで」
クリスマスプレゼントにと貧乏学生ながら奮発して買った皮財布。
捨てるのは勿体無いからオークションにでも出そうかと思ったけど、先輩が貰ってくれるならその方が良いだろう。
「開けても良いか?」
「いいっすよ」
紙袋から綺麗にラッピングされた箱を取り出すと丁寧に包装紙を剥がし、箱を開けた。
箱の中身を見て福未先輩は一瞬困惑した。
財布から視線を俺に移し、また財布を見る。
なんか表情が固いけど、どうしたんだろう?
先輩の趣味じゃなかったかな?
俺的には結構イケてると思うんだけどなこの財布……。
あれ?
ちょっと待て。
クリスマスプレゼントだと分かるラッピング。
クリスマス当日に振られた俺。
自分で持っていたら嫌な事を思い出すかも知れない……で、出てきたのが男物の財布。
なっ……。
何やってんだ俺ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!
何自爆してんだよ。
絶対ばれた。恋人が男だったって。
ど、どどどどどどどどどどうしょう!!
先輩の事は性的な目で見た事ないけど、生理的に無理とか存在自体がキモいとか同じ空気吸いたくないなんて言われたら死ねる。冗談抜きで!
「あの…これは…その、ですね……」
何とか言い訳をしなくてはと思うが、中々言葉が出てこない。
出てくるのは滝の様な汗だけだ。
池の鯉のように口をパクパクしていると表情を硬くしていた先輩が顔を奇妙に歪ませた。
そして盛大に噴出した。
「クククッ。動揺しすぎだろう。相変わらず嘘吐けねぇなお前。有難うな。大事にするわ」
大きな手で頭をポンポンと叩かれた。
「良い物貰ったからな何かお返ししなくちゃな」
「いっ、いや、そんないいですよ」
「まぁ、そう言うな」
先輩はウェストポーチから紙とペンを取り出すと何かを書き込み、俺に手渡した。
「俺の名前を言えば付けで食べれるから、好きなだけ飲み食いしていいぞ」
「悪いですよ」
「いいからいいから。絶対に今日中に行けよ」
「でも……」
「お前ね。卒業しても先輩命令は絶対だろ?」
そう言われてしまうと「はい」としか言えなくなってしまう。
「えっと、ご馳走になります」
「おう。美味いもんたらふく食って幸せになれ」
福未先輩は肩にスーパーカブを担ぐとサンタクロースお決まりのセリフ「ハッピーメリークリスマス」と叫び、周囲の視線を一身に浴びながら去って行った。
本当に豪快な人だ。
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