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不幸になれ!-3-
福未先輩に貰ったメモに書かれた住所を携帯の地図検索アプリで行き方を確認する。
今居る駅から五つほど下った駅が最寄り駅らしい。
先輩命令を無視する訳にもいかず、電車に乗りアプリの案内を頼りに教えられた店に向かう。
商店街の路地裏にひっそりと佇むその店はクリスマスって何ですか? うちはそんなものには惑わされませんと言わんばかりの純和風な飲み屋さんだ。
しみったれ……趣のある建物に赤提灯と暖簾が絶妙なシンフォニーをかもし出している。
本日アンチクリスマスな俺の心を慰めてくれそうだ。
引き戸を開けると、クリスマスに行き場を無くした寂しいおっさん共の視線と和服が似合う美人女将の優しい笑顔が出迎えてくれた。
「あの、福未先輩の紹介で来た白神です」
名乗ると女将はカウンターではなく、畳みの座席に案内してくれた。
六人用の席に座ると直ぐに注文したチューハイとお通しが運ばれた。
そして何故かカウンターで飲んでいたおっさん共が寄って来た。
「よぉ。若いにぃちゃんがこんな所で一人酒か? 今日はクリスマスだぞ。デートはどうした?」
と、おっさんAは傷付いた心を抉るような質問をし、正面に座った。
「野暮な事聞くなよ。ほら、にぃちゃんこれ食ってみ、美味いぞ」
おっさんBが女将お手製のダシ巻き卵を持参して右隣に座り込む。
「おう。若いやつはやっぱり肉だろう」
そう言っておっさんCが豚の角煮を持って左隣に座った。
何この状況?
何で俺はおっさんに囲まれてんだ?
こうなる事を見越して先輩はここを教えてくれたのだろうか?
幸せになれってそういう事?
あははっ。
ないない。
そういう事ならばおっさんではなく同じ年代の野郎がたくさん居る店を教えるはずだ。
先輩は純粋に美味い物を食べろって事でここを紹介してくれたのだ。
ならば、言葉に甘えて思う存分飲み食いしてやる!
「クリスマスなんかクソ食らえだぁ!」
突如叫ぶ俺におっさん達は驚きはしたが引く事はしなかった。
「何だにぃちゃんもう出来上がってんのか?」
「確かに独り身にはどうでもいいイベントだな」
「俺は酒を飲む口実になるならなんでもいいや」
取り合えず乾杯だとグラスを合わせる。
おっさん達の仕事の愚痴を酒の肴に進められるままに飲み食いする。
人と飲んでいる所為か何時よりグラスを開けるのが早いな。
そろそろ飲むのを押さえないと帰れなくなるかもな。
アルコールで麻痺した頭でそんな事を考えていると、店に新たな客が入ってきた音がした。
「頼まれてた物買ってきた」
耳に心地よい低音の声。
聞き覚えがあるような気がして振り返ると、思いもよらない人物の姿に一瞬息をするのを忘れた。
夢だろうか?
幻だろうか?
鈍った頭で考えるが全く分からない。
畳の上をハイハイして下駄箱に近付く。自分の靴を引っ張り出して履くとつんのめりながらも入り口に佇む男の元へ歩いて行く。
「夜王……本物の夜王?」
黒のコートを着たままの腕を必死に掴むと男は困惑の目で俺を見た。
「人違いじゃないですか? 俺はそんな名前じゃないですよ」
違う?
色素の薄い髪と瞳。他人に興味ありませんて言うような表情も、感情の機微が感じられない声も記憶の中の夜王と一緒なのに、何が違うのだろうか?
「あの俺…おれ…お……」
俺の事、覚えていない?
そう訊きたいのに舌が上手く回らない。
何が言いたいのかが上手くまとまらない。
「しら……」
興奮した所為か、酔いが一気に回った俺の視界はぐにゃぐにゃと歪む。
このまま目を閉じたらきっと夜王は消えてしまう。
閉じてなるものかと必死に脳に言い聞かせるのに、アルコールに支配された脳はそれを受け入れない。
俺の意思を無視して瞼は閉じられてしまった。
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