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裏アカ男子とオタクくん(1)
僕は怒っていた。
怒っている理由は他でもない。隣の席の陽キャ、滝悠人 だ。
高校二年生になって、それまで交流のなかった滝と同じクラスになってからというもの、僕の学生生活は奴に乱されっ放しだ。
僕のことをオタクくん呼ばわりするのも大概だが、授業中に寝ておきながらノートをたかってきたり、なり手のいない美化委員を押し付けてきたりと好き放題。昨日なんか、体育館から教室まで荷物を持ってこいときたものだ。三時間目の体育で左足首を捻ってしまって荷物を持つのが大変だという理由があるにせよ、カースト上位の陽キャくんだ。他のクラスメイトに頼めばいいだろうと思う僕は間違っていないと思う。
今日も今日だ。足の調子が相変わらず悪いから、昼食を購買で買ってきてくれと宣いやがる。いい加減にしてくれと云ったら、ジュースぐらいは奢ってやるときた。仕方なしに四限の終わりと同時にダッシュして奴の昼食をゲットしてきたものの、奴はなんだかんだと理由を付けてジュースを奢ってくれなかった。
腹が立つったらありゃしない。
とはいえ、仲間の多い強い滝である。陰キャなオタクひとりでは太刀打ちできない。しかも、クラスの委員長である尾口からの情報によると、滝は『この俺サマが孤独なオタクくんに頼んでやっている』と思っているようなのだ。通りでいつも上から目線な筈だ。
故に僕は怒っていた。
どうにかして奴をギャフンと云わせたい。その為には奴の弱みを握らなければならないのだが、何せ僕の学内ネットワークは狭い。片手に満たない友人は弱小アニメ同好会の仲間たち。彼らはオタクが好む情報には精通しているが、学内の噂話には耳が遠く、カースト上位の陽キャなどという生活圏が被らない人間たちのことは、そもそもの存在を認識していなかった。
勿論、頼めばやってくれないこともないだろうが、人間相手の立ち回りが極端に下手な連中である。滝にバレずに奴の弱味を調べ上げるなどといった諜報活動には向かないだろう。かといって、僕がクラスメイトに訊いて回ろうものなら、直ぐに滝の耳に入ってしまう。
どん詰まりである。
とはいえ、滝と日常会話を全くしないという訳でもない。僕はさりげなく滝から情報を引き出せないか頑張った。だが無理だった。俺サマ気質の滝は苦手なものがないようなのだ。
その代わり、奴のパーソナルな情報にだけは詳しくなった。
滝悠人、愛称ゆっきー。身長168cmで体重は60kg。明るい茶色の髪をキノコカットにしている陽キャ。本当は目の色も黒らしいのだが、髪色に合わせてカラコンを入れているらしい。身長があと5cm高ければ、我が北高の神7に数えられていたとは本人談。
とはいえ、男の僕からしても唸るぐらいには面がいい。
異国の血が入っているのではないかと思うくらいに、目鼻立ちのはっきりとした顔立ち。くりっとした瞳に、ぷるんとした口唇。それに、すっと筋の通った鼻。かといって『濃い』のとはまた違う。アイドルに良くありがちな中性的なマスク。眉毛やもみあげなんかは手入れをしているらしいが、もっさい僕とは異なり、とにかく洗練されている。
好きな女性のタイプは以外にも清楚系。陽キャな滝のことだからギャルもいけると思っていたのだが、本人曰く、あまり食指が動かないらしい。
対して僕、小山内ハルキである。
滝の所為ですっかり愛称がオタクくんになってしまったが、事実なので云い返せない陰キャだ。休み時間の楽しみはラノベを読むこと。
黒髪黒目に黒縁眼鏡の純日本人で、身長は174cm、体重は59kg。眼鏡をコンタクトに変えるだけでも雰囲気変わるのに――と、クラス一のギャルである笹内さんに云われたことがあるが、十中八九お世辞であると思っている。
好きなタイプは男の娘。家に帰ったらSNSで男の娘の垢をチェックするのが最近のマイブーム。
うん、勝てない。
まともにぶつかって勝てる筈がない。
このステータス差を埋める為には努力が必要だが、何をどう努力をすればいいのだろうか。筋トレ? 勉強? けれどもそういった部分的なステータスで滝に勝ったからといって、僕と滝の関係が改善するとは思えない。むしろ、より都合良く使われるだけになるのではなかろうか。
かといって何もせずにいても、僕の怒りは積み重なるばかり。
やはり、どうにかして滝の弱味を調べ上げなければ。決心を新たにした僕は自分の部屋にあるパソコンの電源を入れた。父に頼み込んで買ってもらったゲーミングPC。こいつの性能だけだったらクラスでトップを取れる自信があるけれども、陽キャ揃いの我がクラスでは称賛は得られないどころか、オタクくんという僕の愛称に更なる裏付けを与えてしまうことになる。
まあ、今更か。
僕はブラウザを立ち上げて、いつも通りにSNSを開いた。可愛い可愛い僕の男の娘たちは今日はどんな投稿を上げてくれているだろう。胸を高鳴らせながらフォロイーをチェックする。みさちゃんにめぐちゃん、ぽわちゃん……どの男の娘も最高に可愛い。僕の一番のお勧めのゆうみなちゃんのチェックはまだだけれども、これだけでも僕の心は充分に癒されていた。
二十人ほどチェックしたところで、最後に取っておいた最新のフォロイーのページに飛ぶ。
そう、ゆうみなちゃんのページだ。
ゆうみなちゃんは顔出しナシの所謂裏アカ男子というヤツだ。いつも女性用のセクシーランジェリーを着用した写真を上げてくれている。彼自身はあくまでセクシーランジェリーが好きなだけのDD らしく、普段着はありがち男子ファッションなので、厳密には男の娘ではないのだけれど、そんなのどうでもいいってくらいに僕好みのボディな子だ。
程良く厚みのあるぺたんこな胸に、細い腰。
こういう男子が女の子の格好をしているのがエモいんだよ。
ゆうみなちゃんが好きなセクシーランジェリーの種類は、オープンカップとオープンクロッチ。過激なランジェリーを着用する彼の写真は画面半分にモザイクがかかってることも珍しくないのだけど、その綺麗な肢体が頻繁に拝めるのだから僕的には文句は一切ない。むしろタダで見させてもらって有難うございます、だ。
最新投稿を見ると、今日はショートの動画っぽい。本当に!? 僕は指先を震わせながら動画の再生ボタンをクリックした。乳房の部分だけが綺麗に繰り抜かれたシースルーの黒いボディスーツ。足にはレース製のストッパー付きのこれまた黒いニーハイストッキングを履いている。肝心な部分には勿論モザイクがかかってるけど、これだけで三日はオカズに困らないくらいセクシーだ。
でも、出来れば下アングルから胸の方にカメラが上がっていって欲しかったなあ。なんて思いながら除毛の済んだ脚を眺める。ゆうみなちゃん的には足を見せたいのか、舐めるように黒ストを映している。綺麗な脚だからいいけど、ボディスーツももっと見たいなあ。なんて思ってたら、あれ? と、なった。
僕は目を細めた。
左足首に包帯が巻かれている。
滝が捻ったのも左足首だ。変な偶然もあるなと思いながら動画の続きを見ていると、カメラが上に戻り始めた。膝から腿のストッパー、股間と来て、首を傾げる。やっぱり。僕は先程感じた違和感が本物であることを覚った。臍の右脇に大きめの黒子がある。
滝の臍の右脇にも同じような大きさの黒子があるのだ。
まさか、まさか。鼓動が早鐘のように打ち鳴らされる。
いや、でも、あの陽キャが? 僕はじっくりとゆうみなちゃんの肢体を観察した。プール授業の際に何度も目にした滝の身体には、目立つところに幾つか黒子があった。右の肩甲骨の下だったり、左の肩口だったり。どうしてそこまで覚えているかというと、滝のボディラインが僕の好みに合致していたからだ。どのくらい好みかと云うと、11月の文化祭のクラスの出し物に女装喫茶を提案しようかと本気で考えていたぐらいだ。
僕は画面に目を凝らした。
左肩は照明の加減で透け具合が少なく、黒子の有無は確認出来ない。
左足首の包帯と、臍右脇の黒子だけでも充分な気はするが、相手はあの滝だ。せめてもう一か所ぐらいはマッチしている場所が欲しい。そう考えていると、カメラの視点が変わった。余程シースルーのボディスーツが気に入っっているらしく、珍しくも鏡を使ってバックショットを見せてくれるようだ。
縦長の姿見に映し出されるゆうみなちゃんの後ろ姿。背中が大きく空いたボディスーツの下から覗く肩甲骨の右側に、僕の視線は釘付けになった。やっぱり滝と同じく黒子がある。
間違いない。僕は拳を握り締めた。そして天井に向けて突き上げる。
嬉しいなんてもんじゃない。ついに滝の弱味を手に入れたのだ! 僕はどうやって滝に今までの怒りの代償を支払わせるか考え始めた。
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