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前編(13時〜16時)

職員室から持ち出した鍵で、放送部の部室を開けた。 締め切られた部屋にはモワっとした熱がこもっていて、慌ててエアコンを入れる。 狭い部屋だからすぐに涼しくなるだろう。 お盆休みの本日。 私立の中高一貫校である我が男子校も、部活動は全面休止。 学園内は静まり返っている。 現在ここにいるのは、自分一人だけ。 新人教師一年目だし、こんな日に日直が回ってくるのも、まぁ妥当だろう。 日直の仕事は、緊急連絡用の携帯電話が鳴ったら対応することのみ。 しかも鳴る確率はかなり低い。 職員室にいる必要はないだろうと、午後からは、こうして思い出の場所へ引き篭もることにした。 ノスタルジーを求めるなんて、少し夏の暑さに疲れているのかもしれない……。 部室に入れば、この学園に通っていた頃からここにある古いラジカセが目に入る。 うわ、まだあったんだこれ。 懐かしー。 コンセントを繋ぎ、当時良く聴いていた地元のコミュニティFМにダイヤルを合わせた。 「13時になりました。えー、というわけで、みなさん、こんにちは!「アフタヌーンシー」のお時間です。本日はいつも月曜日のこの時間を担当しているツッキーさんに代わりまして、私、ナツナツが海岸通りのサテライトスタジオよりお送りいたします。今日はこれでもかと夏の暑い曲をお届けする予定。というわけで、まずは一曲、お聴きください」 ラジオの中では、下手くそなDJが暑苦しく喋っていた。 でもこういう感じも酷く懐かしい。 それにこのDJの声、なんとなく高校の頃から大好きな、けれどもう何年も会ってないアイツの声に似ている気がした。 アイツがこの街にいるはずがないのに。 やっぱり少し疲れているのかもしれない……。 「番組では、メールを募集しております。リクエスト曲に限らず、夏の思い出、夏の恋バナ、じゃんじゃんお送りください。では次の曲をお届けしましょう」 放送部部室の窓際に配置された古びた皮のソファ。 その上に無秩序に積んである雑誌、誰のか分からないジャージ、プリント類を全てどかす。 意外と神経質なので、テーブルに置いてあったウェットティッシュで軽く拭いてから、ゴロリと横になる。 エアコンも効き始め、なかなか心地良い空間になってきた。 これならお役御免となる18時まで、リラックスして過ごせるだろう。 夏の曲をかけまくるというラジオ番組も、もしかしたらあの曲を流してくれるかもしれない。あの夏に聴いた思い出の曲を。 ソファ横の壁には、8月の日付が並ぶカレンダーがぶら下がっている。 ふと思い立ち、そのカレンダーを剥がしてみた。 出てきた壁には何年も前にアイツが書いたいたずら書きが、随分と色褪せていたもののまだ残っていた。 『やきそばパン』 久しぶりに見ても、それは下手くそな字で、意味不明な落書きだった。 [14時] 「時刻は14時になりました。現在の外の気温は37度!やばいっすね。ガラス張りのスタジオの中は涼しいですけど、ここから見える外を歩く皆さん、めっちゃ暑そうです!熱中症にお気をつけて、水分をしっかり取ってくださいねー」 ラジオに言われたからではないが、何か飲みたくなった。 曲の間に、仕方なく快適な部室を出て、玄関ロビーの自販機まで移動する。 どこもかしこも締め切られた校舎内は、暑さがこもって不快指数が高かった。 自販機で甘さ控えめのカフェラテの缶を購入し、その場で一気に飲み干す。 冷たくて美味い。 そしてもう一本、麦茶のペットボトルを手に入れて、また部室へと戻った。 エアコンが効いた部屋は、天国のように快適だ。 そのままソファまで進み、再びゴロンと横たわる。 ソファの皮が冷えていて、その触感に「サイコーだ」と声が出た。 これで休日手当が支給されるのだから、日直も悪くない。 「番組が始まって、一時間半が経ったけど、まだ一通もメールが届いておりませーん。ツッキーさんのピンチヒッターのナツナツ、本日が初めてのDJですが、頑張っております。是非、励ましのメール、お待ちしております。次の曲は……」 こいつ、ラジオ初めてなのかよ。 そもそも、このコミュニティFМを聴いている総数が少ないのだろう。 さらにお盆休みで、普段聞いている層も、出かけていたりするはずだ。 でも、海が近いこの街の、地元のカフェや海の家ではBGMになってるはずだ。 とはいえ、そこで聴いている人たちはメールなんて出さないのだろう。 元放送部、お昼の校内放送を担当していた身としては、少しだけナツナツが可哀想に思える。 暇つぶしにメールしてやろうかと、ズボンの尻ポケットからスマホを取り出した。 「皆さん、ようやく、一通目のメールが届きました!拍手!えー、ラジオネームやきそばパンさん。いいラジオネームですねぇ。ナツナツがこの世で一番好きな食べ物です」   ラジオでメールが読まれるのって、意外とうれしいもので、ついニヤけてしまう。 「『今、五年ぶりに訪れた懐かしい場所にいます。思い出というのは、どうして時が経つと美化されるのでしょうか』分かる―。これめっちゃ分かる。ナツナツも五年前は高校三年生でした」 同い年かよ、ナツナツ。 「ナツナツの思い出の場所は、部活やってたんでその部室だね。そこで好きな人と二人きりでくだらないことをいっぱい喋って。時には一言も口を聞かずにただ一緒にいて。青春だったなー。嫌なこともあったはずなのに、いいことばっかり思い出します」 ナツナツよ、この気持ち、分かってくれるのか。 彼とは意外と話が合うかもしれない。 [15時] 「時刻は15時になりました。13時に始まったこの番組「アフタヌーンシー」も残り三時間。さて、ナツナツはこのままのノリでエンディングまで頑張れるのか。やきそばパンさん、聴いてますかー。またメール送ってくださいね。15時台はこの曲から」 名指しかよ。 文句を言いながらも、思わずフフフと笑ってしまう。 もしかして、今このラジオを聴いているのは、この世の中で自分一人なんじゃないのか。 いくらローカルなコミュニティFMでも、さすがにそれはないだろうけど。 学園の広い敷地に一人きりでいるせいか、そんな気分になってきた。 「やきそばパンさんから、またメールをいただきました。ありがとう!えーと『私は高校生の頃、夏の夜に学校へ忍び込んだことがあります』やんちゃですねー。『それが過去一番の夏の思い出です』聴いてる皆さん。特に学生さん。マネしちゃダメですよ。絶対にね。でもね、実はナツナツも、忍び込んだことあるんです。もしかしてこれって結構定番の夏の思い出?そんなことないよね?次の曲のあと、ナツナツが忍び込んだときの思い出を少し語っちゃおうかな」 同じような思い出を持っている相手には、親近感を覚えるものだ。 曲が終わるのを心待ちにしてしまう。 そのとき、手元の緊急連絡用の携帯電話が大きな音で着信を知らせる。 慌ててラジカセに近寄り、ボリュームを落としてから、電話に出た。 最寄りの警察署からの連絡だった。 生徒が万引きで補導されたらしい。 盗んだものはゲームのトレーディングカード。 親御さんを呼んで厳重注意したが学園にもご報告を、とのことだった。 生徒名、店舗名、被害総額などを聞き取り、詫びを伝えて電話を切った。 こういう事案は、教師の情報共有クラウドに状況を投稿しておくことになっている。 休みが明けてから担任が対応するだろう。 あぁ、万引きなんて情けない。 処理を終え、ラジカセに近づいてボリュームを上げる。 しかしナツナツの学校に忍び込んだトークは終わってしまっていた。 [16時] 「ただいまの時刻は16時。海水浴をしている皆さんも、そろそろ帰り支度を始める頃でしょうか?遅くなるとね、海の家のシャワーが混んだりするから、ほどほどで切り上げましょう。とはいえナツナツは時間ギリギリまで海にいたいタイプです。というわけで、海岸通りのサテライトスタジオに居りますので、海水浴帰りに寄ってイケてる夏の男、ナツナツの顔を見てってくださいねー」 窓から差し込む西日が眩しくなってきた。 立ち上がってカーテンを閉めたが、普段は使われていないようで、ホコリが舞う。傾き始めた太陽のせいで、部室の中がオレンジ色に染まっている。 「ここまでオンエアした曲は、番組のホームページで一覧になっています。あの曲まだかかってないじゃん、みたいなナンバーがあったらリクエストをお寄せください。やきそばパンさんも、学校に忍び込んだ話の詳細、送ってくださいねー。では夏といえば外せないこの曲をお送りします」 学校に忍び込んだ話は、今まで誰にも言ったことがなかった。 最終的に体育教師に見つかって怒鳴られたけれど、その情報が他の教師と共有されることも、親に連絡が行くこともなかった。 その教師は、今もこの学園に君臨しているから、常に頭が上がらない。 「皆さんお待ちかね、ラジオネームやきそばパンさんからメールが届きました。えーと『先ほど急に仕事の電話が入り、ナツナツさんの思い出話を聞くことができませんでした』えー、そうなの?残念。でもお仕事大事ですからね」 今日はもう、緊急連絡用の携帯電話が、鳴りませんように。 「『私が忍び込んだのは、友達に誘われたからでした』おっ、ナツナツとは逆パターンですね。『友達は、夏期講習に行く私を塾の前で待ち伏せしていました。受験勉強に行き詰っていた私に、塾をサボって遊びに行こうと誘惑してきたのです。学生でお金が無かったから、洋服屋をひやかしたり、海岸をウロウロしたり。ただそれだけでしたが、お陰でとてもリフレッシュできました。そんな中、夕方にどしゃぶりの雨が降り出し、友達が学校へ忍び込もうと言い出したのです』えっ。これちょっと待って。どういうこと?んー。ヤバいな。とりあえず一曲流します」 なにかマズかっただろうか? 忍び込んだ話はコンプライアンス的に放送できない内容だったのか? もし、ナツナツに何か迷惑を掛けてしまったのなら、申し訳ない。

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