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後編(17時〜19時)

窓の外から、子どもたちに帰宅を促すチャイムが聞こえてくる。 「17時です。ピンチヒッター、ナツナツがお送りする「アフタヌーンシー」も残り一時間となってしまいました。さっきまでね、番組に送られてくるメールは唯一、やきそばパンさんからだけだったのですが、ここへきて、なんと、大量のメールが届いております。拍手!」 よかったな、とナツナツに言ってやりたいが、二人きりの時間に邪魔が入ったかのようで少し寂しい。 この部室でアイツと二人で暇を持て余していたら、後輩が「ゲームしましょう」って合流してきたときと、同じ感情だ。 「その大量に届いているメールというのがね、「さっきのやきそばパンさんのメールを最後まで読んで!」という要望ばかりなんです。あっ、今、サテライトスタジオにも何人もの海水浴帰りの人が覗きにきてくれていて。「うんうん」って頷いてる」 どうしてあのメールの続きを知りたがる人が、そんなにいるのだろう。 思わずソファから立ち上がり、ラジカセの前へと移動する。 「えーと、途中からお聞きになった方に、状況を説明しますね。ラジオネームやきそばパンさんが、夏の思い出として『学校に忍び込んだ』ってメールを送ってきてくれたんです。で、ナツナツも忍び込んだことあるよって、その時のことを15時台にお話して。簡単に言うと、友達を塾の前で待ち伏せして、遊びに誘いだした。そしたら雨が降ってきちゃって、ナツナツが「学校に忍び込もうぜ」って誘った。結果、放送室で過ごしたって話で」 いつの間にか、ラジカセを両手で持ち上げていた。 聞き漏らさないように抱きかかえる。 無機質なラジオはヒンヤリと冷たい。 この部屋に来てエアコンを付けて、もう四時間以上が経過していたことを思いだした。 「今ね、結構、動揺しているわけですよ、こう見えて。見えてないか、ラジオだから」 見えてねーよ。 「その15時台にね、ナツナツはその友達のことを「すごく好きだった人」って発言しちゃってるんで。すごく好きだった人を誘って学校へ忍び込んだって。恥ずいよね」 なにを言っているのだろう、この男は。 しかも「好きだった」って過去形なのかよ。 「でね、驚くことに、16時台にやきそばパンさんから送られてきた「学校に忍び込んだ話」が、ナツナツの語った話と完全に対になる話でした。誘った側と、誘われた側の話として一致してしまった。いや、ヤバイよね。つまりそれって?って思っちゃった訳でしょ、皆さん。だからメールがこんなに届いて。いやー、参ったな。ここ涼しいのに手汗が止まらない」 聴いてるこっちも汗が出てくるよ。 とりあえず買ったままになっていた麦茶のペットボトルを一口飲む。 当たり前にぬるい。 「これさ、この状況でメールの続き読んだらナツナツ、やきそばパンさんに怒られちゃうよね。いや、だけどこれ仕事だし許してくれるかなぁ。読まなかったら、リスナーの皆さんが怒りますもんね?サテライトスタジオに来てくれてる人も、また「うんうん」って頷いてる」 読むな、絶対に! 使えもしない念能力をラジカセに向けて送る。 「えー、ではさっきの続きから。『学校に忍び込んだ私たちは、放送室へと向かいました。二人とも放送部だったので機器の扱いには慣れていて、誰もいない校舎中に、一緒によく聴いていた曲を大音量で流しました』いやー、エモいよね。ここ、完全に映画ですよ。でもこれ、他人事じゃないから、ヤバいわー。『結局、学校のすぐ近くに住んでいる体育教師に気付かれ、こっぴどく怒られたのですが、大好きな人との大切な思い出です』……」 読みやがった。 もうどうにでもなれ。 曲の間に再びメールを送信する。 手が微かに震えて、何度も何度も文字を打ち間違えながら。 「ごめんなさい。さっきは危うく放送事故になるところでした。ディレクターさんが機転を利かせて曲流してくれて、助かったー。「大好きな人」ってなに?どういうことって思ったら、頭真っ白になっちゃって。さて、こんな状況で残り五分のエンディングです。実は最後にかける曲はオープニングから決めていたんですよ。それを流して、皆さんとの楽しい時間を締めくくろうと思い……。え?あ、ここでやきそばパンさんからメールが届きました」 オンエア中に読むのかよ。 「19時に部室で待っています。リクエスト曲は、五年前のあの夏に、放送室でかけた曲でお願いします」 [18時] ラジカセを切って、コンセントを抜いた。 スマホで教員の情報共有クラウドにアクセスし「退勤」ボタンをクリックする。 そしてそのままSNSのアプリを開き、ナツナツのアカウントが無いか探してみた。 見つからない。 そもそもあの男、「ナツナツ」なんてふざけた名前で普段から活動している訳ではないのだろう。 ついでに「#アフタヌーンシー」で検索してみると、意外なほどたくさんの投稿を見ることができた。 「ナツナツさん昔好きだった彼女さんに会いに行くのかな?エモい」 「十九時ってことはこの辺の高校だよね?港の近くの共学校かな?」 「ヤラセ?って思ったけど、ヤラセであの雰囲気だせるほど、ナツナツが器用だとは思えない」 「やきそばパンは、きっと美声で美人」 「やきそばパンが15時の放送を聞き逃してなかったらこの展開は無かった訳でしょ。ヤバいね」 「最後のリクエスト曲って、ナツナツがかける予定だった曲と一致したってこと?」 そうか。リスナーは、やきそばパンを女性だと認識しているのか。 まぁいい、勝手に言ってろ。 興味を失い、アプリを閉じた。 さて。 もう未成年ではないアイツに、不法侵入させる訳にはいかない。 正門の隣のくぐり戸と、校舎裏の非常口の鍵を開けに行こう。 体育館の向こうには、綺麗な夕日が見える頃合いだ。 開錠して戻っても約束の時間までは、まだ三十分以上あった。 もうソファにドカリと座る気にもなれず、部屋の中を行ったり来たりする。 そうだ。 呼び出した以上、せめてものもてなしに、自販機でアイツが昔よく飲んでいたイチゴオレを買っておいてやろう。 学食のやきそばパンが用意できないのが、少し残念だ。 中学一年の時、出席番号が前後になって、同じ部活に入った。 中高と長い時間を共に過ごしたのだ。 アイツの好みは良く知っている。 それにしても最後の曲の後に言っていたことは本当だろうか? 「私、ナツナツ、長く海外にいましたが、この夏日本に帰国しました。またこのラジオでお会いできる機会もあるでしょう。またねー」 [19時] 落ち着かないまま頭の中で、第一声に何を言うべきか、色々なパターンを考えていた。 「ラジオ、それなりに面白かったぞ」とか。 「この部室、なんにも変わってないよな、懐かしいだろ」とか。 「オマエ、大学を一年経たずに中退したらしいけど、今まで何してたんだよ」とか。 「なんで携帯番号も、メッセージアプリのIDも、変えてたの知らせてくれなかったんだ」とか。 なのに、なのに。 アイツは部室のドアをノックもせずに開け、まっすぐに目を合わせてきた。 ナツナツの正体はアイツだろうと思いながらも、心配だった。 本当に、高校を卒業して姿を消してしまったアイツにまた会えるのだろうかと。 顔を見た途端、胸が熱くなる。 涙が滲んで少し視界がボヤけた。 その姿はラジオでのお調子者の雰囲気とは違っていた。 この数年で、さらに大人っぽく格好良くなっている。 こちらに向かって、ゆっくりと長い腕を伸ばしてきた。 肩を掴んで引き寄せられる。 ギュっと強く両腕で抱きしめられれば、何も抗えなかった。 その胸の中は外気の暑さを纏っていて、夏の夜の匂いがした。 あの頃は、男同士なんてどうしようもないと思ってた。 互いの気持ちに気が付いていても、二人して目を反らすしかなかった。 出口のない感情だった。 でも、もう大人だから。 こうして抱き合っただけで、気持ちが通じ合えたような気がした。 「なぁ、放送室でまたあの曲、流しちゃおうぜ」 抱きしめる腕を少し緩めてアイツが言う。 「あぁ、さっきラジオで聴いたばかりだけれど、もう一度、聴きたい気分だな」 くすぐったい気持ちで笑い合う。 「職員室から鍵取ってくるよ」 高揚したまま廊下を走り出せば、「一緒に行く」とアイツが追いかけてくる。 二人で廊下を駆け出したとき、懐中電灯の明かりが、二人を照らした。 「こんな時間に誰だ、そこにいるのは!」 低い声が響き渡る。 ヤバい、あの時と一緒だ。 まさかの体育教師が仁王立ちしている。 「なんだ、夏村先生じゃないか。日直は18時まででしょ?何しているんですか?学生気分が抜けないんじゃ困りますなぁ」 「いや、あの、これは」 「もう一人は、夏川!またオマエか。久しぶりだな、元気だったか」 「逃げろっ」 アイツは、こちらに手を伸ばし、ぎゅっと握って引っ張るように走り出した。 「おい、夏川。ヤバイよ。今はここで新任教師をしてるんだぞ。逃げるのはマズい」 「大丈夫だよ、夏村」 「なにが大丈夫なんだよ」 二人で手を繋いで、体育教師を突破して廊下を走った。 背後から大声が聞こえる。 「おい、夏川、夏村。ラジオ聞いてたぞ。俺は万引した生徒の電話番号が知りたくて名簿を見にきただけだ。すぐ帰るから、オマエらはゆっくりしていけ。戸締りは頼むぞ」 そういえば、あの体育教師が万引き犯の担任だ。 さすが熱血教師、犯罪を犯した生徒を休日だからとほっておけないのだろう。 それにしたって気まず過ぎる。 新学期からこの人の前で、どんな顔をしたらいいのだろうか。 それでもアイツが手を離してくれないから、その手を握り返すしかなかった。 今だけじゃなく、これからもずっと。 もう、わざとお互いに距離を置くようなバカなことは、しないだろう。

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