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No.12 五日目・秘書「涙のかくれんぼ」

「あ、あの……。昨日、ご近所の奥様方に振る舞われていたフルーツアイスティーを……私にも作っていただけませんか?」 朝食の前、突然そんなことを言われた。 執事はそれを俺に伝えることが少し屈辱的であるかのように、ゴニョゴニョと小さな声で頼んでくる。 「ミカも!ミカも飲みたい!」 「よし!任せとけ」 昨晩仕込んだフレンチトーストと一緒に、彩り豊かなフルーツが浮かんだグラスをテーブルに並べれば、ミカにも眼鏡執事にも大好評だった。 「あー美味しかった。お腹いっぱい。ねぇ、今日は何して遊ぶ?」 彼女はキラキラした目で、俺たちを見てくる。 「本日は午後から町内会の皆さんが盆踊りの練習にいらっしゃいます。ですから午前中のうちに漢字ドリルを終わらせるのが、いいのではないでしょうか?」 ミカの一緒に遊ぼうオーラに負けることなく、執事が答えた。 「あぁ、ドリルね。……もうだいたい終わってるよ」 その発言の信憑性は低かったが、子どもとはそういうものだろう。 「ミカはドリルより、かくれんぼがしたい」 「かくれんぼか……。屋内だけってルールだったらありなんじゃないか。なぁ?」 俺は彼女の遊ぼうオーラに、引き込まれてしまっている。 「そう……ですね。では、アナタは食事の片づけを、私は掃除と洗濯を、ミカ様はドリルを終わらせたら、かくれんぼをいたしましょう」 (まるで俺たち二人、厳しく接する者、寄り添う者と役割分担をしているかのようじゃないか) こうして渋々納得したミカは漢字ドリルに取り組み、二時間後に皆でかくれんぼをすることになった。 — 約束の時刻に、皆がやるべきことを終わらせ、ユニが寝そべる居間へ集合した。 三人でじゃんけんをし、負けたミカが最初の鬼となる。 「ルールはとにかく屋敷の外へ出ないこと。テラスもベランダもダメ。一度隠れた場所から、移動するのもダメ。OK?」 「ではミカ様。大きな声で30まで数えたら、探しに来てくださいね」 「うん、いくよ。いーち、にーい……」 執事は足音を立てずに二階へ上がっていった。 俺は、一階の廊下を進む。 そしてバスルームの蛇腹式扉の後ろへ、ちょうど死角になるように隠れた。 (かくれんぼなんて何年ぶりだろう。思いのほかワクワクするもんだな) 「にじゅーく、さんじゅー。探しにいくよー」 ミカの大きな声が屋敷に響く。 彼女はトコトコと足音を立てながら、俺がいる場所へ近づいてきた。 息をひそめ、筋肉のついた身体をできるだけ小さくする。 ミカはひょこっとバスルームを覗いてきたが、案の定、奥までは確認してこない。 「いないなー」 小さな声で呟きながら、Uターンしていった。 足音は二階へと上がっていく。 そしてその音は、また一階へ戻ってきて、「あれー。どこにいるのー」と言いながら廊下を通り過ぎていった。 二階にいる執事も、うまく隠れているようだ。 トコトコとミカが走り回る気配に「これが大人とのかくれんぼだ」と愉悦を感じる。 しかし、あるときミカの気配が消えた。 最初は執事が見つかり、二人で俺を探す算段をしているのかと思ったが、そういった声も聞こえてこない。 俺は段々と心配になる。 だから「一度隠れた場所から移動しない」というルールを無視し、より見つかりやすそうなところへ出ていった。 キョロキョロと辺りを見渡すが、見える範囲にミカの姿はない。 不安はより強くなり、俺はミカを探し始める。 声こそ出さないが、自分が見つかってはいけない側であることを放棄し、鬼の姿を探し回った。 俺の様子に異変を感じたのか、居間にいたユニも後ろをついて来てくれる。 キッチンにも、居間にも、トイレにも、食堂にも、念のため見たテラスにもいない。 「二階か……いや、まさか……」 不安な気持ちで階段を駆け上がると、「ミカ様?」と声を掛けられた。 執事もミカを探し回っていたらしい。 「ミカは、どこへいったんだ?」 「私は階段を上がってすぐの納戸の中にいました。ミカ様は扉を開けたけれど、そこにある段ボールの裏までは確認されず、私を見過ごされて。その後も一階へ下りたり、階段を上ってきたりとウロウロとしていましたが、二階に上がったところで気配が消えたように思います」 執事が確認済みなのを承知で、俺も全部屋を見て回る。 「ミカー!どこにいる。かくれんぼは終わりだ。出てきてくれ」 「ミカ様。私たちの負けです。出てきてください」 そのときユニがノロノロと動き出した。 昨晩も俺たちが川の字になって眠った寝室の、隣の部屋へ入っていく。 この部屋の扉は開いていたが、さっき中を覗いたときは誰もいなかった。 部屋に備え付けの大きなクローゼットの前で、ユニが「ワン」と鳴いた。 執事が「え?この中に?」と呟き、顔を突っ込む。 「中に、さらに扉があります。少し開いているので、もしかして」 俺に向かってそう告げたあと、彼はクローゼットへ入っていった。 「ミカ様!」 「あー、執事のおじさん。そうだ!ミカ、かくれんぼしてたんだった」 とぼけた少女の声が聞こえ、俺は心底安堵する。 胸を撫で下ろしながら、この場所を教えてくれたユニを撫でた。 (あぁ、よかった。連れ去られたのではないかと、よくない想像が頭を駆け巡ってしまった……) 執事はミカを抱き上げ、クローゼットの向こうにあった隠し部屋のようなところから出てくる。 彼はミカをその場に降ろすと、しっかりと目を合わせ、真剣な表情を崩さずに彼女を叱り始めた。 「ミカ様。私と秘書がどれだけ心配したか分かりますか?ミカ様がいなくなってしまったのではないかと、不安になって探し回りました。かくれんぼをしたいとおっしゃったのは貴女です。それなのに、どうして途中で止めてしまわれたのですか?きちんとご説明いただかなくては、もうミカ様と遊ぶことはできません」 その妙に冷静な物言いは、子どもにとってかなり怖かっただろう。 ミカの目には涙が溜まっていく。 しかし、執事の言うことは正しい。 だから俺は、加勢もせず擁護もせず、彼女が事情を説明するのを見守る。 「ミ、ミカは、おじさんたちを、いっぱい、さがしたけど、見つからなくて。そ、それで、二階の、この部屋のこの中に、ひみつのお部屋があることを、思いだして……」 鼻を啜りながら、ゆっくりと話すミカを執事は急かしたりしない。 「だから、もしかして、ここにいるかなって、中に入ったら」 「入ったら?」 俺が促すと、ミカは右手に掴んでいた古びたノートのようなものを差し出してくる。 「これがあったの」 俺はそれを受け取り、ペラペラと捲る。 「CEOの絵日記か。しかも小学三年生。ミカと同い年の夏休みの頃だ」 「うん。ちょっとめくって見たら、ハリーも、夏休みはこのお屋敷にきて、青い朝顔を育てたり、夏祭りで踊ったって描いてあって……」 「それで夢中で読んでしまった、と」 コクリとミカが頷いた。 「お気持ちは分かります。しかし、私と秘書は本当に心配しました。何かお言葉をいただけますか?」 ミカは、てのひらで涙を拭い、「ごめんなさい」と頭を下げる。 だから俺はさっきユニにしてやったように、ミカの頭を撫でてやった。 その後、執事が「秘密の部屋」を確認したところ、CEOとマドカさんの思い出の品々が仕舞われていたそうだ。 CEOが生まれ育ったのは、この屋敷でも、今の高層マンションでもなく、都心の一戸建てだと聞いている。 ご両親が亡くなり今はもう売り払われているそうだが、大切なものはこの部屋へ保管されていたようだ。 執事はミカが謝ったあとは、笑顔になって「その絵日記、私にも見せていただけますか?」と言った。 ミカも、笑って「いいよ」と差し出す。 『今日はテラスでバーベキューをしました。ぼくはソーセージが好きです。おじいさまの家ですごす夏休みは、やっぱり楽しいです』 執事は音読をする。 本来ならこの眼鏡執事「人の日記を見てはいけない」などと気難しいことを言いそうだが、ミカを立ててやったのだろう。 『おじいさまの家は森とつながっています。一人ではあぶないから入りません。日曜日に父が来たときだけ虫取りに行けます』 「坊ちゃんは文才がおありになる」 そう感想を言う執事の横で、俺はもっと現実的なことを思う。 「そうか、テラスでBBQができるのか。あとで道具を探してみよう」 ミカの頬には涙の痕が残っていたが、俺と執事が彼女を心配していることは、十分に伝わったようだ。

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