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No.13 五日目・執事「ハリーの曲で」
正直、午前中のかくれんぼ騒動で、少し疲れてしまった。
しかし、どうやら筋肉オバケに加え、体力オバケらしい秘書はそんな素振りを見せないので、私も隠し持っていたドリンク剤を一本飲み、体力を回復させる。
(忙しい日々が続きますからね。秘書には負けていられません)
午後になって、まずは町内の役員の方がお屋敷を訪れた。
お隣の山本さんを含む5名の役員さんは、居間で私と秘書それからミカ様に、一人一人名乗ってくれる。
「ミカさん。私たちの顔をよく覚えてください。そして何か困ったことがあったら頼ってくださいね」
「はーい」
町内会長さんは、我々にも警備について説明をしてくださる。
「私たちも左手首にオレンジのバンダナを巻いていますが、今から来るお手伝いの10名も、同じ印をつけています。この計15名の身元は私が保証します。そして、今日の盆踊りの練習、明日の準備、明後日の本番には、門扉のところに必ず我々の誰かが立ち、厳しく出入りをチェックします」
基本的に、町内会は皆が顔見知りだという。
友達や親戚を連れてきたという場合には、念のため子ども以外は、身分証の提示を求めてくれるそうだ。
しばらくするとお手伝いさんが集合し、ご近所の方々も庭へ集まりだした。
ミカ様は、祭りに向けた非日常感にはしゃいでいる。
かくれんぼでは、強く叱りすぎたのではないかと心配だったが、引きずっていないようでよかった。
「まだ暑いですからね。麦わら帽子を忘れずにかぶってください」
「うん!あー、踊りの練習すごくすごく楽しみだねー」
盆踊りの練習とは、そんなに楽しいものなのだろうか。
踊りが得意ではない私には理解しにくい。
「えー皆さん、暑い中お集まりいただきありがとうございます」
町内会長さんが拡声器を持って、庭で談笑する人々に話しかけた。
「年に一度の盆踊り、我が町会ではすっかり定番となりました3曲の振り付けを、本日は2回だけ練習いたします。山本さんちの和彦くんに前に出て手本を見せてもらいますから、皆さん去年を思い出しながら踊ってみてください」
当日は音響設備も庭に持ち込まれるそうだが、今日は懐かしのCDラジカセで音源を流すらしい。
手本を見せてくれるという山本さんの息子さんは高校生で、ミカ様にも挨拶にきてくれた。
「ミカちゃん、久しぶり!楽しもうね」
「うん!すっごい楽しみ」
彼は声を潜め、ミカ様に囁く。
「ミカちゃんのあっちにいるおじさんもさ、タンクトップ姿でめっちゃ張り切ってるね」
和彦くんのその言葉に、私は思わず吹き出す。
何も聞こえていない秘書は、盆踊りに備えているのか入念にストレッチをしていた。
盆踊りの定番曲といえば「東京音頭」や「炭坑節」だろうと思っていた私の耳に、意外な前奏が聞こえ始める。
手本を示す和彦くんは、定位置につきスッと両手を頭上へ上げた。
「こ、この曲は!」
「うん!ハリーの曲。ミカが小さな頃もこの曲で踊ったよ!」
先日、バスルームで熱唱したあの曲ではないか。
アイドルグループが解散しても尚、こうして地域に根付いているとは……感激してしまう。
秘書の姿を盗み見ると、彼も高揚した表情で手本を踊る和彦くんを眺めていた。
ミカ様はバレリーナらしく、指の先までも美しい手を頭上へ持っていく。
(なんと可愛らしい。見惚れてしまいます。さすが坊ちゃんと同じ一族の血を引いてらっしゃるだけのことはある)
「ほら、アナタたちも踊りなさいよ」
聞いたことのある声が背後から聞こえた。
「マドカさん!」
先に秘書が気がつき、声を上げる。
彼女は、「しっ」と人差し指を口元に持っていき、まだミカ様には内緒なのだと知らせてきた。
「私にもアナタたちみたいな頼りになる部下がいるから、今日は任せて抜けてきたの。夏祭りの当日には来れそうもないから、せめて今日だけでもね」
マドカ様はスマホを取り出し、ミカ様が踊る姿を何枚も撮影していた。
—
CDラジカセの音が止まったとき、一生懸命踊っていたミカ様がこちらを振り向いた。
そして気がつく。
「ママーーーーー!」
彼女はマドカさん目掛けて駆けてきて、飛び込むように抱きついた。
その顔は、私と秘書と三人で過ごしたどの瞬間よりも嬉しそうで、やっぱりママがいいのだな、と当たり前のことを思う。
マドカさんも幸せそうに、ミカ様のお顔の汗をハンドタオルで拭っている。
「髪、綺麗に結ってもらったのね」
「うん。このシュシュはね、山本のおばさんにもらったの。でね、ポニーテールは、秘書のおじさんにしてもらったの」
「そう。よく似合ってるわ」
それからマドカさんはミカ様を引き連れ、町内会長さんや、お隣の山本さんに挨拶をして回った。
「……いいえ。私は本当にこの祖父母の庭を使っていただくことが嬉しいんですよ。セキュリティにも気を配っていただいているようだし、ミカもこんなに喜んでいて。本番には顔を出せませんが、よろしくお願いします」
役員の皆さんも、直接マドカさんと話せたことに安堵していた。
—
盆踊りの練習が終わると、秘書はマドカさんにBBQの鉄板が仕舞ってある場所を訊ね、食材を買い出しに行った。
坊ちゃんの日記にあった「テラスでのBBQ」を再現するつもりらしい。
買い物から戻った秘書が鉄板を洗い、炭を起こし、私はテーブルや椅子をテラスに運び出し、蚊取り線香を焚く。
そうして、日が暮れた頃におこなわれたBBQでは、終始ミカ様がお喋りし、この数日の出来事をマドカさんに報告していた。
「ほら、ミカ。ソーセージ焼けてるわよ」
「うん。それでね、プールで遊んだときにはね、水が冷たくて気持ち良かったの。執事のおじさんもタンクトップを着たんだよ。でもラッシュガードがないから、肩のところが赤くなっちゃったの。それでユニはね、水に濡れるのがイヤだからってプールサイドの木陰で眠っていてね。だけど水鉄砲で濡れちゃったから、秘書のおじさんがタオルで拭いてくれて……」
「ほら、タレがこぼれちゃう」
ミカ様は伝えたいことが、次から次へと沸いてくるようで、話があっちこっちへ飛んでいくが、母親というのは、そのぐちゃぐちゃな話でも理解できるものらしい。
「とても楽しく過ごせているようで、安心したわミカ」
「うん!お屋敷の夏休み、すごく楽しいよ」
マドカさんは今日中に千葉の湾岸に戻られるとのことだったが、ミカ様とお風呂には入っていかれた。
風呂上りのミカ様が、BBQの終わったテラスでユニと涼んでいる間に、彼女は私と秘書をキッチンへ呼んだ。
「二人とも本当にありがとう。ミカがとても楽しそうで、アナタたちには感謝してるわ」
そう言いながらもマドカさんの笑顔は曇った。
「実は今朝、あの子の父親から『マドカもミカも、東京に来ているんだろ』ってメッセージが届いたの。どうかミカから目を離さないでちょうだい」
(つまり父親は、二人の動きを把握しているということなのでしょう。これは油断しないよう気をつけなければいけませんね)
マドカさんは私たちに、元夫の写真を見せてくださる。
確かにイケメン・プロレスラーという言葉がぴったりのガタイの良さだったが、決して悪役レスラーのように人相が悪いわけでなく、善玉役みたいにさわやかな笑顔の写真だった。
秘書と顔を見合わせ「お守りせねば」と頷き合う。
「ミカ。ママ、もう行くわね。明日の夜にはまた電話するから」
「うん、必ずだよ。ママもお仕事頑張って」
手を振ってマドカさんを見送ったミカ様だったが、ベッドで川の字になって眠ったときには寂しさから「ママ」と呟き、シクシクと泣いていらした。
しかし私たちには、気が付かないフリをしてあげることしかできなかった。
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