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No.14 六日目・秘書「夏を味わう」

執事がセットしたスマホのアラームが鳴り、一日が始まる。 俺はミカと、咲いた朝顔の数を数えてから、ユニの散歩へ行く。 その間に、眼鏡執事は大量の蝉が鳴く庭に、ホースで水を撒いてくれる。 ユニのリードを持ちながら町内を歩いていると、そこかしこに手作りの夏祭りポスターが貼られていたり、軒下に浴衣が吊るしてあったり、町全体が少し浮足だっているのが分かった。 夏祭りは明日一日のみの開催だけれど、手伝う側へ回れば、もうすでに祭りの真っ只中だ。 「おはようございます。今日の準備よろしくお願いしますね」 門扉のところで会った山本さんに、そのように頼まれれば、ユニも大きな声で「ワン」と返事をした。 散歩から戻り、すぐに朝食の支度をし三人で食卓を囲む。 食後に一息ついていると、インターホンが鳴って執事が対応に出た。 「はい。今、門扉を開けます」 木材などを積んだトラックが、駐車場へ入ってくる。 それに続き、オレンジのバンダナを左手首に巻いた人、門扉でチェックを受けた設営手伝いの人が、続々と庭に集まってきたのが窓から見えた。 「ミカ様。今日はたくさんの人がお屋敷に出入りいたします。ミカ様には、私か秘書のどちらかの目が届くところにいていただきたいのですが、よろしいですか?」 「どうして?ミカ、お庭で迷子になったりしないよ」 「迷子になる以外にも、世の中には危険が多々ございますから」 執事がそう言っても、自分の身に迫る危機を知らないミカには、大人の切実さが伝わらない。 (マドカさんが父親のことを彼女に黙っているのだから、俺たちがベラベラと喋るわけにもいかない。とにかく、未然に防ぐことが大切なのだ) 庭へと移動しながらも、話は続く。 「ミカ。お盆っていうのはたくさんの霊が帰ってきているんだ。だからフラフラしているとオバケに連れて行かれちゃうぞ」 「えっ。どこへ?」 俺の言葉に、むしろ興味を示したようにミカが問うてくる。 「どこって、それは死後の世界とか、地獄とか?」 「アナタねぇ。そんな適当なホラーでミカ様を怖がらせないでくださいよ」 「だけど、俺は子どもの頃、ばあさんにそう言われたぞ。お盆過ぎて川や沼で遊んでると、足を引っ張られてあの世に連れてかれるぞって」 「お庭には川も沼もないから大丈夫だよ」 俺たちが上手く説明できずにいると、ちょうどやってきたお隣の山本さんがフォローしてくれた。 「ミカちゃん。執事のおじさんも、秘書のおじさんも、ミカちゃんのことが大切で心配だから、見えるところに居てほしいってことなんじゃない?おじさんたちだけじゃなく、私の目の届くところでもいいわ。そしたらみんな安心できるの」 賢いミカは俺と執事を見て、「わかったわ」と頷く。 「かくれんぼのとき、たくさん心配させちゃったもんね。ミカ、二人の前から居なくならないように気を付ける」 俺たちはホッと胸を撫で下ろした。 — 炎天下の中、庭の芝生広場に櫓が組まれていく。 仕切っているのは大工の棟梁だという、じいさんだ。 ミカはその様子を、麦わら帽子をかぶりユニと一緒に日陰から、ニコニコと眺めている。 「暑いから、ちゃんとお水を飲むのよ、ミカさん」 通りがかるお手伝いの人たちも、何かと気にかけてくれているようで、俺も執事も不審者への緊迫感は高めずに済んでいた。 「お昼ご飯なんだけど、お台所を借りてもいいかしら?お弁当を手配するにも、この気温の高さでしょ?皆で流し素麺をしようかと思って」 「おぉ、いいですね。俺も手伝います。流し素麺なんていつ以来だろ?」 ミカにもキッチンへ来るよう声をかけた。 俺は、ご近所の奥さんたちの邪魔にならぬよう、端っこで薬味を切ったり食器を用意したりする。 食器棚にはたくさんの蕎麦猪口が仕舞われていたから、CEOが子どもの頃にもこういうことがあったのだろう。 ミカも奥さんたちの的確な指示でザルを運んだり、即戦力となってお手伝いをしていた。 「さぁ、お素麺が茹で上がるわよー」 山本さんが庭に向けてそう声を掛けたときには、竹で組まれた即席の流し素麺システムが出来上がっていて、ミカが「すごーい!」と歓声をあげる。 さすが、大工の棟梁だ。 執事はホースで水を流す係を買って出たようで、脚立に跨っていた。 白シャツに黒いスラックスはそんな作業に少しも似合っていなかったが、ここ数日で少し日焼けした執事は、意外とこの場に溶け込んでいる。 「ミカちゃん、流しますよー。しっかり捕まえてねー」 「はーい!」 素麺は、驚くほど美味かった。 冷たい水とともに竹を流れてきたせいなのか、外で皆と食べているからなのか、薬味をたっぷり入れたからなのか、分からないが美味かった。 「すごく美味しい!」 ミカも夢中で素麺を啜っている。 「ねぇ、執事のおじさんは食べないの?」 「大丈夫。もう少ししたら俺が交代して脚立に上るから」 「そっか、よかった」 彼女は安心したように、流れてきた素麺を箸で止め、蕎麦猪口へと運んでいた。 俺が思っているよりも彼女の視野は、ちゃんと広いのかもしれない。 (アイツには「ミカが心配してたから交代するよ」なんて絶対に言ってやらないけどな) — 素麺が皆の腹に収まる頃、町内会長さんがスイカをまるごと差し入れてくれた。 ミカ以外にも、手伝いをする親について来ている子どもが何人かいて、スイカ割りを体験させてやろう、ということになる。 町内の人たちは、手際よくブルーシートを敷き、その真ん中にスイカをのせる。 山本さんの息子・和彦くんが家から木製バットと手拭いを持ってきてくれ、準備が整った。 小さな子から順番に手拭いで目隠しをして、その場で十回ぐるぐると回ってからスイカを割りに行く。 ミカは三番目だった。 まだ、誰もスイカに当たってもいない。 「いち、にー、さん、しー、ごー、ろく、しち、はち、きゅー、じゅー」 ミカは確かな足取りで一歩目を踏み出す。 しかし、スイカのある場所からは、大きくずれていた。 「ミカ様!右、右です。そう、いや行き過ぎました。もう少し左」 眼鏡執事が、真剣な顔をして大きな声で指示を出す。 まるで何かの軍事作戦のようだ。 その光景が近所の子どもたちから見ても面白かったらしく、皆がゲラゲラ笑う。 「ミカ、スイカまであと、二メートルだ。そのまま進め。そうだ、あと一歩前」 「ミカ様。30センチ左です。そう、あと5センチ」 「えー、どこ?もう、わかんなくなっちゃった!」 目隠しをしたままのミカが、皆の声援にキョロキョロとしだす。 「そこだ。力いっぱい叩け!」 俺の声に頷いたミカが大きくバットを振りかざすが、コツっと当たっただけで、スイカは割れなかった。 (あー、惜しい。執事が最後に言った「あと5センチ」が余分だったぞ!) その後、ミカより大きな子たちが、順番にスイカへ挑んでいく。 ミカも大きな声で彼らを応援し、結果、六年生の男の子が見事に割った。 辺りには甘く瑞々しいスイカの匂いが立ち込める。 ミカは「すごい、すごい」と六年生に、大きな拍手を送っていた。 ブルーシートのスイカを回収し、奥さんたちが包丁で切ってくれる。 ミカにも渡してやろうとしたが、すっかり近所の子どもたちのグループに溶け込んでいて、彼らからスイカを受け取り、もう一緒に食べていた。 皆に馴染めた彼女は、より一層楽しそうだ。

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