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No.15 六日目・執事「二人でドライブ」

役員の方々が、私と秘書に話があるというので、居間へお通しした。 「お二方には、いろいろと力を貸していただき感謝しています。細やかな気配りが、さすがハリーの執事と秘書だと、私ども皆、感心しているのですよ」 褒めていただくのはありがたいが、こういう流れには警戒しなくてはいけない。 しかし、筋肉オバケの秘書はその言葉を真に受け、「いやー、お役に立ててうれしいです」などと喜んでいる。 (こうして坊ちゃんの取引先にも感じ良く接しているのならば、ビジネスマンとして正しい姿なのでしょうけれど) 「それで、もう一つお願いなのですが……」 ほら、やっぱり。 「祭り当日には有志が行う模擬店がいくつも出るのですよ。そちらにもご協力いただけないかと」 そう言われたタイミングで、庭から声が掛かった。 「ちょっと力のある人、手を貸してくださーい」 秘書はスッと立ち上がり「すぐ、行きまーす」と大きな声を出すと、町内会長さんにも手早く返事をする。 「俺にできることであれば、協力させてもらいますから。任せてください」 彼はむき出しになっている腕で力こぶを作ってみせながら、庭へ出ていった。 何を勝手に返事をしているのだろう。 ただの手伝いならば、こんなに畏まって依頼されるわけがないじゃないか。 「あぁ、よかった。秘書さんには焼きそばの模擬店をお願いしようと思っていてね。あの方、熱い鉄板の前にいられるくらい体力ありそうだし」 確かに。 「それで、執事さんになんだけど、ちょっと特殊なことをお願いしたくて……」 どうやらターゲットは私だったようだ。 そこからは役員のご婦人たちが、私にしてほしいことを熱心にプレゼンしてくださる。 (古い小説の中の『執事』というものと、私のような令和の世の『執事』を明らかに混同されてらっしゃる……) しかし私の顔が曇りそうになると、「ぜひハリーの執事さんに」「ハリーの執事さんならば」と、坊ちゃんの名前を出してくるなど、ご婦人方のほうが一枚上手だ。 結局、私は風変りな模擬店をやることを承諾してしまった。 — 庭での事前準備は全て終わり、多くの男性陣が引き上げていった。 ご婦人たちは居間にて、盆踊りに参加した子どもたちに配るというお菓子の袋詰め作業を始める。 「あの。私、これからちょっとマンションへ戻りたいので、この場をお願いできますか?」 今日何回目かの新しいタンクトップに着替えた秘書にそう伝えると「電車で?」と問われる。 「えぇ。帰りは荷物がありますのでタクシーを使うかもしれませんが」 「荷物?」 「ちょっとやっかいな頼まれごとをしまして。マンションへ用品を取りに行くのです」 秘書はぐるりと居間を見渡す。 ミカ様は山本さんの隣に座り、お菓子の袋詰めを手伝ってらっしゃる。 リボンを結ぶのがお上手で、皆に驚かれていた。 ユニはそれを見守るように、絨毯の上で大人しく眠っている。 「車、出すよ。ミカは山本さんに任せれば安心だろ」 「え?あ、あのオレンジ色の車を……」 確かに電車を乗り継いで、坊ちゃんと暮らす高層マンションへ戻るよりも、車に乗せてもらったほうがスマートに行ってこられるだろう。 しかし、あの派手な車の助手席に自分が乗るかと思うと……躊躇うものがある。 「山本さん、俺、コイツとちょっと出てきてもいいですか?二時間くらいで戻ると思いますけど、ミカのことよろしくお願いします」 「はいはい。もちろんよ。この作業が終わったら、皆でハリーのBlu-ray鑑賞会したいねってミカちゃんと話していたところだったの。だから大丈夫よ」 秘書は勝手に話を進めてしまう。 「ミカもね、大丈夫だよ。山本のおばさんもムッチのファンなんだって!だから一緒に見ようって約束したの」 あんなにハリー、ハリー言っていた山本さんまで、実はメンバーカラー紫のムッチファンだったなんて。 少し裏切られた気分だ。 「じゃ、山本さんお願いします。ユニも警備よろしくな。さぁ行くぞ」 秘書はそう言うと車のキーを持ち、玄関ロビーへと向かう。 結局私は、オレンジ色の車に乗ることになった。 — 車高の低い車の助手席は、エンジンの振動が腰骨に響いてくる。 車好きの人間にはこれがいいのだろうが、正直、乗り心地が良いとはいえない。 それでも、ガラの悪いサングラスをかけた秘書の運転は危なげなく、法定速度を守り進んでいく。 「とんだ夏季休暇になったな」 「ホントに。思いもしない展開で、予定していた読書は一冊も進んでいません」 「俺もトレーニングしたりして、ゆっくり過ごすつもりだったのにな。まぁでも、想定してたよりも楽しい夏休みだよ」 「えぇ。子どもの頃の『夏』というものを、なぞっているようです」 車が進むにつれ、景色はどんどんと都会的になり、高いビルが目立つようになってきた。 「それにしても、いい屋敷だよな。広い庭が森と繋がっているなんて、なかなか無いぞ。テラスに出るだけで緑に囲まれてリラックスできる」 「秋以降、坊ちゃんがお屋敷からお仕事に通われるという意義を感じていただけましたか?」 「うーん。でもやっぱり少し遠いよ。今のマンションも残しておいて、二拠点で暮らすのが効率的だろう。ところでアンタ、車の免許は持ってるのか?」 「はい。運転もしますよ。こんな派手な車ではないですが。でも坊ちゃんを乗せたことはありません。それはあくまで運転手の仕事ですから」 「そうだな。俺もCEOを乗せたことはない。一度くらいこのエンジン音、味わってもらいたけどさ。運転手を差し置いては無理だろう」 「知ってましたか?あの運転手も私たちと同い年だって」 「いや、知らなかった……。そうか、同い年……。だけどさ、パリコレモデルみたいな無口な男で、いけ好かない奴だよな」 「……それについては発言を控えます」 私の反応に秘書は声を出して笑う。 「あっ、その先の信号で曲がっていただいたほうが、地下駐車場に入りやすいです」 お盆休みで都内が少しすいているせいか、思ったより早くに到着した。 「すぐに取ってまいります。少々お待ちください」 私が助手席のドアを開けた瞬間、秘書は運転席から身を乗り出し、ガシッと腕を掴んでくる。 「な、なにをするのですか!」 「頼む。お願いだ。俺も部屋へ連れて行ってくれ」 「は?」 「CEOの暮らす部屋を一度拝見したい。な、いいだろ?」 (驚きましたけど、そういうことですか。この筋肉オバケ、坊ちゃんの生活空間を目にしたことがないのですねぇ。少し優越感を覚えてしまいます。とはいえ私も、オフィスには足を踏み入れたことがありませんが……。いつか私も社内見学させてもらえるよう、恩を売るのもいいかもしれません) 「本来ならお断りしたいところですが、坊ちゃんの寝室以外でしたら、よろしいかと思います」 「やったぜ!」 秘書は無邪気に喜び、素早く運転席から下りてきた。 — 「へー、ここがCEOの住まいか。眺めもいいなぁ。あっ、これは知ってるぞ。一昨年クライアントからプレゼントされた、テーブルランプだ」 「あまりウロウロなさらないで、ここでお待ちください」 私は自室のクローゼットから、必要なものを一式取り出す。 ご婦人たちは、私がこれを毎日着ているイメージをお持ちのようだったが、そんなわけはなく、年に一度着るか着ないかの代物だ。 (靴と、あぁそうだ、白手袋もご所望でしたから、忘れずに持っていかなくては……。シルクハットも、などと言われましたが、執事が主人を差し置いてそんなものかぶるわけがないのです。一体どんなイメージなのでしょうか) ついでに、部屋にある小さな冷蔵庫からエナジードリンクを二本取り出し、荷物に入れた。 これを飲まずに、乗り切れるといいのだが。 「お待たせしました」 「もういいのか?ていうか、何を取りにきたんだ?スーツ?」 「いえ。お気になさらず。ミカ様がお待ちですから、お屋敷に戻りましょう」 どうせ、明日になればバレるのだが、私は自分の口から説明するのは億劫だった。

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