16 / 21
No.16 六日目・秘書「お祭り前夜」
屋敷へと戻る車の中でも、眼鏡執事とどうでもいい会話をぽつぽつと交わした。
CEOの話題だと、互いに競うような気持ちになってしまうので、もっと適当な話だ。
「屋敷で使ってるバスタオル、あれ触り心地も吸水性もめちゃくちゃいいな」
「ふふ。気付きました?タオルにはこだわってるんです。のちほどメーカーのWebサイトをお教えしますよ。ところで、アナタが洗面所に置いてる電動歯ブラシも、性能よさそうですね」
「おっ。アンタ、いいものを見分ける目を持ってるな。あれはオススメだぜ」
そんな言葉のラリーが、しばらく途切れた。
ふと、助手席を見ると、堅物な執事は目を閉じ、ウトウトと居眠りしている。
(隙のない男が、こんなにリラックスをしてくれるとはな。俺の運転が安定しているせいか、エンジンの振動が気持ちいいのか……)
いや、二人ともそれなりに疲れているのだ。
少女一人を守りつつ楽しませねばと、普段とは違う気遣いをし続けている。
俺も今、こうして愛車でドライブすることで、気持ちが休まった。
ミカと過ごすのも、明日、明後日。
明々後日にはマドカさんと、神戸へ帰っていくだろう。
今が束の間の休息だと、俺はエンジン音を楽しみながら、車を走らせた。
—
「運転していただき、ありがとうございました」
屋敷の駐車場に車を止めると、執事はまるで居眠りなんてしていなかったように振る舞った。
一言、文句を言ってやろうかと思ったが、先に感謝の言葉を述べてきたので、見逃してやる。
居間へ戻ると、ミカと山本さん、その他に二人の女性が、コール&レスポンスをしながら夢中でBlu-rayを見ていた。
「おかえりー。あのね、聞いて!ここにいる高橋さんはね、ハリーファンで、このコンサートを会場で見たんだって!」
「ミカちゃんに、『いいな!うらやましい!』ってたくさん言ってもらっちゃったわ。あのね、『推しは推せるときに推せ』よ」
ミカはその言葉に「うんうん」と頷いている。
コンサート映像は、ちょうどアンコール部分が終わる頃で、女性たちは「それじゃそろそろ」と帰り支度を始めた。
「ねぇ、ちょっといいかしら?」
山本さんが俺とまだ少し眠そうな執事をキッチンへ呼んだ。
そして、スマホの画面を見せてくる。
紫色のワンボックスタイプの軽自動車が、映った写真だ。
「これ、うちの和彦が撮影したんだけど。門扉のところに怪しい車が停まっていたって。中を伺うように、屋敷をジロジロ見ていたらしいわ」
俺たちが戻ってきたときには、もうそんな車は停まっていなかった。
写真では運転席の中にいる人物までは見えない。
「どんな人が運転していたか和彦くんは見たんですか?」
執事の眠気は吹き飛んだようだ。
「ハリーと同い年くらいの華奢で可愛らしい男の人だって言ってたわ。念のためご報告と思ってね」
「ありがとうございます」
山本さんへお礼を伝えたが、ミカの父親はイケメン・プロレスラーと形容される体格だ。
だとしたらその男は無関係なのだろうか……。
—
夕食のときも、風呂の準備中も、ドライヤーをしながらも「夏祭り楽しみだなー」と言い続けているミカ。
マドカさんから電話が掛かってくると、どれだけ楽しみにしているかを、熱心に伝えていた。
「ママ、あのね。明日はお隣の和彦くんが作るかき氷を食べるし、……うん、そうよ。秘書のおじさんが作る焼きそばも食べるの。……え?それは知らない。それでね、山本のおばさんはフラダンスを踊るんだって。……そうそう!ミカ、盆踊りももちろん楽しみだけど、最後の花火が一番楽しみ!……ママも見たいでしょ?」
その声は弾んでいて、改めて庭での開催を了承してよかったと思う。
「どっちかのおじさん、ママが代わってって」
執事のスマホをミカが差し出してきたから、近くにいた俺が受け取った。
「もしもし、お電話変わりました」
『色々とありがとう。明日も、よろしくお願いしますね。祭り中はたくさんの目があるから大丈夫だと思うけど、気を配ってもらえると助かります』
「えぇ、もちろんです」
『アナタたちのお陰で、ミカにいい夏を過ごさせてあげられているわ』
マドカさんも忙しいのだろう。
心なしか声が疲れている。
「あの、念のための確認なんですけど、紫色の軽ワゴンって何か心当たりありますか?乗っていたのは、可愛らしい感じの男性だったらしいんですけど」
『いいえ。車にもそんな男性にも、思い当たることは無いわ』
「あぁ、だったら大丈夫です」
怪しい車の件は、どうやらミカとは関係なさそうだ。
隣で聞いていた眼鏡執事も、ほっとした顔をしている。
(屋敷の庭に櫓が組まれてたから、車を止めて興味本位で眺めていただけなのかもしれない……)
マドカさんとの通話が終わり居間へ戻ると、ミカは今度はユニに向かって、いかに夏祭りが楽しみかを語っていた。
「ユニも、いっぱい楽しもうね!」
大型犬はおそらく庭には出られず、窓ガラス越しに祭りを眺めて過ごすだろう。
それでもミカの高揚が伝わるのか、ユニはパタパタと尻尾を振りながら、彼女に撫でられていた。
—
「さぁ、ミカ様。早く寝ないと明日起きられませんよ」
「そうだ!もう寝なきゃ!」
今夜もキングサイズのベッドに三人プラス犬一匹で寝転ぶけれど、興奮してるミカは当然寝付けない。
俺と執事は、もう読み聞かせやストレッチが功を奏しないことは学習している。
だから、二人ともただ眠ったフリをした。
ブツブツと「あー、楽しみ」「早く明日にならないかな」と呟いているミカを無視して、狸寝入りだ。
ユニにも俺たちの意思が通じたのか、丸くなって寝始めた。
「えー、みんなもう寝ちゃったの?ミカだけ寝れないよー」
ゴロゴロと寝返りを打っていたミカも、だんだんと動きが緩慢になっていく。
そして、スースーと可愛らしい寝息が聞こえ始めた。
そのときだ。
頭上で充電していたスマホが、ピコン!と大きな音で着信を知らせた。
執事が慌ててスマホを手繰り寄せる。
俺は(ミカが起きたらどうするんだ!)と彼を睨みつけた。
ピコン!まただ。
と思ったが、今度は俺のスマホだった。
なんだろう?と画面を見ると、海上のとても美しい夕陽の写真が届いている。
文章は何も添えられていなかったが、これだけで感無量だ。
執事の様子をうかがうと、彼はスマホを見つめ、感激したような表情をしていた。
つまり、同じ人からの着信だったのだろう。
(遠く離れていても、こうして気遣ってくださるなんて、やっぱりあの人は最高のボスだ)
俺たちはミカが熟睡しているのを確認し、示し合わせたようにベッドから下りる。
そして、食堂へと向かった。
「同じお写真でしょうか?」
「どうだろ?見せてみろ。あぁ、少し水平線の位置が違うな。わざわざ違う写真を撮って送ってくださったんだな」
「なんて美しく穏やかな海でしょうね。数時間前の夕陽でしょうか。茜色に染まっています」
俺はキッチンの冷蔵庫から缶ビールを出してくる。
執事はグラスを2つ用意してくれた。
1缶を半分ずつグラスに注ぎ、声に出さずに乾杯する。
二人して、CEOから届いたご褒美のような写真を眺めながら、うまいビールで喉を潤した。
ともだちにシェアしよう!

