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No.16 六日目・秘書「お祭り前夜」

屋敷へと戻る車の中でも、眼鏡執事とどうでもいい会話をぽつぽつと交わした。 CEOの話題だと、互いに競うような気持ちになってしまうので、もっと適当な話だ。 「屋敷で使ってるバスタオル、あれ触り心地も吸水性もめちゃくちゃいいな」 「ふふ。気付きました?タオルにはこだわってるんです。のちほどメーカーのWebサイトをお教えしますよ。ところで、アナタが洗面所に置いてる電動歯ブラシも、性能よさそうですね」 「おっ。アンタ、いいものを見分ける目を持ってるな。あれはオススメだぜ」 そんな言葉のラリーが、しばらく途切れた。 ふと、助手席を見ると、堅物な執事は目を閉じ、ウトウトと居眠りしている。 (隙のない男が、こんなにリラックスをしてくれるとはな。俺の運転が安定しているせいか、エンジンの振動が気持ちいいのか……) いや、二人ともそれなりに疲れているのだ。 少女一人を守りつつ楽しませねばと、普段とは違う気遣いをし続けている。 俺も今、こうして愛車でドライブすることで、気持ちが休まった。 ミカと過ごすのも、明日、明後日。 明々後日にはマドカさんと、神戸へ帰っていくだろう。 今が束の間の休息だと、俺はエンジン音を楽しみながら、車を走らせた。 — 「運転していただき、ありがとうございました」 屋敷の駐車場に車を止めると、執事はまるで居眠りなんてしていなかったように振る舞った。 一言、文句を言ってやろうかと思ったが、先に感謝の言葉を述べてきたので、見逃してやる。 居間へ戻ると、ミカと山本さん、その他に二人の女性が、コール&レスポンスをしながら夢中でBlu-rayを見ていた。 「おかえりー。あのね、聞いて!ここにいる高橋さんはね、ハリーファンで、このコンサートを会場で見たんだって!」 「ミカちゃんに、『いいな!うらやましい!』ってたくさん言ってもらっちゃったわ。あのね、『推しは推せるときに推せ』よ」 ミカはその言葉に「うんうん」と頷いている。 コンサート映像は、ちょうどアンコール部分が終わる頃で、女性たちは「それじゃそろそろ」と帰り支度を始めた。 「ねぇ、ちょっといいかしら?」 山本さんが俺とまだ少し眠そうな執事をキッチンへ呼んだ。 そして、スマホの画面を見せてくる。 紫色のワンボックスタイプの軽自動車が、映った写真だ。 「これ、うちの和彦が撮影したんだけど。門扉のところに怪しい車が停まっていたって。中を伺うように、屋敷をジロジロ見ていたらしいわ」 俺たちが戻ってきたときには、もうそんな車は停まっていなかった。 写真では運転席の中にいる人物までは見えない。 「どんな人が運転していたか和彦くんは見たんですか?」 執事の眠気は吹き飛んだようだ。 「ハリーと同い年くらいの華奢で可愛らしい男の人だって言ってたわ。念のためご報告と思ってね」 「ありがとうございます」 山本さんへお礼を伝えたが、ミカの父親はイケメン・プロレスラーと形容される体格だ。 だとしたらその男は無関係なのだろうか……。 — 夕食のときも、風呂の準備中も、ドライヤーをしながらも「夏祭り楽しみだなー」と言い続けているミカ。 マドカさんから電話が掛かってくると、どれだけ楽しみにしているかを、熱心に伝えていた。 「ママ、あのね。明日はお隣の和彦くんが作るかき氷を食べるし、……うん、そうよ。秘書のおじさんが作る焼きそばも食べるの。……え?それは知らない。それでね、山本のおばさんはフラダンスを踊るんだって。……そうそう!ミカ、盆踊りももちろん楽しみだけど、最後の花火が一番楽しみ!……ママも見たいでしょ?」 その声は弾んでいて、改めて庭での開催を了承してよかったと思う。 「どっちかのおじさん、ママが代わってって」 執事のスマホをミカが差し出してきたから、近くにいた俺が受け取った。 「もしもし、お電話変わりました」 『色々とありがとう。明日も、よろしくお願いしますね。祭り中はたくさんの目があるから大丈夫だと思うけど、気を配ってもらえると助かります』 「えぇ、もちろんです」 『アナタたちのお陰で、ミカにいい夏を過ごさせてあげられているわ』 マドカさんも忙しいのだろう。 心なしか声が疲れている。 「あの、念のための確認なんですけど、紫色の軽ワゴンって何か心当たりありますか?乗っていたのは、可愛らしい感じの男性だったらしいんですけど」 『いいえ。車にもそんな男性にも、思い当たることは無いわ』 「あぁ、だったら大丈夫です」 怪しい車の件は、どうやらミカとは関係なさそうだ。 隣で聞いていた眼鏡執事も、ほっとした顔をしている。 (屋敷の庭に櫓が組まれてたから、車を止めて興味本位で眺めていただけなのかもしれない……) マドカさんとの通話が終わり居間へ戻ると、ミカは今度はユニに向かって、いかに夏祭りが楽しみかを語っていた。 「ユニも、いっぱい楽しもうね!」 大型犬はおそらく庭には出られず、窓ガラス越しに祭りを眺めて過ごすだろう。 それでもミカの高揚が伝わるのか、ユニはパタパタと尻尾を振りながら、彼女に撫でられていた。 — 「さぁ、ミカ様。早く寝ないと明日起きられませんよ」 「そうだ!もう寝なきゃ!」 今夜もキングサイズのベッドに三人プラス犬一匹で寝転ぶけれど、興奮してるミカは当然寝付けない。 俺と執事は、もう読み聞かせやストレッチが功を奏しないことは学習している。 だから、二人ともただ眠ったフリをした。 ブツブツと「あー、楽しみ」「早く明日にならないかな」と呟いているミカを無視して、狸寝入りだ。 ユニにも俺たちの意思が通じたのか、丸くなって寝始めた。 「えー、みんなもう寝ちゃったの?ミカだけ寝れないよー」 ゴロゴロと寝返りを打っていたミカも、だんだんと動きが緩慢になっていく。 そして、スースーと可愛らしい寝息が聞こえ始めた。 そのときだ。 頭上で充電していたスマホが、ピコン!と大きな音で着信を知らせた。 執事が慌ててスマホを手繰り寄せる。 俺は(ミカが起きたらどうするんだ!)と彼を睨みつけた。 ピコン!まただ。 と思ったが、今度は俺のスマホだった。 なんだろう?と画面を見ると、海上のとても美しい夕陽の写真が届いている。 文章は何も添えられていなかったが、これだけで感無量だ。 執事の様子をうかがうと、彼はスマホを見つめ、感激したような表情をしていた。 つまり、同じ人からの着信だったのだろう。 (遠く離れていても、こうして気遣ってくださるなんて、やっぱりあの人は最高のボスだ) 俺たちはミカが熟睡しているのを確認し、示し合わせたようにベッドから下りる。 そして、食堂へと向かった。 「同じお写真でしょうか?」 「どうだろ?見せてみろ。あぁ、少し水平線の位置が違うな。わざわざ違う写真を撮って送ってくださったんだな」 「なんて美しく穏やかな海でしょうね。数時間前の夕陽でしょうか。茜色に染まっています」 俺はキッチンの冷蔵庫から缶ビールを出してくる。 執事はグラスを2つ用意してくれた。 1缶を半分ずつグラスに注ぎ、声に出さずに乾杯する。 二人して、CEOから届いたご褒美のような写真を眺めながら、うまいビールで喉を潤した。

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