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第4話 制覇の代償
生田が仕事を終えて久世に電話をかけると、すぐ近くのカフェにいると言われたので車で向かった。
「代行で帰宅するので、車で行きましょう」
乗り込んできた久世に提案する。
「代行ですか……。はい、わかりました」
この反応は、代行を知らないと見た。
当たり前か。運転手つきの御曹司が利用する機会なんてあるはずがない。
生田はおかしさを隠しながら車を進め、そこから少し離れた場所にある創作料理のレストランへと向かった。
「早速2巻を購入いたしまして、一気に半分ほど読み進めました」
「僕より進みましたね」
「それでは、話はしないほうがいいですね。ニコライ・ロストフについて話したかったのですが」
「言わないでくださいよ。久世さんには前科もあるんですから」
会話を楽しみつつレストランへと到着した二人は、コース料理を注文することにした。
「カクテルの種類が多いですね」
メニューを手に久世がぽつりと言う。
「制覇してみますか?」
酒の強さには自信がある。
ざっと見た限りは40種類ほどだ。中華料理店で見た限り、久世も酒には強そうだったから、一人では無理でも二人なら……いや、無理か。
「いいですね」
しかし久世は嬉しげににやりとし、まずはと一度に4種類も注文した。
料理も美味く、酒は種類の多さだけでなく味もいい。
思った以上に杯は進み、会話も盛り上がり、いつの間にやら制覇するにまで至っていた。
しかし、制覇した満足感と引き換えに得たのは耐えがたいほどの酩酊感だった。
吐き気まではないものの、足はふらつき、久世に支えてもらわねば歩けない始末だ。
彼は見た目はスリムでも上背があるせいか、意外にも力があるようで、千鳥足の生田を嫌な顔もせず肩に抱いてくれている。
「まだ帰るつもりはありまへんにょ」
ろれつも危ういほどだが、駐車場へと向かう彼を押し留めようとする。
「生田さんは限界のようですから」
「何言ってるんれすか、まだ日付も変わってないですよ」
こんな早い時間から潰れているわけにはいかない。
いや、彼の手前無様な真似は見せたくない。
「近くに、いいバーがあるんれす」
「大丈夫ですか?」
「行きましょう」
そのまま近くのバーへと向かう。いや、誘導しながら向かってもらった。
店内に入るなり、まずは烏龍茶にしておけと久世に言われて厶ッとなり、むりやりブランデーを注文した。
飲み干しては次へと浴びるように飲み始めると、何かが弾けたようにテンションがあがり、深夜になっても冷めやらず、飲み直す勢いで久世を自宅へと連れ帰った。
玄関の鍵を開けて彼の首に腕を回し、172センチの自分よりも背が高いのはヒールのせいだろうかとぼんやり考えながら、唇に自分のを重ねた。
嫌がる素振りもなく受け入れてくれる。
ドアを閉めて靴を脱ぎ、廊下の壁に彼を押しつけて、なおも舌を絡ませた。
キスだけで疼くほど上手い。
ほっそりとした首筋に至ると、高級な生地のように滑らかな肌がなんとも心地よく、吸い付いたまま離れられなくなってしまう。
こんなところで愛撫をしても拒否をしないなんて、かなりの場数を踏んでいるらしい。
それも当然かと考える。
こんな時間まで酒に付き合っただけでなく、自宅へ向かう間も帰ろうとしなかったのだから。
珍しくも自分のほうから誘った気がする。
自宅に連れ込むのは少なくないが、飲みに誘うこと自体は稀にしかない。
そう、それくらい彼に好意を抱いた。
彼に──
目を覚ましたときには昼も過ぎて日が傾き始めた頃だった。
カーテンの隙間から漏れ入る光に目がくらみ、殴られ続けているかのような頭の痛みがさらに強くなる。
吐き気を感じてベッドから下り立つと、未だアルコールが残っているかのようにふらふらとした。
ここまで飲んだのは久しぶりだ。
軽い後悔を覚えながらキッチンへ行き、常温のミネラルウォーターを開けて500ミリリットルを一度に飲み干す。
頭を冷ますべくバスルームへと向かうと、なぜかシャワーの音が聞こえてきた。
誰か泊まらせたっけ?
記憶を辿って、おぼろげながらも思い出す。
誰かと──久世とキスをしたような気がする。
男友達と飲みすぎて自宅に連れて来ることはよくあるのに、彼のことは女性だと思い込んだのだろうか。
はっきりとは思い出せず、生田はその場に凍りついた。
「おはよう」
すると、さっぱりした顔の彼がバスルームのドアから現れた。
「おはよう……ございます」
生田が答えると、久世は片眉をあげた。
「もしかして、覚えてない?」
「えっ?」
キスのことだろうかと考えるも、バーに入ったあたりから記憶があやふやで、本当にしたかどうかも定かでない。
店を出て代行を呼んだことは覚えているが、その前後の行動や会話までは記憶に残っていなかった。
「……ボンダルチュク監督の名前は覚えました」
生田が言い添えると、今度彼は片方の口角をあげた。
そのまま横目でこちらを見ながら、通り過ぎていく。
「シャワーありがとう。昨夜、っつーか朝方か、貸してくれるって雅紀言ってくれたけど、俺も眠かったから」
タオルドライしただけでまだ濡れている髪が、水もしたたるというやつで、なんというか、いい男だと見惚れてしまう。
「構いません。友人が泊まったときも好きなように使ってもらっていますから……」
言いかけて違和を感じる。
敬語だったはずが、彼はタメ口だ。自分もそうしていたような気がしてきた。
「そこから覚えてないんだ」
彼の表情が曇る。
憂いを帯びたその顔もなんとも綺麗で、窓から射す光が彼の美しい輪郭に光の線を描いて──。
おいおい、何を考えているんだ?と、生田は頭 を振る。
「これもらって欲しい」
久世が紙袋を差し出した。
「なに?」
よく見ると紙袋はショッパーバッグで、そのブランドは、生田が奮発して買うレベルの5倍はする値段のものだった。
中には好みど真ん中のカットソーとスラックスが入っている。
「なんでこんなの、どうして……」
久世に差し出し返すも、彼は受け取ろうとしない。
「好みに合わないようなら、この名刺と一緒に店へ持っていってもらえば、差額は関係なく交換できるように手配してあるから」
彼の服も昨日とは違う、そのブランド物のシャツとスラックスに変わっている。
寝ている間に買いへ出たのだろうか。
それ以外にないが、いつの間にと驚く行動である。
「久……透は何時の新幹線で帰るんだっけ?」
彼は雅紀と呼んだから、おそらく名前で呼び合う仲になっているのだろうと考えて、言い直した。
「今夜は予定があるんだ。だからそろそろ出ないといけない」
答えた彼の表情には、またも寂しげに影が差している。
「そう、じゃあ駅まで送るよ」
「いや、いい。黙って帰るわけにはいかないからどうしようかと考えていたところだったんだ。起きてくれて助かった。ありがとう」
「ありがとうはこっちだよ! こんな高いものもらってしまって申し訳ない」
「泊まる場所の当てもなく突然来たんだ。泊めてくれたわけだから、ホテル代として受け取ってくれ」
久世は髪も乾かさないまま、バッグと紙袋を掴んで部屋を出ていった。
寸前まで帰る素振りなんてなかったし、そんなに急ぐならシャワーなんて浴びる余裕もないはずだ。
いったいどうしたんだろう。
もしかして、キスをしたせいだろうか。
それとも、覚えていないがそれ以上のことをしてしまったのだろうか。
まさか……いや、でも……
彼との三度目の別れは、答えて欲しい問いを山のように積み上げて、忘れる忘れないどころではない後味を残したのだった。
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