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第9話 数年ぶりの再会

 西新宿駅へ送ってくれた久世に、新幹線代を借りた礼を伝えつつも、付き合えなくなったことに関しては心からの詫びをいれた。  すると、彼はとんでもないと笑みを見せながら、少しずつ見慣れてきたあのおずおずと目を泳がせる仕草で言い添えてくれた。   「あの……なにかあったら連絡してくれ。その、相談が早く終わって、夕食を取ってから帰ることになったとか……なにかあれば」  久世との時間は会話の楽しさに加えて胸が弾む喜びもある。帰る前に久世と会うというのは、生田も望むべくことだ。   「わかった。そのときは遠慮なく連絡させてもらう。ありがとう」  間際でさらに別れ難くさせられてしまったが、向かう先は人生の行く末を左右するかもしれない話し合いである。後ろ髪引かれてでも行かなければならないことだった。    西新宿駅近くの指定された喫茶店へと入ると、すでに律は来ていたようで、入ってすぐに奥の席で片手をあげている彼の姿が見えた。 「まさか今日雅紀くんが来てるとは」 「奇遇だったね。なにか注文した?」 「はい。先に頼んでおきましたよ。コーヒーでいいですよね?」 「ありがとう」  電話のときよりは落ち着いてきているようだが、それでも声に苛立ちを感じる。  生田が席に腰を落ち着けてすぐにコーヒーが届き、さっそくとばかりに先々週東京へ来たときのことを説明した。  パニクった電話が来たため、翌朝すぐに駆けつけたものの、あしらわれるように別れたという話を。 「先々週って、具体的にいつのことですか?」 「えー、先週の月曜かな」 「てことは、電話が来たのは日曜の夜?」 「……だね。どうしたの?」  律は考え込むようにうつむいたのちに、うーんと言いつつ口を開いた。 「日曜の夜に着歴があったんすよ。みどりから。でも出られなくて、かけ直しても繋がらないままで」 「それ何時頃?」 「えっと」  律がスマホを取り出したため、生田も自分のを出して着信履歴を表示させた。  生田にかかってきたみどりからの着信は日曜の夜23時44分で、律のほうは同じ日の23時40分だった。 「律のほうが先だな」 「うーん、雅紀くんのほうが先だと思ってました」 「僕もだよ。つーか間違えたってことはない……よね」    藤野と生田ではあいうえお順でも離れているし、雅紀と律でもそうだ。それに普通は彼氏に電話する場合履歴からかけるだろう。 「間違えることはないと思いますが、もしかしたら当てつけかも」 「当てつけ?」 「雅紀くんはつまりみどりと俺が付き合ってること知らなかったんすよね」 「それどころか彼氏はいないって聞いてたよ」  律は「やっぱり」と言ってため息をついた。 「みどりのことは愛してますけど、貞操観念があれなのは知ってます。その、俺もみどりを責められないし……」  聞いて驚いたことに、なんと律のほうが先に浮気をしていたらしく、結婚式の前日に喧嘩したのはそれが理由だったのだと言う。 「だから『当てつけ』って?」  「そうっす。その浮気相手ってのが、大学のときに三年付き合ってた元カノで……」 「ああ、よりを戻したって思われたとか?」 「はい……」  なにやら痴話喧嘩が発端だったらしい。  とはいえ、みどりの妊娠は事実のようだし、おなかの子の父親がどちらなのか判明したわけではない。  三人とも最低の倫理観を持っていることが発覚しただけである。  ただ、同時期に二人の男と可能性のある行為をしておきながら、検査をしたわけでもないないのに生田の子だと決めつけた、その理由はもしかしたらと浮かんできた。 「その、雅紀くんはみどりと結婚するつもりなんですか?」  自身の浮気話をしたあたりから怒りは吹き飛んだ様子の律からおずおずと聞かれ、生田は返答に困る。 「責任はとるつもりだけど……」 「つまり、それ以外の気持ちはないってこと?」 「……ごめん」 「いや、それを聞いてほっとしました」  律は言葉通り心底安堵した様子を見せた。 「もう一度みどりのところ行ってきます。謝って、プロポーズしてきます」 「まじ? 僕の子だったらどうするの?」 「それでもいいです。多分僕だと思いますし。その……ゴムつけてなかったから」  それだけで安堵してはいけないとは思いながらも、しかし脱力はしてしまう。  律は、お腹の子の父親が生田であったとしてもみどりとの結婚を望んでいるらしく、「生まれたら一応検査はしてみますけど、どんな結果が出てもちゃんと育てます」と宣言して喫茶店から駆け出ていった。  みどりとはどちらにせよ会わなければならないが、この分だと律からの連絡を待ったほうがよさそうだ。  気の重かった話し合いが、一転して抑えがたくも期待の湧くものとなった。  時刻を確認してみると、まだ夕食にも早い時刻で、久世と過ごす時間は十分にある。  生田はスマホを取り出し、うきうきとした気分で久世に電話をかけた。 『雅紀? もう終わったのか?』 「そう。決意は早かったみたい」 『まだ西新宿?』 「そうだよ。降ろしてもらったところの近くで──」 『まさきって俺の知り合いにもいるなあ』  なにやら久世ではない声が聞こえてきた。 『黙ってろよ。信じらんねえ』 『まさきってもしかして生田じゃないよな?』 『え……』  久世の絶句した声が聞こえたとき、生田も同時に驚いた。  この声は、もしかして── 「俊介(しゅんすけ)?」     数時間前と寸分変わらぬ場所に停車したプレジデントの中には、なんとも懐かしき幼馴染の姿があった。 「まじかよ! 本当に雅紀じゃん!」 「久しぶり」  乗り込んだ生田は、久世を間にして反対側の窓際に座る桐谷(きりたに)俊介に声をかけた。  俊介は兄と同級生で生田にとっては先輩にあたるが、年は一つしか変わらないうえに自宅も近く、幼馴染と言える間柄なのである。  東京の大学に進学して以来会う機会はなく、そのまま霞が関に身を固めたと聞き及んでいたくらいで、顔を合わせるのは俊介が高校を卒業して以来、6年ぶりだった。 「なんかめちゃくちゃイケメンになってる。元からだけどさらに」 「そんなことないよ」  かくゆう俊介の顔立ちも整っている。  が、お調子者めいたキャラクターが三枚目風の雰囲気を醸し出していると言えなくはない。 「なんで二人は一緒にいたの?」  聞くと、同じ大学で学部もゼミも一緒だったらしい。  久世は幽霊部員だったそうだがサークル仲間でもあり、卒業したあとも未だに飲み友達として付き合いを続けていると言う話だった。 「透がサークル?」 「そう。テニス」    答えたのは俊介である。  久世は気恥ずかしげに顔を背けていて、いっさい会話に入ってこない。   「嘘だろ?」  まったく想像できない。あの体格を見る限り筋トレはしているだろうけど、スポーツをやるようには見えないし、キャラ的にインドアっぽいのに。 「でもめちゃくちゃ上手いよ。やれば誰よりも上手いのにやらないから鼻につく」 「おい」  久世が口を挟む。 「御曹司でテニス上手いとか、まんま過ぎてムカつくよな? スキーとかバスケとか遊びでやったときも華麗にこなしてみせてくれて、さすが久世お坊ちゃまだよ」 「黙っとけよ。それより雅紀は何がいい?」 「何がって何?」 「店だ。こいつもついてくることになってしまって申し訳ないが」 「え、むしろ嬉しいよ」 「俺はイタリアンがいいな」  俊介が言う。 「おまえに聞いてねえよ」  久世の態度が自分に向けるのとは違っている。 「僕はどこでもいいよ。イタリアンもいいね」 「じゃあ、東風がいいかな」 「またそこ? 他にないのかよ」 「だから黙ってろよ。雅紀に聞いてんだから」    俊介に向けているかなり砕けた態度を見ていると、なぜか胸がちくりと痛む。 「だって、東風はちょっと距離があるだろ? 雅紀は帰らなきゃならないんだから」 「長居しなければいい話だ。雅紀に味わってほしいんだ」 「なんだそれ。彼女かよ」     久世は自分に気遣いを見せてくれているのに、嬉しさよりも苛立ちのほうが勝ってしまう。  二人の仲のよさを見せつけられているようで面白くない。    こんなふうに苛立った経験は他に覚えがない。  なぜいま、それが初めて訪れたのかはわからない。  わからないが、その感情自体がどういうものなのかは知っている。    おそらくこれは、嫉妬だ。

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