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第10話 あっちもこっちも

 東風という名のイタリアンの店に到着し、店員から案内を受けて奥の個室へと案内された。  予約もせずVIP扱いをされても驚かなくなったが、席に着いた途端に料理とワインが出てくる状況は未だに驚いてしまう。 「こういうとこ、腹立たない? 粋な金持ち仕草」  俊介の軽口を聞いても、生田はまだそれに同調できるほどに慣れてはいなかった。  ただただ凄いと圧倒され、久世は本来であれば同席できるはずのない相手であることを見せつけられた気がして引け目を感じてしまう。  しかし、俊介も自分と同じ立場のはずだ。  生田は片親であるため、両親が揃っている俊介とはそこだけが違うが、どちらの親も働いていたし、同じような6畳二間のアパートで育っている貧乏苦学生である。  県外の大学へ進学したのも、国立の選択肢がなかったからであって、互いに生活費はバイトをしなければならなかった。  そんな俊介が御曹司の久世に対して気後れせず軽口を叩く姿はなんとも妬ましく、そんな俊介に砕けた態度を取る久世に苛立ってしまう。  まだ出会って三週間の仲なのに、この独占欲はなんだろう。  おどおどとして消極的で、映画オタクである彼の良さをわかるのは自分だけというかすかな優越感が、目の前で脆くも崩れているからだろうか。 「雅紀はトルストイだけでなく、ドストエフスキーも好きだって言ってたけど、ロシア映画に興味はある?」 「なに? ロシア映画?」  久世がぼそぼそといつものあれを始めた。 「あの、タルコフスキーとか有名なんだけど……」 「また始まった。誰も知らない映画の話ばっかするから、俺以外に誰もおまえのこと誘わないんだ」    俊介が茶々を入れるも、不快どころかむしろ話を振ってもらえて嬉しい。   「いや、知らないけど、ロシア文学の雰囲気は好きだから映画も観てみたいな」 「じゃあ、今度家で……」 「それよりも、雅紀はなんの仕事してんだっけ?」  俊介が割って入ってきたため、久世はうつむいてしまう。 「製薬会社の営業だっけ? この間宏紀(ひろき)に会ったときに聞いたような」 「いや、製菓会社だよ。兄さんに会ったの?」 「この間沖縄でサミットがあっただろ? そのついでに旅行がてら有給使ってあいつん家を宿代わりにしてたわけ。そういやプロポーズ成功したらしいじゃん」 「まじで? まだ聞いてないんだけど」 「あ、それ聞いたのは昨日だ。電話したとき」  相変わらず仲が良いらしい。  それでふと気がついたのが、久世と俊介が意気投合している素因だ。  俊介は、親しい相手を前にした場合は話題がなんであれ無視して喋りまくるくせに、初対面だったり数回会った程度の相手のときは久世のように怖じけてしまう。  テンションは真逆でも、久世のほうも親しくなるにつれて自分の話題に引きずり込むタイプのようなので、意外なことに二人は似た部分を持っている。  そのことから、二人が互いに気安い感情を覚えている素因は、同種の親近感ゆえかもしれないと思いついた。 「雅紀って、SFは読む?」  復活したらしい久世からの問いに、やはり似ているとわが意を得つつも、ほっとした。 「最近読んだ『火星の人』は面白かった」  答えると、彼は嬉しげに顔をほころばせた。 「『オデッセイ』って映画になってて」 「また映画の話かよ。雅紀、宏紀の彼女の望結(みゆ)さんさ……」    二人から同時に話しかけられる。  しかも互いに相手の話は拾おうとせず、自分の話題に持っていこうとするので、異口同音に「黙れ」と言って相手を制止しようとして、生田が相槌を打つ間もないくらい矢継ぎ早に話しかけてくる。  そのために、きょろきょろと二人のほうへ顔を向けてばかりで、食事を進める暇がない。  二人の仲の良さに嫉妬していたのも束の間だったというほど楽しい食事となったが、まるで取り合いをされているかのごとく相手をしなければならかった点だけは、肩のこる時間だった。   「くそ。こいつ酒に弱いの忘れてた」    久世がテーブルに突っ伏している俊介を見下ろしながら毒づいた。 「そう言えば俊介と飲んだの初めてだったかも。いきなり寝るんだ」  ほんの寸前まで普通に話していたのに、突然機能が停止したかのようにテーブルにゴトンと落ちたのである。 「置いて帰ろう」 「おいおい」  ぶちぶちと文句を垂れながらも、久世は率先して俊介を抱えて店から連れ出し、運転手が駆けつけて手伝い始めたあとも任せきりにはせず、丁寧な所作で座席に寝かせてあげていた。 「新幹線は何時だ?」 「最終は……21時35分かな」  スマホで検索した結果を伝えると、久世は顔をしかめて俊介を睨みつけた。 「後にしようか」 「なにが?」 「こいつを送るの」 「俊介の家は遠いの?」 「いや、通り道だけど」 「なら手間になるじゃないか。間に合うよ」    ちなみに今は20時15分である。  久世はため息をつきながらも、運転手に俊介の自宅マンションへ向かうように命じた。 「起きろ!」     到着するやいなや、久世は俊介を叩き起こす。  しかし、未だ口を開けて寝ている俊介は反応を見せず、久世は再び文句を言いながら小柄とは言えない彼を軽々と抱えて車から降ろした。 「何階?」  歩き出した久世を助けるために、生田も反対側から俊介を支えながら聞いた。 「一階」 「じゃあすぐだな」 「だとしても重い。少しは自分の足で歩いて欲しい」  なんとか部屋へと運び入れてベッドに寝かしつけたあと、なにやら久世は俊介のスーツを器用に脱がせて布団をかけてやり、ジャケットをクローゼットへとしまい込んだ。  次に彼はキッチンへと向かい、冷蔵庫を開けてミネラルウォーターを取り出し、グラスに水を半分ほど入れ、キャップは軽く緩めたまま、それらをサイドテーブルの上に置いた。  さらには部屋に散乱していた荷物をテキパキと片付け、つまずかないようにとの配慮なのか、ベッドからトイレやキッチンへと至る通り道を作っていた。  しかも、未だやめる気はないらしく、今度はシンクに溜まっていた食器を洗い始めた彼を見て、さすがに唖然としてしまった。  人を使うような立場であるはずの御曹司が、甲斐甲斐しく世話を焼く姿なんて物珍しいどころではない。   「そこまではやらなくてもいいと思うけど……」  見かねて声をかけると、集中していたのか身体をビクッと震わせた久世は、みるみる顔が赤くなった。 「わかってる。なんていうか、だらしなく整理されていない状態を見ると疼いてしまって……」  だろうなと納得しつつ、頬を緩ませてしまう。  叱られたこどもが言い訳をするかのようにつぶやいた姿が、おかしくも可愛らしい。 「してもらったほうはありがたいからいいと思うよ。でも、時間がないから……」  すると久世はハッとした顔をして、赤くしていた顔が今度は青くなった。 「わるかった……今何時だ?」 「9時過ぎ」 「……本当に申し訳ない」  声と表情からは、心底申し訳なく思っている様子が伺えるものの、しかし手元は未だに動いている。中途半端にやめられないらしい。 「いいよ」  それがまたおかしくて、最終を逃すくらいなんでもないと思えた。  洗い終えた彼はタオルで手を拭いて、シンク周りの水も丁寧に拭き取ったあと、おずおずとした様子でこちらにようやく向き直った。 「始発でも仕事は間に合う?」 「ああ。ギリギリだけど、午前はどうせ外回りだから少しくらい遅刻しても大丈夫」 「申し訳ない」  目を合わせた彼は、気恥ずかしげに再び顔を赤くしていた。   彼の新たな一面を見れた嬉しさで、にやにやと口元が緩みっぱなしだったからかもしれない。     「もう終わったのなら、とりあえず出よう」 「ああ。自宅へ行こう」 「え? 片付いていないんじゃないの?」 「ホテルを探す時間が惜しい。少しでも眠ったほうがいいと思う」  ということは、片付いていないという部屋をお目にかかれるらしい。  少し、いやかなりわくわくとしてしまう。  生田は久世と二人で俊介のマンションを後にして、今度は久世邸へと向かうことになった。

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