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第28話 その溺愛は

「雅紀、痛くない?」 「痛いよ。主に尻が」    初めてずくしのセックスを終えたあと、久世によってきれいに身体を洗われた生田は、今はソファのうえでドライヤーをかけてもらっている。  タオルドライでいいよと断っても、風邪をひくからとしつこく迫られて、こちらが折れた結果だ。  さすがに甲斐甲斐しさの度が過ぎてやしないか? 「わるかった。……ちゃんとほぐしたつもりだったんだが」 「そういう意味じゃなくてさ」  とはいえ、もはや何をされても驚くことはほとんどない。半日前の自分が知ったら飛び上がるような行為を散々受け入れたのだから。  ただ、すべて納得したとは言えず、気になっていることが一つあるだけだ。 「僕のほうが……なんだっけ、タチ?のほうだと思ってた」 「いや……雅紀はネコだ……」  ドライヤーの音に紛れてボソボソと聞こえてきた。 「ネコってなに?」  振り向いて、彼からドライヤーを奪い取ってオフにする。 「……かわいいってこと」 「は?」 「好き……」  聞こえたと同時に、抱きしめられた。  驚かないと言っても、意表をつかれるとドキリとしてしまう。  これまで抑えていたとばかりに感情をぶつけられて、嬉しくもありくすぐったい。いや、いちいち顔が熱くなるくらい感情を揺さぶられる。惚れた男に愛を向けられるというのは、かくも幸福なものらしい。   「話を聞けよ。あの日……あの夜は僕のほうからキスしたよな?」 「あの夜?」 「ほら、僕の家に連れ込んだとき……」  そう。あのときはこちらが攻める立場にいたはずだ。今さら交代しろとは言わないが、その点に関しては未だ納得できていない。  しかし、彼から返ってきたのは「違う」という耳を疑う言葉だった。 「違うってなにが?」 「やはり覚えてないみたいだな」 「どういうことだよ」 「あの夜は、俺のほうからしたんだ。……かなり酔っていて、その、自制できなかった」 「は? 透が?」 「……雅紀は忘れていたようだったから……わるかった」 「いや、今謝られても……」  それ以上のことをしておいて今さら過ぎる。 「ていうか、どこまでしたんだ?」  問いかけるも、返答は説明ではなくキスだった。  嬉しかろうが、なにやら誤魔化された気がしてならない。 「言えよ。ここまできたら隠すこともないだろ?」  やや声を荒らげたからか、今度は意を決したらしく、彼は大きく息を吐いた。 「……途中までだ」 「途中ってなに? どういうことだよ?」 「挿れてはいない」  衝撃のあまり目の中に星が舞う。頭を鈍器で殴られたかと思った。  つまり、ベッドのうえでしたレベルには至っていないものの、シャワーブースでした程度のことはしたらしい。まったく記憶にない。  そこまでされて覚えていないなんて、もしかしたらショックがでかすぎて脳が記憶を消去したんじゃないか。   「雅紀は、相手を女性だと思い込んでいたみたいだったから」  そんなわけがあるか。いつものごとく欲情した相手を連れ込んだ感覚ではあったが、だとしてそんな思い違いはしない……はずだ。   「……いや、透だってわかってたよ」    言うと彼は顔を真っ赤なほどに染め上げた。 「なに? その反応」 「……いや、その、もし本当だったなら嬉しくて」  目を潤ませた彼は、感極まったとばかりにキスの雨を降らせてきた。顔や頭だけでなく手の先までも。 「そんなに感激する?」    今ならまだしも、あのときはまだ出会って間もない頃だったのだからワンナイトと言ってもいい。  彼に惚れてしまった今や考えたくはないが、彼の慣れた様子を見るに、自分ほどではないにせよ、そういった経験は少なくないと思う。 「……雅紀のことは一目で好きになって、だから……」  ぽつりと言った彼の言葉に驚く。 「一目って、いつの時点で?」 「本屋で会う前の喫茶店だ」  本当の一目惚れじゃないか。  つまり喫茶店で目が合ったのは、知り合いだと勘違いしたからでも、小説に目を留めたわけでもなかったらしい。  だとしたら連絡もせず職場近くのコンビニをうろついていたのも、青森にまで考えなしに来たのも、友情からではなく愛情がゆえだったことになる。  これにはちょっと、いやかなり感激してしまう。  たまらずキスをすると、彼はかすかに身体を震わせ、しかしすぐに応えてくれた。 「ん……」  徐々に、濃厚なそれに変わる。  くそ。何度しても上手い。頭がぼうっとしてしまう。  陶然としていると、彼の手がシャツの中に伸びてきた。おずおずとした手つきが、少しずつ遠慮を解いていく。  指が這い回るたびに身体がびくと反応してしまう。  うう。キスで頭を蕩けさせられて、うまく抵抗できない。  できないが、なんとかキスからは逃れる。 「……やめろって」 「やめない」  がらりと声音を変えた彼に再び口を塞がれる。  彼は攻め始めると、スイッチが切り替わるみたいに別人──いや、雄になる。 「んっ……」  いきなり前を攻めてきやがった。まじで遠慮がない。 「雅紀、かわいい。美しさとかわいらしさが同居してる」  何を言い始めた? しかもいつの間にやら手が下着の中に至っている。 「たまにする憂いた表情も好きだ。ジェラール・フィリップに似てる」 「……誰だよ、ちょ、さするな」 「ドロンやバーガーとは違う。ああ、ジャン・ソレルにも似てる……」 「ん……だから、誰だって……っ」  手の動きが激しくなってきた。悔しいがめちゃくちゃ気持ちいい。くそ。期待で硬くなってしまう。意味不明なことをしゃべりながら何をしてくれる。  へとへとに疲れているし、もう出るものは残っていない。  股関節はだるいし、腰も痛い。人生でしたことのない態勢にさせられ、生涯すると思わなかったことを三回もされて、身体はガタガタだ。 「雅紀……」  なにやら吐息をもらしながら、切なげな声が聞こえてくる。 「……なんだよ」 「挿れていい?」 「だめにきまって……やめっ」  いつの間にローションまでを手にしていたのか、ぬるぬるとした指が後孔に到達していた。 「だめだって」  くそ。腹立たしいほど巧い。 「いい?」  耳元で聞くとぞくりとしてしまう。目がくらむほど美しい彼からキスをされ、いじられ、高ぶらされると拒否できなくなる。 「……いいわけないだろ」  が、さすがにもう無理。 「……喉乾いたし……」  言うと、彼の手がぴたりと止まった。 「……なにか飲みたくなった」    そう言い添えてみたら、彼の顔つきがさっと変わった。   「……水がいいか? それともカクテル?」  おずおずと心配そうに聞くその表情は、見慣れたいつもの彼だ。 「何種類くらい練習したんだ?」 「十種類くらい」 「じゃあ、おすすめを」 「……わかった」  ぱっと起き上がった彼は、ローブを羽織って寝室から出ていった。  雄モードよりも世話焼きモードのほうが優勢らしい。  確かに高ぶらされたし、物足りなくもさせられたが、もっとこう、ただいちゃつくだけというのも楽しみたい。 「雪国だ」  いつの間にやらグラスを両手に持った彼がベッド脇に立っている。 「……驚かせるなよ」 「これ」  グラスを差し出してくれたので、受け取る。 「ありがとう。雪国って、カクテルの名前?」 「そう。ドキュメント映画にもなってる」  また映画の話かよと脱力しつつも口をつけると、目が冴えるほどの美味さだった。  甘くて酸味もあり、ごくごくといけてしまう。 「これいいね」  思わず顔をほころばせてしまう。 「あ……疲れているなら、その、甘いほうがいいと思って……」  彼は完熟したりんごのように赤くなっている。 「ありがとう。確かに染み入った」 「……じゃあ、次は別のを……」  言いながら自分は一口も飲まずに消えていこうとした。 「待てよ。行くなって」  声をかけたら、びくと身体を震わせてゆっくりと振り返る。 「やっぱもう限界だから寝る。そばにいて」 「……水は?」  喉が乾いたなんて単なる言い訳だ。 「水もいらない。こっちに来て」    顔を赤くした彼は、そっと掛け布団をめくって、横に滑り込んできた。 「いい?」とおずおずと聞いてきて、何かと思えば腕枕をしたいらしい。  する側は何度も経験しているが、される側なんて初めてだ。  少し恥ずかしくなるも、頭をあげて彼の腕が入ってくると、嬉しさが勝ってきた。こちら側に慣れる日も遠くないかもしれない。   「……仕事はどうするんだ?」 「さすがに今から寝て始発に起きるのはきつい。朝一度起きて会社に連絡入れるよ」 「こんな時間まで……その、わるかった」 「……いや、最初からそのつもりだったわけだから。てか、そんなにすぐ透と離れたくないよ」  答えると、頭の下にあった彼の腕が動いて、向かい合う形に引き寄せられた。  額にキスをされ、頬を撫でながら、潤んだ目で見つめられる。 「……俺も、雅紀と離れたくない」  見るも蕩けそうな美しい微笑で、そんな言葉をかけてくるなんて反則だ。  明日になっても帰りたくなくなるじゃないか。  というか、寝られなくもなってしまった。 「……雅紀?」  驚いた声を耳にしながら、彼の意表をついて人生初の行為を始めている。 「そんなことしたら、止められなくなる」 「……いいよ。透のこと愛してるから」  はあ、と艶っぽい吐息が聞こえたあと、またも攻手を交代されてしまう。  わざわざカクテルをつくらせるよう仕向けておきながら、自分のほうこそ自制ができていない。  しかし、それは仕方がない。  話しかけるとびくと身体を震わせ、おどおどとしてうつむき、おずおずと不安げな目を向ける。  輝くほどの美貌を赤く染め、すらりとした肢体を縮こませて、ぼそぼそと話す。  そんな彼が、がらりと変わり、聞く耳すら持たずに果てのないほどの快楽を与えてくる。  どちらの彼もたまらなく魅力的で、どうしようもないほどに参ってしまっているのだから。  笑みで疲れが吹き飛び、自ら求めるくらいに。    三桁もの女性とその日限りの逢瀬を交わし、日々をただ享楽的に生きてきた生田は、初めて愛というものを知った。  嫉妬に苦しめられ、彼の言動に一喜一憂し、果ては彼を追って真夜中に飛んできてしまうほど、惚れてしまった。  いや、待てよ。  先に惚れたのは彼のほうだ。  その彼によってあちこちを連れ回され、彼のセンスの服を着て、彼の言うなりになった結果だ。  もしかしたら、愛を知ったのではなく、彼に導かれたのではないだろうか。  惚れたというよりは、落とされたのかもしれない。  気弱で消極的なわりには、堅固な意思を秘め、忍耐強い彼によって。

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