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淫紋を刻まれた王子はついに魔法使いと対峙する(後)
夜の静寂に支配された俺の部屋の中に、俺と奴の荒い吐息が響く。
灯火器 の光に照らされたフリードの汗に濡れた肌が、闇の中で艶光りしている。うっすらと口元に笑みを浮かべたフリードの上で、奴のペニスを淫唇 に挟み込んで俺は腰を振っていた。
淫唇 から溢れ出た蜜と精液が、潤滑油 となって奴のペニスに絡み付いている。早く挿入したい。うっかりすると淫唇 の中に挿入 り込んでしまいそうになる奴のペニスは、徐々に力を漲らせているものの、完全なる勃起にはもう少し時間がかかりそうだ。
既に淫唇 で一度の性交を済ませていた。
交代で俺の相手を務めていた兵士たちとは異なり、フリードはひとりだ。定期的に休めない奴はそこまで回数をこなせる訳ではない。だから、なのだろう。フリードは一度のセックスにかなりの時間をかけた。前戯に始まり、挿入、そして後戯と、セックスにも手を抜かないのは流石の生真面目であるが、それがもしかするといい方向に働いているのかも知れない。決して激しくはない奴とのセックスは、だのに俺にそれなりの満足感を与えてくれていた。
「ああ、はぁ……っ、フリード」
俺は腰を振りながら身を屈め、フリードに口付けた。口唇に、歯茎、口蓋と、奴の口内に舌を這い回らせる。ややあって、するりと這い出てきた奴の舌が俺の舌に絡み付いてくる。ん、んん。俺は小さく声を上げながら奴の舌を吸い上げた。吸って、絡めて、深く口唇を合わせて、長く果てることのない口付けを交わしてゆく。
「王子、腰がお留守ですよ」口唇を離したフリードが揶揄い混じりに言葉を吐く。「そろそろペニスが恋しくなってきましたか?」
「それはもうずっとだ」
俺はゆっくりと腰の動きを再開させた。腰を少し締め上げると、淫唇 がぴたりとフリードの陰茎に吸い付く。先程の口付けでやる気が出たのだろうか。いつの間にか回復をみせている奴の逞しいペニスに胸が高鳴る。
「挿入 たい」
俺はフリードの顔を見下ろして云った。
「どちらに」
尋ねてきたフリードに腰を上げる。
俺は無言で菊座 の口に奴のペニスの先端を押し当てた。
折角、感じ易く作られた淫唇 があるのだ。そちらだけ使っていればいいだろうと思わなくもなかったが、本来、男にはない器官だけはある。続けて使っていると、自分が男であることを捨てさせられているような気分になってゆく。
だから俺は二つの穴を交互に使った。
フリード自身も、俺と毎晩寝屋をともにしている今の環境では二回が限度であるようだ。ならば丁度いい。脚を大きく開いて奴のペニスを菊座 に飲み込ませた俺は、分厚い奴の胸板に手を置いて、背中を弓なりに反らしながら腰を前後に振った。浅く頭を引いては深く入り込んでくるペニスが気持ちいい。
「ああ、はぁ、フリード。フリード……」
俺は喘ぎながら腰を振り続けた。
二週間のセックスでわかったことだったが、フリードは俺にリードをさせるのが好きなようだ。毎回という訳ではないが、二回に一回は俺が自ら腰を振るように仕向けてくる。けれどもそれが嫌かと訊かれるとそうではない。手荒に扱われることに慣れてしまった俺は、自分が主導権を握ることに対する経験が少なかったが、やってみれば相手の色々な反応が見られて面白いものだ。
「王子、ああ、ガシュー王子。今日もお可愛らしいですよ、王子」
うっとりとした眼差しを俺に向けてくるフリードが、熱に浮かされたように言葉を吐いている。日頃は生真面目で鳴らしている奴が、ベッドの中でだけ見せる陶然とした表情が堪らない。とはいえ、奴は完全に俺にリードされるのは嫌らしく、いつも途中で主従を逆転させてしまう。だからこそ、今日こそは。そういった気持ちで腰を振る。
「ああ、いいですよ、王子。こんなに淫らに腰をお振りになって。欲しくて堪らないのですね」
暫く腰を振っていると、どうやら我慢が限界を迎えたようだ。身体を起こしたフリードが、俺の身体を抱き締めて腰を振ってくる。
「あ、馬鹿。お前、待て」
「待てませんよ、王子」
こうなると奴が止まらないのを俺は知っている。仕方がない。口唇を合わせてくるフリードに応じてやりながら、俺は奴の腰の動きに合わせて腰を揺らした。不規則に菊座 の奥を突いてくるペニスが更なる快感を呼び覚ます。
あっ、あっ、ああっ。口唇を剥がした俺は奴にしがみ付いて喘いだ。
勃起したペニスをフリードの腹に擦り付けるようにして、奴から与えられる快楽を貪る。あっ、ああ、いい。もっと、もっと突いて。次第に速まってゆく腰の動きに意識を攫われそうになりながら、振り落とされてなるものかと奴の腰を挟み込んでいる腿に力を込める。
「ああ、王子。王子。最高ですよ、王子。もっと、もっと奥に入らせてください」
「いい、いい。入って、もっと奥に入ってきて」
じくりじくりと疼くようだった快感が、鋭く刺すような快感に変わってゆく。もう、絶頂 が近い。俺は奴のうなじに手を置いた。そして、腕を突っ張らせて背中を反らし、奴の股間に双丘を押し付けた。より深く頭を潜らせてきた奴のペニスに、脳を焼かれるような感覚が生じる。
「あ、いく。いっちゃう、いくいく」
「いいですよ、王子。私と一緒にイキましょう」
「いくぅ、いくぅ。あ゙、あ゙。いくぅ」
菊座 の奥から突き上がってくる快感。全身を刺し貫かれたかのような感覚に襲われた俺は、びくんっ。と、腰を跳ねさせた。
同時にフリードの腰がぶるりと震える。
溶け合って、混じり合う体液の感触が、行為の終わりを告げている。ああ、はぁ。ああ。俺は吐息混じりの喘ぎ声を口にしながら、奴の口唇に口唇を合わせていった。好きですよ、王子。俺の口唇を啄んだフリードが、真っ直ぐに俺を見詰めてきながら囁きかけてくる。
「知ってる」
「愛しています」
「それも、知ってる」
「疑うことはないのですね」
「当たり前だ」俺はフリードにしがみ付いた。「お前が俺に嘘を吐くときは、直ぐに目が泳ぐからな」
そうなのだ。
生真面目なフリードは嘘が苦手で、子どもの頃からまともに嘘が吐けた試しがなかった。何せあからさまな挙動不審を見せるのだ。それは大人になっても変わらなかった。目を泳がせては落ち着きを欠く。だから、なのだ。自分が嘘が吐けない性質であることを自覚したフリードは、嘘を吐く代わりに沈黙することを覚えた。
俺が奴の気持ちに気付けなかったのは、訊くこともなければ語られることもなかったからだ。当たり前だ。傍にいるのが当たり前なフリードに、どうしてわざわざその気持ちを尋ねたものか。
俺はフリードに深く口付けていきながら、奴の胸中を想った。
セックスの度に俺に告白をし続けるフリード。奴の気持ちをそろそろ楽にしてやらなければ。
なあ。と、俺が口を開いた瞬間だった。
どんっ。と、床が揺れた。地震か? 俺は周囲を見渡した。どん、どん。と、立て続けに更に二度ほど床が揺れる。王子。フリードが俺を庇いながら、まだ収まったままだったペニスを抜く。そして少し様子を窺ってから、ベッドを降り、剣を片手に扉へと向かってゆく。
「将軍閣下! 王子は!」
「王子は無事だ! 何があった!」
扉越しに上がった兵士からの声に、フリードが言葉を返す。俺は急ぎ衣装を腰に巻いた。何があったのかは不明だが、有事であるのは間違いない。壁に立ててある剣を取り、フリードの背後で様子を窺う。
「ヌーベルです! ヌーベルが陛下の部屋に!」
フリードの反応は早かった。
腰にシーツを巻き付けると、部屋を出て、警備に当たっている兵士たちを呼び集める。続けて、その兵士たちに俺を護るよう云い付けると、早速とばかりに駆け出す。
「俺も行くぞ、フリード!」
周囲を兵士に囲まれた俺は剣を掲げて叫んだ。
「しかし、王子!」
驚きに足を止めたフリードが俺を振り返る。険しい表情に、けれども俺も引けはしない。長く俺を苦しめ続けたあの男に今度こそ絶対に引導を渡してやるのだ。俺は兵士たちを退けて走り出すと、フリードの前に立った。
「いいから行くぞ!」そして兵士たちを振り返る。「お前たちも付いてこい! 今度こそ決着を付けてやる!」
俺を止めても無駄だと覚ったのだろう。無理はなさらず。とだけ口にしたフリードが肩を並べてくる。俺は兵士を引き連れて父の部屋を目指した。
ややあって目に入る黒山の人だかり。
西方に赴いていた兵士たちも合流し、警備状況が改善されたからだろう。厳戒態勢が続く城内に姿を現したヌーベルに、集まってきた兵士たちは、けれども父の部屋前で攻めあぐねている様子だ。何人かの兵士たちに話を聞いたところ、どうやらヌーベルの野郎は父の部屋の壁を壊して室内に侵入してきたらしい。
確かに警備は強固となってはいたが、そこを強行突破してくるとは、これまでのヌーベルでは考えられないほどの強引さだ。
兵士たちを背後に下がらせて、室内を窺いみれば、ヌーベルと父が一対一で向かい合っている。剣を取る余裕がなかったのだろう。丸腰の父に対して、ヌーベルの手には長剣が握られている。成程、これでは迂闊に中に飛び込めない――と、俺がヌーベルの隙を窺っていると、流石は常勝将軍である。疾風怒濤の勢いで部屋に飛び込んでいったフリードが、ヌーベルが反応するよりも早く父の前に躍り出た。
所詮は魔法使いなのだ。
その事実を思い知った俺はフリードに続いて部屋に足を踏み入れた。王子! フリードが俺を制そうとするが、俺は構わない。この二週間、勘を取り戻す為に日々剣の稽古に励んできた。フリードと互角に打ち合えるようになるまではまだ時間がかかりそうだが、卑劣な魔法使いに勝てる程度には腕を上げた筈だ。俺は剣を片手に構えて、フリードの隣に並んだ。
「今日の用件はなんだ、ヌーベル」
「殿下が結婚をされるという噂を耳にしましたので」
「それで父上と話をしにきたのか? お前の行動原理は相変わらず狂ってるな」
「何とでも仰ってくださいませ。そのぐらい私は殿下を愛しておりますが故」
甘いマスクをにやつかせて、飄々と言葉を継ぐヌーベルに、けれども俺は油断をしなかった。これまでもそれで散々痛い目に合っているのだ。俺とフリードを易々と部屋に侵入させたのも奴の手口かも知れない。俺は周囲を警戒しながら、ヌーベルの様子を窺った。黙っていれば美丈夫で通る容姿をしているのにも関わらず、クセの強い思想や性格を改めるつもりはないようだ。
「父上、どうかお下がりを」
俺は背後でヌーベルを睨み付けている父に部屋から退出するように促した。
ならぬ。と、短い答えが返ってくる。
何故と問い返せば、身動きがままならないとの返答。以前、俺がかけられた術を父もまたかけられているようだ。俺はフリードに目配せをした。そうして二人で呼吸を合わせて、ヌーベルの懐に飛び込んだ。御冗談を。平然と言葉を放ったヌーベルの姿が消える。
瞬時にして反応したのはフリードだった。かかれ! 兵士に号令をかけると、俺を庇いにかかる。
父上! 俺は声を上げた。
部屋に雪崩れ込んできた兵士たちが、父の背後に姿を現したヌーベルを取り囲む。だが、その手に掴まれた剣の切っ先は父の首筋に当てられていた。これではまたも事態が膠着状態に陥ってしまう。けれども俺は焦らなかった。ヌーベルの目的が俺である以上、その威嚇は脅し以上の意味を持たない筈だ。そう確信していた。
「本日は穏やかに話し合いをするつもりでしたのに」
口元を歪めたヌーベルに、フリードが剣を大上段に構える。
「穏やかな話し合いを望む者は、正面より訪れるもの。貴様の破壊行為は看過出来るものではない」
「ほう。しかしこの状況であなたに何が出来たものですかね、フリード将軍閣下」
「お前は私の力を軽んじているようだな」
唾棄すべきものを目にしたよう表情でヌーベルを一瞥したフリードが、「王子、私にお掴まりください」小声で俺に囁きかけてくる。
父に剣を向けられたことで怒りが爆発したようだ。いつもは澄んだ青い色を湛えている瞳が、赤く染まっている。フリードが何をするつもりでいるかの予想が付いた俺は、奴の胸にしがみ付いた。すう、と、息を吸ったフリードが、直後、声を張り上げる。
「兵士たち、陛下を頼んだぞ! 墜ちよ、ヌーベル=フォンディーヌ!」
振り下ろされた剣より、突き上がる疾風。続けて横薙ぎされた剣が室内に竜巻を引き起こす。
「成程。流石は常勝将軍! なら、これはどうです!」
剣を落として宙を舞ったヌーベルが、俺が聞き慣れない言語で呪文を唱えた。恐らくは隣国の言語だ。そう当たりを付けた瞬間、室内を火炎が舞った。伏せろ! 父を押さえ込んでいる兵士たちにフリードが命じる。父を巻き込んで一斉に床に伏した兵士たちに、フリードが再び剣を振り上げる。
「甘い!」
迫りくる火炎を打ち払ったフリードに、けれどもヌーベルは余裕を崩さない。またもふっと姿を消してみせると、俺たちから少し離れた位置に姿を現し、呪文を詠唱してみせる。
「空気よ、我が鎖となれ!」
俺は眉を潜めた。
聞き覚えのある文言は、前回、俺の動きを封じたものだ。フリード、気を付けろ! 俺は手足に力を込めて絶叫した。動きを封じられてなるものかと、気合を入れて両脚を踏ん張る。
と、ぱきん。と、手首で音が鳴った。
腕輪に付けていたフリードの西方土産のお守りが割れたのだ。まさか。俺は手足を動かした。全く抵抗を感じない手足に、フリードの手首を窺ってみれば、奴のお守りもまた割れているではないか。この好機を逃してはならない。俺はフリードから離れ、剣を構え直した。
「フリード!」高速で剣を十字に斬る。
そこにフリードが、先程放った必殺技を重ねてくる。いけえええええっ! 俺は絶叫しながら、吹き荒ぶ嵐のように渦巻く気流に耐えた。俺が放った剣戟が、ヌーベルのマントにヒットする。直後、漆黒のマントが大きく裂けた。先程の魔法が通じなかったショックも冷めやらぬ内にの攻撃に、どうにか宙で耐えていたヌーベルが動揺を見せる。今だ! 俺はフリードとともにヌーベルに突っ込んでいった。
「覚悟を決めろ、ヌーベル!」
直後、その身体を捉えた俺たちは、奴の首筋と胸元に剣を突き付けることに成功した。
「おかしな気を起こすのはもう止めろ。少しでも動けば命はないぞ」
万事休す事態であることを覚ったのだろうか。ヌーベルが諸手を挙げる。
だが、フリードの怒りは収まらないようだ。「どうか、王子。目を閉じてくださいませ」どうやらここで処刑を済ませるつもりでいるようだ。剣の柄を掴む手を震わせて自分の感情を抑えているフリードに、けれども俺は静かに首を振った。
「駄目だ、フリード。私怨で動くな」
「しかし」
「おかしな様子を見せたら直ぐに斬れ。俺はこいつに頼みたいことがある」
「頼みたいこと、ですか」
そこでフリードがはっとした表情をみせた。
俺の淫紋だ。これだけは外してもらわないことには話にならない。
それでも割り切れない思いがあるのだろう。険しい表情を崩すことのないフリードを余所に、俺はヌーベルに視線を向け直した。まだ魔法を使う余力が残されているのだろうか。どこか余裕が窺える表情を晒している。
「わかっているだろうが、このままではお前は処刑される」
俺はなるべく感情を排して語りかけた。
「存じております、殿下」
「だが、お前の命を救う条件を出してやらないこともない」
淫紋を刻み付けられ、膣を作られと、俺の身体は大きくこの男によって作り変えられてしまった。その恨みに限りはないが、こうして奴の動きを封じることに成功したのだ。その機会を生かさねば、俺自身の未来に光はない。だから俺はヌーベルに剣を突き付けながら云った。
「俺の淫紋を解除しろ、ヌーベル」
「それだけですか、殿下」
「そして国の為に尽くせ」
なんと。と、声を上げたヌーベルが驚きに満ちた顔を俺に向けてくる。
「お前のお陰で我が国が魔法による攻撃に弱いことが判明した。その弱点を克服する為には、魔法による攻撃に通じている者が必要だ。それを魔法寮の魔法使いたちに伝授してやれるのは、お前しかいない。わかったか、ヌーベル」
「しかし、殿下。私は魔法寮を追放された身。彼らが私の話を聞いてくれるとは思えませぬ」
「それこそが、これからお前が切り開くべき道だ。罪滅ぼしとはそういうものだろう」
俺はここぞとばかりに自分の考えを口に乗せた。
フリードが俺を好きだと云い出してから、俺はこの事態をどう収拾すべきか考え続けた。その末に出したひとつの結論がこれだ。ヌーベルに自分がしたことの始末をきちんとつけさせる。その上で、奴が個人で振るうには過ぎた力を国の為に使わせる。
「お前の発想は、我が国の防衛に多大な貢献をする可能性が高い。どうだ、ヌーベル。これでお前の名誉は回復されるが」
「勿体ないお言葉にございます、殿下」
どうやら少しは心を動かされたようだ。瞑目したヌーベルが俺の言葉を噛みしめるように呟く。
「しかし、だ」俺は言葉を続けた。「そのままにしておけば、お前はまた良からぬ考えに染まりかねないだろう。魔力制御環は身に付けてもらうぞ」
魔法寮で開発された魔力制御環は、魔法使いの力の源である魔力を大幅に減じさせる魔法具だ。魔法使いを相手とする戦争が起こった際に用いる予定であったらしいが、今回の騒動を見てわかるように、敵に先手を打たれてしまうと嵌めこむことはほぼ不可能。運良く捕虜に出来たときぐらいしか使い道がない魔法具だが、それが思わぬ形で役に立つ時がきたのだ。
「命を助けていただける上に、魔法寮に戻していただけるのです。喜んで嵌めましょう」
勿論、魔法寮にいたヌーベルはその存在と効果を正しく知っている。魔法使いにとって魔力を制限されることがどれだけの苦痛であるか。何せ、実践が出来ないのだ。それはこの好き放題に魔法を使った男にとっては、最大の罰であるだろう。
その上で即答してみせた奴に、「よくぞ云った」俺は深く頷いてみせた。
「お前がきちんとこの国に尽くしている認めた暁には、魔力制御環は外してやる。だから好きに魔法の研究をしろ。禁忌などとはもう云わん。お前が生み出す魔法の発想こそが、我が国を救う大いなる助けとなるのだからな」
「畏まりました、我が君主 」
気障ったらしい性分は治らないようだ。甘いマスクを微笑みで彩って、ヌーベルが恭しく言葉を継ぐ。だが、以前のようなぎらついた眼差しはもうない。憑き物が落ちたような清々しい表情をしている奴に俺は苦笑しつつも、魔力制御環の用意をすべく、父を取り囲んで守りを固めている兵士たちを振り返った。
「話は決まった。誰ぞ、魔力制御環を持て!」
俺の言葉を受けて、数名の兵士が足早に部屋を出てゆく。
俺はフリードを見上げた。怒りで緋色に染まった瞳の奥に微かな悲しみの影が見て取れる。意固地なまでに頑固なフリードのことだ。きっと、俺に害を為した相手を自らの手で討ち取りたかったのに違いない。
けれども、罰するばかりが政ではない。
国を発展させてゆく為には、赦すことも必要なのだ。
俺が選んだ最善を、いつかはフリードも理解してくれるだろうか。程なくして届けられた魔力制御環をヌーベルの首に嵌めた俺は、やっと終わった長い物患いに大きく息を吐いて天井を仰いだ。
※ ※ ※
一週間が過ぎた。
淫紋を解除してもらった俺はすごぶる絶好調だった。何せ何の憂いもなく身体を動かせるのだ。剣の稽古に乗馬は勿論のこと、学問に執務と、当たり前の生活を取り戻した俺は精力的に動き回った。フリードを護衛に伴って市井に視察にも赴いた。変わらぬ民の笑顔を目に焼き付けた俺は、彼らの為にもより良い王になろうと決意を新たにした。
ヌーベルはきちんと魔法寮で研究に励んでいるようだ。
先ず奴が手を付けた研究が侵入者排除の結界の改良だったのには驚かされたが、魔法寮の魔法使いたち曰く、発想や方向性が突飛なだけで愛国心の強い魔法使いであるらしい。本当か? と、奴に散々迷惑をかけられた俺としては、魔法使いたちのヌーベル評を疑わざるをを得ないのだが、真面目に国防と向き合ってくれるのであれば、それに越したことはない。魔法のセンスはいいのですよ。とは、魔法寮のトップを務めるシスティーナ女史の談だ。
父はそろそろ引退を考えているようだ。
俺のヌーベルへの対応を見て、世代交代を強く意識したのだそうだ。その為にも早く身を固めろと日々煩い。毎夜、夕食の席でその日の俺とフリードのエピソードを母の肖像画に報告するのも止めようとしないし、一体、父はどういった国の未来を思い描いているのだろうか。
フリードは相変わらずだ。
あっさりと魔法寮に戻っていったヌーベルには思うところがあるようだが、俺の手前、それを表に出すような真似はしない。その点に関しては申し訳ないと感じているが、これから奴には特大級の幸福をプレゼントしてやるのだ。それで帳消しにして欲しいと思う。
その為に俺は膣と子宮を身体に残したのだ。
ヌーベルには研究の気分転換ついでに、俺の子宮を完全なものとする魔法を開発しろと命じてある。とはいえ、俺に懸想をしていると巫山戯たことを口にしていた男だ。不安はあったが、奴としては人間よりも魔法であるようだ。その発想は面白いですね、我が君主 。と、意欲的に取り組んでくれている。
母を産後の肥立ちの悪さで失っている身としては、出産に挑むのは怖くもあるが、まあ、何とかなるだろう。淫紋だってなんとかなったのだ。出産だって何とかなるに決まっている。
問題はプロポーズだが、いつにすべきなのか。
悩ましさを抱えながら自室で本を読んでいると、フリードが乗馬に俺を誘いにきた。丁度いい。俺は奴と連れ立って厩舎に向かい、それぞれの軍馬に乗って乗馬場を走り回った。小春日和の爽やかな風が心地よい。俺は俺の跡をついてくるフリードとその軍馬を振り返った。
「気持ちのいい陽気だな」
「そうですね、王子。淫紋に悩まされずに乗る馬は格別でしょう」
奴の笑顔が犬のように無邪気に映るのは、今に限ったことではない。
いつだって俺の後ろに控えていてくれたフリード。こいつの力がなければ今回の騒動は決して解決しなかったことだろう。だからこそ俺は覚悟を決めた。こいつなしでは俺の人生は成り立たない。それを思い知ったからこそ。
「ところで、王子。お伺いしたいことがひとつあるのですが」
「何だ?」
隣に馬を並べてきたフリードは、俺に訊きたいことがあるようだ。澄んだ青い瞳が俺を真っ直ぐに見詰めている。
何か用事があるとは思っていたのだ。
昔からフリードはこうだ。俺に個人的な用事が出来ると、剣の稽古や乗馬に誘ってくる。もしかするとヌーベルのことかも知れない。そう予想を付けた俺は続くフリードの言葉に身構えた。
「ヌーベルの件ですが」
「ああ、お前には悪いことをしたな」
「いいえ。その件ではなく」
どうやら早合点であったらしい。
あっさりと話題を変えたフリードに、俺が思っているほど、フリードはもうヌーベルのことを気にしていないのかも知れないと思う。だが、だとしたら奴が訊きたいことは何だ? 俺は奴の用件の予想のつかなさに首を傾げた。
「なら、何だ?」
だからこそ、怪訝な表情を浮かべながら尋ねれば、思いがけない言葉が返ってくる。
「王子に結婚の話が出ているとのことでしたが、どちらの御令嬢とそこまで話がお進みになられたものかと」
「何だ、そんなことか」
「私にとっては重大事項にございます」
さしもの怖いもの知らずな兵士たちも、堅物フリードの耳には噂を入れられなかったとみえる。
奴が俺の結婚を他人事であると思っていることに気付いた俺は、人の悪い考えが浮かんでくるのを止められそうになかった。フリードが自分のこととなると鈍感になるのは昔からだ。だったら少しぐらい揶揄ってやってもいいではないか。何せ俺に対する愛情を二十歳を過ぎるまで隠し通してくれやがったのだ。こいつがもっと早くに告白してくれていれば、俺の結婚問題はその時点で片付いていただろうに!
「返事を聞かせてはいただけませぬか、王子」
憮然とした表情でいるフリードを見上げて、俺はこれ以上となく晴れやかに微笑みかけてやった。
「お前の好きな日取りを決めろ。勅使を発たせる」
「話をはぐらかさないでくださいませ、王子」
「何を云っているんだ、お前と俺のことだぞ。当人が決めずに誰が決める」
余程の驚きだったようだ。瞬間、フリードの口があんぐりと開かれる。
俺は自らの軍馬を疾 らせた。
あの、王子。情けない声を発しながら後を追いかけてくるフリードに、俺は心の底から笑った。こいつのこんな情けない姿を見られるのは俺だけだ。その現実が喜びとなって胸に込み上げてくる。
「王子、王子。詳しい話をお聞かせください、王子……」
ああ、愉快だ。そして気持ちがいい。
慌てふためくフリードに、俺は思い切りあかんべぇをしてやった。これでいいのだ。俺はこれから先の未来を、変わらずにフリードと歩んでいける幸福を噛み締めた。
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