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第11話
医務室の隔壁を兼ねた巨大なホログラムスクリーンには、超光速航行特有の現象――恒星が強烈な光の糸へと引き延ばされ、無限の闇を射貫く光景が、まるで液体のようにゆっくりと流れていた。
マイトは、無機質な医療用ベッドの冷たいシーツの上で天井を見つめたまま、小さく溜息を吐く。身体を走っていた激痛は驚くほど霧散していた。
複雑骨折した肋骨も、粉砕された四肢も、ナノマシン技術によって分子レベルから再構成されている。
だが、その完璧すぎる再生さえも、マイトにとってはディアスに魂まで支配されていることの証明であり、消えない呪いだった。
「……逃げられねェ。」
手首に嵌められた銀色の拘束具。
それは単なる装飾品ではなく、高密度の磁気フィールドを発生させ、神経系を直接制御する次世代の拘束ユニットだ。
昨日、無理やり外そうとした瞬間に味わった、脳髄を焼き切るような高電圧の痺れが、今も指先に不快な幻覚としてこびりついている。
「起きてたんだ。」
ハイドロリック・ドアが音もなくスライドし、ディアスが姿を現す。今日は漆黒のコートではなく、無垢な白のメディカル・コートを纏っていた。
自分たちをあそこまで無残に蹂躙し、尊厳を徹底的に破壊した男が、人命を救う白衣を着ている。
その吐き気を催すほどの悪趣味な欺瞞に、マイトは全身の血が沸騰するような、どす黒い憎悪を覚えた。
その細い喉笛を食い破ってやりたい衝動に駆られる。
「調子は?」
「最悪だ。」
マイトの殺気立った即答に、ディアスはまったく気にも留めず空中へホログラムを展開させる。
指を滑らせ、骨再生率九十四パーセント、臓器修復完了のデータを流し読みするその横顔は、ひたすらに冷徹で美しい。
「もう歩けるね。部屋を移そう。」
「……牢屋か?」
「違う。客室だよ。」
ディアスは柔和に笑う。
その微笑みが、マイトの胸中で渦巻く殺意に油を注いだ。
飼い犬のように手の上で弄んでいるというのか。嬲りものにした挙句の「客室」という言葉に、マイトは腸が煮えくり返る思いだった。
隙があれば、あの涼しげな目玉をえぐり出してやりたい。
「君はもう患者じゃない。ずっと医務室じゃ退屈でしょ。」
「逃げねぇと思ってんのか。」
「逃げるだろうね。でも、この宇宙船(ハコ)の重力圏からは逃げられない。だから、少しくらい自由にしても問題はない。」
すべてを見透かしたような傲慢な笑顔が、マイトの理性を容赦なく削り取る。
ふざけんな……何が自由だ。オマエと同じ空気を吸わされていること自体が、死ぬ以上の屈辱なんだよ
「もちろん。ジェイス君も一緒。」
「!」
マイトの心臓が激しく跳ねた。
その名前を口にされた瞬間、抑え込んでいた憎悪が爆発しそうになる。
「……無事なのか!」
「元気だよ。……まあ、かなり怒っているけど。」
ジェイスを盾に取られている限り、自分はこの悪魔に逆らえない。
その非道なやり口への怒りで、マイトは奥歯が砕けそうなほど強く噛み締めた。ディアスはその機微を逃さず、愉しげに細めた瞳をさらに歪める。
「やっぱり嬉しいんだ。」
「うるせェ。」
「素直じゃないね。」
「黙れと言ってるだろ。殺すぞ。」
マイトの地を這うような声に、ディアスは肩を竦め、自身の端末を拘束具へ近づけた。
電子音とともに磁場ロックが解除され、両手を繋いでいた分子鎖が消える。
久しぶりの自由。しかし、手首に鈍く輝く銀色の腕輪だけは、枷のように残されたままだ。
この男……自分がすべてを支配下に置いていると確信しきっている……。
マイトは獣のような眼光でディアスを射抜いた。今すぐ飛びかかり、その首の骨をへし折ってやりたい。
だが、微かに動かした指先が昨日の激痛をフラッシュバックさせ、何より「ジェイスの命」という絶対的な人質が、マイトの四肢に見えない鎖を巻きつけていた。
マイトの全身から立ち昇る濃密な殺意を、ディアスはまるで心地よいそよ風のように受け流している。
「終わったら案内する。さあ、行こうか。」
この屈辱は、必ず何百倍にもして返してやる。マイトは込み上げる憎悪を喉の奥へ押し込み、「チッ」と憎々しげに舌打ちをした。
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客室区画へ足を踏み入れると、医務室の無機質な空気とは一変し、高級居住区特有の微かな芳香が漂っていた。
「首領!」
駆け寄ってくる鮮やかな赤い髪。ジェイスだった。マイトは即座にその肩を掴み、生きていることを確認する。震える手のひらに安堵が広がると同時に、部下にこんな思いを強いたディアスへの凄まじい憎悪が再び鎌首をもたげた。
「……悪かった。俺のせいで。」
「やめてください。」
ジェイスは即座に首を振り、マイトを真っ直ぐに見つめる。
「首領が謝ることじゃない。俺たちは生きています。だから、何とかなる。」
その瞳に宿る、揺るぎない信頼。マイトはジェイスの背中に手を回しながら、ディアスを睨み据えて拳を握りしめた。いつか必ず、あの男を地獄の底へ引きずり落としてやる。
だが、その怒りに満ちた光景を入り口でただ静かに眺めるディアスは、どこか疎外感を覚えたように目を伏せた。
「いい部下だね。」
「当たり前だ。俺の自慢だからな。」
マイトの敵意に満ちた即答に、ディアスは胸の奥で何かが軋むのを感じた。羨望とも嫉妬ともつかない、冷たく、重い感覚。
彼には、完璧に整えられた軍隊がある。恐怖と力で支配し、命すら投げ出す部下はいくらでもいる。だが、目の前の二人の間に流れるような「魂の繋がり」だけは、何十年の歳月を費やしても、どれだけ略奪を繰り返しても、決して手に入らないものだった。
「……なんか。」
ディアスは無意識に、自身の胸元に手を当てる。
「イラッとする。」
「はァ? 何だよ。」
マイトが牙を剥くように凄むと、ディアスは困ったように、けれど微かな虚無感を滲ませて笑った。
「分からないな、理由を聞かれても思いつかない。」
自分の心なのに、解析不可能なノイズが混じり続ける。ディアスは微かに曇った瞳で、マイトとジェイスを見つめた。その胸の奥底で、かつて失った「何か」が、癒えぬ痛みと共に深く疼いていた。
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