12 / 13
第12話
客室区画へ続く自動隔壁が静かに閉じると、艦内特有の低い振動音だけが耳の奥で唸り続けていた。
ブラック・シールド旗艦。
全長十キロを超える巨大戦艦とは思えないほど内部は静かで、重力制御も完璧だった。
客室区域に入ると、1番奥の部屋の前にたちドアが自動で開く。
「部屋は好きに使っていいよ。君の部下も一緒だから安心だろ」
ディアスは中に入ると、既に部屋にいるジェイスを指さして、壁際へ歩き、埋め込み式のウォーターサーバーへ手をかざした。
青白い光が走り、透明なグラスへ冷水が静かに満ちていく。
「ナノマシンを大量に使ったからね。君の身体は水分を欲しがってる。」
マイトは返事もしない。
ただ、差し出された目の前のグラスだけを睨みつけていた。
喉は焼けるように渇いている。
何日まともに飲み食いしていないのかも思い出せない。
「……首領。」
ジェイスが小さく声を掛ける。
「水だけでも。」
マイトは小さく舌打ちをすると、渋々ディアスからグラスを受け取った。
ひんやりと冷えた透明なガラス。
薄く削り出された高級グラスの中で、水面が静かに揺れている。
「……。」
喉はカラカラに渇いていた。
ほんの少しだけ唇を湿らせようと、グラスを口元へ運ぶ。
その瞬間だった。
ブゥン――。
船内を流れていた照明が不規則に明滅する。
「……?」
ディアスが天井を見上げる。
次の瞬間。
――プツン。
艦内の灯りが完全に落ちた。
闇。
視界が一瞬にして黒く染まる。
「停電……?」
ジェイスが呟いた、その刹那。
甲高い電子音が船内へ響き渡る。
《WARNING》
《MAIN POWER FAILURE》
《EMERGENCY SYSTEM ENGAGED》
ピィィィィィィィッ――――!!
非常警報が鼓膜を貫く。
同時に、船全体が僅かに傾いた。
主電源の停止により、人工重力制御が瞬間的に失われる。
身体がふわりと浮き上がるような奇妙な浮遊感。
「……ッ!」
マイトの指先からグラスが離れた。
普段なら局所重力制御フィールドが作動し、落下物は床へ衝突する前に減速する。
だが今は違う。
安全制御そのものが停止していた。
透明なグラスは無重力に近い空間をゆっくり漂う。
その直後、非常重力が一気に復旧する。
ドガァンッ!!
重力が急激に戻り、グラスは床へ叩きつけられた。
凄まじい衝撃音とともに、強化ガラスが粉々に砕け散る。
鋭い破片が四方八方へ弾け飛び、床を滑り、壁へぶつかり、乾いた破砕音が立て続けに響いた。
ガシャァァァン!!
その音。
赤く点滅する非常灯。
耳を劈く警報。
床を揺らす衝撃。
それらすべてが、一瞬でマイトの脳裏に焼き付いた記憶を引きずり出す。
「……ッ!」
瞳孔が大きく開く。
視界が歪む。
今いる客室が、別の場所へ塗り替えられていく。
赤い警報灯。
火花を散らす配線。
船体を貫く衝撃。
『重力安定装置、損傷!!』
『船体各部に亀裂!!』
『あと十五分で重力崩壊!!』
違う。
これは――。
ブラック・シールドへ体当たりした、あの日。
さらに、その奥から。
もっと古い記憶が、濁流のように押し寄せる。
炎。
黒煙。
泣き叫ぶ女。
幼い自分。
揺れる船内。
『海賊だ!!』
『隔壁を閉じろ!!』
『子どもを守れ!!』
違う……。
知らない。
知らないはずだ。
「いや……。」
頭の中で二つの記憶が激しく衝突する。
現在と過去。
大人の自分と、幼い自分。
境界が音を立てて崩れていく。
耳鳴りが止まらない。
心臓が喉元までせり上がる。
息が吸えない。
肺が潰れる。
「首領!」
必死に呼びかけるジェイスの声も、もう届かない。
世界は赤い非常灯だけに染まり、マイトは頭を抱えたまま、その場へ崩れ落ちた。
ともだちにシェアしよう!

