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第2話
さらに一ヶ月後、光輝が再び診察にやってきた。
「痛むとか、ないな?」
見た限り、彼の鼻の状態は問題なさそうだ。
「うん、平気」
「そうか。状態も良さそうだし、次は三ヶ月後のメンテナンスだな」
そう言うと、光輝は何だか寂しそうな顔をする。
『何だ?この反応……』
柴田は少しだけ動揺した。
「それじゃ、しばらく来なくていいってこと?」
「あぁ。お前も忙しいだろうし、いいだろ?」
「う、うん……」
光輝はまだ煮え切らないようだ。
「ちょっとすまない、内田さん。外してくれるかな」
柴田が頼むと、隣に佇み診察を聞いていたベテラン看護師の内田は「はい」と言いながら診察室を出ていった。
内田は、若い横田より十年早くこの病院に勤務をスタートさせていて、有能な看護師だ。
「え、何で二人きり?」
診察室に二人きりになると、光輝は緊張感を走らせた。
「お前とちゃんと話したいから」
柴田は欲を覗かせて光輝の目を射抜く。
「な、何だよ……」
「お前、俺とそんなに会いたいのか?」
柴田が問うと、光輝は少し顔を赤らめた。
「そ、それは……」
「あーぁ。お前には手を出さないでおこうと思ってたのにな」
「は?」
目を見開いた光輝の顔は、『何を言ってるんだ』と語っているのが分かる。
「俺のこと好きだったろ?お前。今も、同じか?」
柴田は座る椅子を光輝に近づけ、耳打ちした。
すると、光輝がピクっと反応した。見ると、耳まで赤く朱に染めている。
「そんなこと……」
幾ら否定しても、嘘だということはカンで分かった。
柴田は光輝に息がかかるほどに顔を近付けて、真っ直ぐに目を見つめて告げた。
「その気がないなら、誘ってくるなよ。前のことがあるから、俺はお前には触れないようにしようと決めてるんだ」
「さ、誘ってなんかない!絶対にない!」
光輝は力一杯に否定するが、顔は真っ赤にしている。
柴田を欲しそうに見つめるのに、嘘を吐くのか。
「まぁ、そんなに毛を逆立てるなよ。威嚇する子猫みたいに」
柴田は光輝の肩をポンポンと叩いた。
「い、威嚇してない……」
「あぁ、分かってるよ。今度、飯でも食いにいこう。せっかくこうして再会できたんだし。いいだろ?これくらいは」
そう言うと、柴田は自身の名刺を差し出した。
「え?」
「携帯の番号も書いておいた。都合の良い時、連絡くれ。忙しいかもしれないが、待ってるから」
「しないぞ、連絡なんて。か、患者として来ただけなんだからな」
光輝がまた威嚇する猫のように言う。
「そう言うなって。な?」
柴田が光輝の頬を撫でると、彼はまたピクっと反応した。
柴田は、きっと光輝は連絡をしてくるだろうと踏んでいたのだ。
しかし、一週間が経ったものの彼からの連絡はない。
『やっぱり……まずかったかな……』
診察の合間にそう考えたが、どうしても諦められなかった。
今は、仲を修復したいだけだ。そう、ただそれだけのはず。
さらに時が流れ、それから一か月が過ぎた。
ある日の夜に、知らない番号から電話がかかってきた。
『誰だ?』
柴田は訝しく思ったものの、出た方が良い気がする。
「はい……」
『龍二さん?』
こんな呼び方をする人間は、柴田の周りにはあまりいない。
「そうですけど、誰?」
何となく分かった気がしたが、取り敢えず聞いてみる。
『俺、光輝だよ』
やはりそうだった。
根拠はないものの、きっと電話してくるだろうと思っていたのだ。
「あぁ、やっぱりかけてきたか」
『あ、アンタがかけてこいって言ったから……』
電話の向こうで光輝が赤くなっているのが想像できる。
『俺に何か用があるの?』
「んー?そうそう、メシでも行かないか?」
こうやって誘うのは、柴田のいつものやり口だ。
『メシ?俺と?』
「そうだ。せっかく再会できたんだし、メシくらいいいだろ?」
『何で俺が、アンタとメシ食わなきゃならないんだ?これでも忙しいんだよ、俺』
なかなか承諾しない光輝に、柴田は頭をひねって考えた。
「美味いメシ、奢るけどな。高い店予約しようかと思ってるんだが」
柴田がそう言うと、電話口からゴクリと息をのむ音が聞こえる。
『ほ、本当かよ……。予定は、俺に合わせてくれるのか?』
光輝は昔から”奢る”という言葉に弱かった。
高校生の頃も、柴田がファストフードを奢ったりしたものだ。
芸能界に入ってからも、先輩から奢られることには慣れていた。
高級店には滅多に行けないから、「奢る」と言われればつい行きたくなってしまうのが光輝の性なのだ。
柴田はそれを上手に利用した形だ。
「あぁ、もちろんだ。お前に合わせるよ」
『じゃあ、今度の日曜の夜……とか……』
「分かったよ。日曜に開けとくな。楽しみにしてるよ、光輝」
『べ、別に、俺は楽しみとかじゃないし……』
光輝の言葉に、柴田はフフっと笑う。
「そうかよ。んじゃ、店はまた連絡するから」
『う、うん。それじゃ』
電話を切ると、光輝との食事を本当に楽しみにしている自分に驚いた。
たかが、昔の恋人の弟との食事だというのに。
日曜日、柴田は光輝に指定したレストランを訪れた。
約束の時間にはまだ少し時間がある。
『アイツ、本当に来るのかな……』
柴田は一抹の不安を感じた。
『でも、時間空けるって言ってたしな……』
光輝を信じることにしたが、約束の七時を回っても彼は現れない。
不安を感じながらも、柴田は席で少し待つことにした。
すると、五分後に慌てた様子で光輝がやってきた。
彼はプライベートということもあってか、夜なのにサングラスをかけている。
それでも、柴田には彼が分かった。
「ごめん、遅くなって。雑誌のインタビューが予定より押したんだ」
「大丈夫だよ。店には少し遅れるかもって言っておいたし」
「そか……アンタに連絡しようとしたら、充電切れてて」
「ハハハ、気にするなよ。さ、座れよ」
「あ、あぁ」
光輝は緊張している様子で柴田の向かいに座った。
「なんか、すげぇ高そうだな」
「大丈夫だよ。俺の奢りだし」
「まぁな。でも心配するな。俺が払うから」
柴田の言葉に驚いた様子で、光輝が問う。
「え、いいの?」
「なんだ。お前もそのつもりだったんじゃないのか?」
反対に、柴田の方が意表を突かれた。
当然、光輝は奢られる気でいるものと思っていたからだ。
他の男たちは皆そうだった。
「いや、別に。アンタに奢ってもらう義理はないし」
光輝はキッパリとそう言った。
「まぁ、そう寂しいこと言うなよ。前のお詫びも兼ねてるんだし。俺の方が年上だから、カッコつけさせてくれよ」
なるべく優しい表情で言うと、光輝は少しホッとしたようだ。
「本当に、いいのか?」
「任せてくれよ。これでも少し稼いでるんだ」
柴田の言葉に、光輝は少しだけ笑う。
「そうみたいだな」
そうこうしていると、店員がオーダーを聞きにやってきた。
「お決まりでしょうか」
この店はフレンチで、ディナーはAからCまでのコースになっている。
Aコースが一番上のランクで、牛フィレ肉のステーキがメインだ。
「俺はAコース。お前は?」
メニューを開きながら、光輝に尋ねる。
「……Cで……」
光輝はポソリと遠慮がちに呟いた。
Cコースはディナーで一番安いが、気を遣ったのだろうか。
「え、いいの?別にAでもいいのに」
「俺、魚がいいから……」
「お前、肉派だっただろう?」
光輝は魚があまり好きではないことを、柴田は思い出したのだ。
「それとも魚派に変わったのか?」
柴田がそう言うと、光輝は目を丸くした。
「覚えてたのかよ……じゃあ、俺もAで」
「Aコースお二人様ですね。それでは、お待ち下さいませ」
深々と頭を下げると、店員はその場を去っていった。
その後、光輝に存分にワインを飲ませたが、彼はベロベロに酔ってしまう。
しかしそれも、柴田の計算通りだ。
敢えて酔わせたのだから。
『やっぱりか……』
もし酒に強くてあまり酔わなかったらどうしようかと思ったが、光輝は酔ってくれたので、柴田にすれば助かった。
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