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(序)ジェンガ族の少年ミンジャの記憶
酷く、暑い日だった。
腰巻き布一枚でも汗が滴り落ちるほどに。
木々の隙間から差し込む陽射しはかなりぎらついていて、肌に当たるだけでも息苦しさを覚えさせるほどだ。年に一度あるかないかの猛暑日。森で木の実を採取していたジェンガ族の少年ミンジャは、あまりの暑さに耐え切れずに休憩を取ることにした。
幸い、近場に湧き水が溜まって出来た池がある。火照った肌を冷やすついでに汗を洗い流そう。そう考えたミンジャは草木を分け入って池に向かった。
ぽっかりと拓けた空間にぽつんとある池。太陽の光を浴びる池面に金波が煌めいている。
ミンジャはそうっと池に手を浸してみた。
ぬくい。
更に手を池の中へと沈めてゆくと、ひんやりとした感触が指先から伝わってきた。どうやらぬくいのは表面だけであるようだ。これなら水浴びが出来るぞ。腰巻き布を取り払ったミンジャは池の中へと歩を進めて行った。
そして、腰辺りまで浸かる位置に来たところで足を止めた。
池面に映るミンジャの姿は、年相応の少年のものだ。
ふんわりと頭を覆っている茶褐色の髪に、白目の少ない鳶色の瞳。つんと上向いた小鼻の下に桜色に染まった口唇がある。
口の悪い友人は女みたいだとミンジャの顔を小馬鹿にしてきたものだが、ミンジャからすれば生まれ持った自分の顔だ。確かになよっとした印象は拭えないが、母親に似て愛くるしさに満ちている。暫く池面越しに自分の顔を眺めていたミンジャは、ぱしゃりと手のひらで水を払った。
そうして水に身体を潜らせる。
毎日のように狩りだ採取だと動き回っているからだ。細く引き締まった体躯に染み込む冷えた水。気持ち良さに目を細めながら池に浸かったミンジャは、暫くして、ふと自分が採取の最中であることを思い出した。
後ろ髪を引かれながらも池を出る。
腰巻き布を身に着けるのには、身体を乾かさなければならない。ミンジャは裸のまま草の上に腰を落とした。
ぬくい風を受けながら、周囲の音に耳を澄ます。
鳥の囀りに、草木のささめき。自然豊かな森は、ジェンガ族の命だ。木の実の採取は勿論のこと、獣を狩ったり、飲み水を汲んだりも出来る。それだけではない。こうして身体を休めることも出来る。焚き木集めだってお手の物だ。砂漠の民であるミンジャにとって、この森は不足のない完成されたひとつの世界だった。
外の世界にはもっと発展した土地もあると聞くが、生まれてから一度も外の世界にでたことのないミンジャからすれば御伽噺の世界だ。電気、ガス、水道。そして、蒸気機関車に自動車。見たことすらない世界の話を時々長老が話して聞かせてくれるが、この土地での暮らしが気に入っているミンジャには興味の湧かない話だった。
「ああ。気持ちいいなあ」
草むらを飛び回る蝶々にバッタを眺めながら、ミンジャは長閑な時間をゆったりと過ごした。
午後は同じ年頃の村の仲間たちと狩りに出る予定だ。その前に村に戻る為にも、そろそろ採取を再開しなければならない。ニ十分ほど休んだミンジャは立ち上がった。瞬間、ミンジャの背後から、葉擦れの音を立てながらいかつい手が伸びてきた。
慌てて身体を逃がそうとするも、腕を取られてしまって動けない。だ、誰。ミンジャは声を上げて尋ねるも、相手が答えてくることはなかった。ただ、もう一本の手が伸びてきたかと思うと、ミンジャの口元に濡れた布を押し当ててくるばかり。
怪我をした際の手当てに使う塗り薬ににも似た臭いが鼻を衝く。嫌だ、怖い。ミンジャの脳裏に嫌な予感が過ぎるも、その思考は長くは続かなかった。
視界が暗くなってきたのだ。
世界が、閉ざされる。そのままミンジャは意識を失った。
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