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第1話 高校_入学式

新品の制服に袖を通し、鏡の前でネクタイを整える。  一度だけ深呼吸をして、玄関へ向かった。 「行ってきます。」  今日から高校生活が始まる。  受験勉強を終え、ようやく手にした新しい環境。  期待よりも緊張の方が少しだけ大きかった。  校門をくぐると、同じ制服を着た新入生たちで校舎前は賑わっていた。  掲示板の前には人だかりができている。  橘も人の隙間から名簿を探した。 「……あった。」  一年A組。  教室へ向かう。  教室へ入ると、すでに何人かの生徒が席についていた。  周囲から聞こえてくる会話は自然だった。 「また同じクラスだ。」 「六年ぶりじゃない?」 「生徒会、今年もやるの?」  名前ではなく、以前から続いている会話の続きを話しているような空気。  橘は静かに自分の席へ座った。 (みんな知り合いなんだ。)  この学校は小学校から大学までの一貫校だ。  高校から入学した橘のような外部生は少ない。  教室の空気が少しだけ完成されている理由も、それで納得がいった。  やがて一人の男子生徒が教室へ入ってくる。  周囲の空気がほんの少しだけ変わった。 「九条、おはよう。」 「おはよう。」 「今日、新入生代表だろ。」 「ああ。」  短いやり取りだけで会話は終わる。  自然だった。  特別扱いされているわけではない。  けれど、この学校で積み重ねてきた時間があることだけは伝わってくる。 (あの人か。)  橘は名前だけ覚えた。  ホームルームが始まり、担任が出席を取る。  自己紹介を終えると、新入生全員で体育館へ向かった。  入学式。 「新入生代表、九条景臣。」  名前が呼ばれる。  九条は静かに壇上へ上がり、落ち着いた声で代表挨拶を読み上げた。  無駄のない所作。  聞き取りやすい声。  派手さはないのに、不思議と目が離せなかった。 (すごい人なんだな。)  それだけ思った。  式が終わる。  新入生が一斉に体育館を出ると、廊下はすぐに人で埋まった。  前が詰まり、人の流れが止まる。  橘もその流れに合わせて歩いていた。  その時。 「こっちだ。」  低い声がした。  顔を上げると、九条が立っていた。  人の少ない通路へ半歩だけ身体を寄せる。  橘も何となくそちらへ歩く。  不思議なくらい、人混みを避けて進むことができた。 「あ、ありがとうございます。」  九条は小さく頷くだけで、そのまま歩いていく。  橘も歩き出した。 (親切な人なんだな。)  それだけだった。  教室へ戻る途中、近くを歩く男子生徒たちの話し声が聞こえてくる。 「今年も九条と同じクラスか。」 「小学校からずっと一緒だもんな。」 「会長候補は今年も決まりだろ。」  橘は思わず前を歩く九条を見る。  さっき助けてくれた背中は、もう友人たちの輪の中にあった。  内部生。  この学校で長い時間を過ごしてきた人。  橘とは違う世界にいる人なのだと、何となく思った。  教室へ戻ると、九条は何事もなかったように自分の席へ座る。  橘も自分の席へ腰を下ろした。  まだ一日目。  隣の席でもない。  話す機会もきっとないだろう。  橘にとって九条景臣は、  少し親切だった、同じクラスのすごい人。  それ以上でも、それ以下でもなかった。

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