52 / 53

24 ユルとディミタル 完結

 とうとうこの日が来た。  大聖堂の控え室にいるユルは、ドキドキを通り越して失神しそうだった。  王に謁見したときとは違う緊張だ。贅沢すぎて──幸せすぎて、怖い。 「ユル、綺麗だよぉ」  正装したカサエラがわんわん泣いている。やけに離れたところから話しかけられているのは、涙や鼻水をつけまいという彼の思いやりのようだった。  ユルが着ているのは最高級の白のシルクで縫われたウェディングドレスだ。繊細なレースが重ねられ、一番外側のものには金糸の刺繍が施されている。  外からは民衆のざわめきが聞こえる。婚約が記事になる時点で気付くべきだったのに、ユルは想像もしていなかった。──公爵家の結婚式は、国を挙げてのお祭りイベントだと。  大聖堂内で行われる式はプライベートなものだが、外での披露宴は違う。王侯貴族の招待客によるパーティだけでなく、遠巻きながら民衆の見物が許され、総出で祝われるのだ。 「もし何か失敗したら……ミリウッド家が一生笑われてしまう……」  ユルの手はありえないほど震えて、顔はドレスよりも蒼白だった。 「そのときは僕が目撃者全員消してあげる!」 「怖っ」  カサエラを大量殺人者にしないためにも、ユルは何度も深呼吸する。  扉がノックされ、ディミタルが入ってきた。ユルと揃いの模様を金糸で描いた黒と赤の衣装に包み、白い手袋を嵌めている。  衣装チェックを事前にしているからどんな服か知っているはずなのに、本番の姿は一味違って感じる。  ユルもディミタルもお互いの姿に惚れ直し、同時に、照れてモジモジと下を向く。 「甘酸っぱ!! いつまで青春してるわけ!? もう夫婦になるんでしょーが!」  カサエラに見送られ、ディミタルと共に部屋を出た。  人払いしてある廊下は足音が響く。聖堂に入れば、曲線を描く高い天井と天使たちの壁画、光を湛えたステンドグラスが目に飛び込んでくる。  長い道を挟んで並ぶ会衆席は空だ。ディミタルがゲストは披露宴だけで充分としたからだ。招待客の代わりにあふれんばかりの花が飾られていた。  石造りの祭壇の前に立会人が立っている。そこに向かって、二人腕を組んで歩く。  二人きりの結婚式だ。  他に誰もいないのだから、今はまだ緊張する必要がない。頭ではそうわかっているのに歩き方を思い出すので精一杯になっている。  あんなに長かった道を、いつの間にか歩き切っていた。祭壇の前で立ち止まり、ディミタルと向き合う。  ステンドグラスの色を浴びながら、立会人の前で婚姻を誓った。  ディミタルは立会人が持つリングピローから指輪を取り、手袋を外したユルの左手をすくい取る。薬指へぴったりなサイズの指輪を嵌めた。  同じことをユルもディミタルへしてやれば、互いの左手の薬指に揃いの銀の輝きが灯る。 「では、披露宴のほうへ。みなさま心待ちにしております」  立会人に促され、二人は道を戻って聖堂から出る。廊下を進み、外広場の披露宴へ向かう。  式を終えた感慨深い気持ちと、思いのほかあっさりと無事に済んだ安堵と拍子抜け感と、まだこれからだという緊張とが、ユルの歩みを遅らせていた。 「ユル?」  唐突に立ち止まったユルに気付いて、数歩先でディミタルが振り返る。 「……野暮なことを聞きますが、私と出会わなかった人生を考えたりしませんか?」 「本当に野暮だな。結婚した直後だぞ」 「すみません。後悔しているわけではないんです。覚悟を持ってここに来たつもりですから」 「では、何を不安がっているんだ?」 「……わ、私は、ただの子供でした。どんなに覚悟を決めたつもりでも……この先の、たくさんの人の顔を見て、覚悟を貫き続けられるかどうか……、情けない思いを、あなたにさせてしまわないか……」  窓の向こう、外から大衆のざわめきが聞こえる。皆が若き公爵とオメガの花嫁を見たがっている。ユルにはそれが、どんな感情からなる喧騒なのか想像もつかない。 「まさか、キミが世間から歓迎されないと? 自分の結婚式より先に、公を重んじて街へ繰り出すようなキミを? 俺が心底惚れ込んだキミを?」  ユルは答えられずにいる。  ディミタルは引き返してきて、ユルの横に立った。 「──今にわかる。行こう」  彼はユルが腕を組みに来るのを待っている。  俯いているユルは手元の指輪を見つめ、顔を上げた。苦楽を共にすると決めた伴侶の腕を取る。  足を踏み出した彼に身を寄せて、ついていく。  廊下の先で、待機していた係たちがこちらに気付いた。外に繋がる両開きの扉がゆっくり開け放たれる。  青空から風が吹き込み、白いベールをはためかせた。  一斉に、音が飛び込んでくる。音楽隊のトランペット、花吹雪、大衆の祝福の声。  空気が揺れるほどの歓声に包まれて、二人は陽の下に出た。  まぶしさに目を細めるユルへ、ディミタルは自慢げに微笑んだ。 「ほら、言ったろ」  どこを見渡しても笑顔がある。誰もがユルとディミタルの結婚を祝っている。  ユルが感動のままディミタルの顔を見上げようとしたとき、ふわりと両足が浮いた。ディミタルに抱き上げられたからだ。  次の瞬間、一際大きな歓声が上がる。  ユルは唐突なキスに驚いたものの、ディミタルの首の後ろへ腕を回して目を閉じた。

ともだちにシェアしよう!