19 / 22

第十九話 「帰ってください、トオルさん」

容赦なく紗生のベッドの上へと押し倒されたトオルは、流石に恐怖を感じたのか、慌てて顔を背けて、微かな抵抗の姿勢を見せた。 それを見た瞬間、紗生の頭に冷水がかけられた。 (怯えさせてしまった――) 「すいません。……急ぎすぎましたね。俺、どうかしてました。トオルさんの気持ちを知れただけで、今は十分です」 トオルの身体からじわじわと自分の指を一本ずつ引き剥がすように離すと、ベッドの端で、トオルから逃げるように背を向けた。 「今日のところは、もう帰って下さい……でないと俺、何をしでかすか分かりません」 一度檻から飛び出した欲望を、元の場所へ引き戻すことは困難を極めていた。 理性が完全に死に絶える前に、トオルに安全圏まで逃げてもらうしかなかった。 ところが、トオルはそれを許さなかった。 「紗生くんっ、…どっかに行っちゃわないで!」 トオルはベッドの上で這い上がり、後ろから紗生の背中にしがみついたのだ。 「行っちゃわないでって……ここ俺ン家なんですけど。」 紗生はトオルのあまりに可愛い暴走にタジタジになって、前髪をかき上げ、天を仰いだ。 あー、クソ。可愛すぎて頭がどうにかなりそうだ。 「参ったな」 トオルさんは、今日この瞬間まで、自分が「男のモノを身体の奥底に突っ込まれる」という想定は、一度もしてこなかったハズだ。知識も、心構えも、何一つ持っていない。それなのに、想いが通じ合ったその日のうちに、なんの準備もなく一線を越えさせるなんて、あまりにも酷で手荒な気がした。 背中からトオルの振り絞ったような声が聞こえる。 「紗生くんがいなくなっちゃうくらいなら……僕は、紗生くんに痛いことされる方がずっと良いよ。紗生くんの、したいようにして。お願い……っ」 両想いだと分かったばかりの最愛の人は、男同士のやり方など1ミリも知らないはずだった。それなのにトオルさんは、頬を艶っぽく上気させ、ベッドの上で俺の腰にしがみつきながら、ただ「してほしい」と懇願しているのだ。 紗生は人生最大の甘い窮地の前に立たされていた。 困るよ、トオルさんはいったい俺をどうしたい訳? ここはトオルさんの気が済むまでイチャイチャして、誤魔化すしかない。 しかし、童貞の俺にそんな高度な芸当がやってのけられるのだろうか。紗生は内心、冷や汗モノだった。 紗生はトオルに向き返り、両手で彼の肩を掴み、腕を伸ばして押し返した。 「今日は何もしませんよ。泣き止むまで、抱きしめるだけです」 怯えるトオルを丸ごと包み込むような、優しい声。それはトオルを傷つけないための誓いであり、自分の理性に言い聞かせる、痩せ我慢でもあった。 腹を括った紗生は、トオルを睨むように見据えたまま、彼の涙の痕が残るシャツを脱ぎ捨てた。服の下に隠されていた、しなやかで精悍な筋肉が剥き出しになる。トオルよりも一回り大きなその体躯は、トオルへの愛しさで鼓動が激しく脈打っていた。

ともだちにシェアしよう!