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第34話 番外編・伏竜の思い出

二十年前――。 俺は青龍門派の縄張りのスラム街で生まれた。 酒乱の父親に愛想を尽かして出て行った母親。そんな父親と二人きり。 それがオレの家族構成だった。 ガキなりに働いても小銭程度にしかならず、いつも腹を減らしてた。 だから海に潜り、魚を獲って飢えを凌いでいたんだ。 魚は夜に眠るから、夜の方が獲りやすい。 だから毎晩のように海に潜って魚や貝を探していた。 けど――その日は違った。 「うわぁ!」 波が急に変化して、オレは沖へと攫われた。 遠ざかる海岸。真っ暗な海の底。誰もいない浜辺。 流された衝撃で、岩に激突して右目を負傷した。 (痛い……!) こんな末路がお似合いの人生だったのかよと思った時――そいつは現れた。 蒼い鱗に黒い髪、夏の海みてぇに澄んだ瞳の男の人魚……あまりの美しさに、呼吸すら忘れるくらいだった。 (きれいだ……) そいつが、俺を抱えて岸まで泳いでいたのだ。 温かい胸には胸ビレがあり、人外なのがわかる。 砂浜まで連れてこられて、俺は恐怖と焼けるような右目の痛みに泣いていた。 「うぇえええええええん!」 すると人魚は慌てたようにオレに近づくと、頭を撫でながら右目を舐めた。 泣き止むまで抱きしめて背中を撫でてくれながら。 ぬるりとしたものが傷口に触れ、思わず体の中が胸が熱くなる。すると……。 「あれ? 痛く……ねぇ」 嘘のように痛みが引いていくことに驚いていると、人魚はウィンクする。 「へへ~。人魚の唾液には、止血と痛み止めの効果もあるんだって、長老が言ってたんだ!」 絶世の美貌をもちながら、そいつは喋るとアホ丸出しだった。 砂浜に横たわり、尾で波を弾きながら警戒心ゼロで会話してくる。 「なあなあ、夜の海は危ないぞー? 血まで流してたら、鮫も寄ってくるしー」 「そんなのわかってるよ! でも、食うものが無ぇんだから仕方ねぇだろ!」 アホ扱いされて、ちょっとムッとして答える。 すると人魚は、くるっと海に引き帰す。 バシャバシャと波に紛れて、姿を消した。 「あ……」 怒らせたかと手を伸ばすと、直ぐにそいつは貝や魚を沢山抱えて戻ってきた。 「ほら! これだけあれば、御馳走だろ? 食べろ食べろ~」 「どうして……」 こんなに優しくされたことがなくて、俺は驚いていた。 それと同時に、こいつへの恋心すら芽生え始めていた。 ガキすら魅了する程の美貌と、太陽みたいに眩しい優しさ……。 さっそく貝や魚をナイフで捌いて火で炙る。 すると、人魚が「じゅるり……」とヨダレを垂らしていた。 そしてチラチラと此方を伺い、食べていいかのお伺いを無言でたてている。 「何で俺の為に獲って来てくれた魚をそんな目で見てんだよ!」 「だって~。海で食べるもの、ぜんぶ生なんだもん! 甘い物とかないしー!」 恩があるので、焼けた魚から渡していくと、目をキラキラさせて感激していた。 「ウマッ! 焼いたらこんなに美味いんだ~! ウマッ! うまうま~!」 沢山の魚介類も二人でぺろりと完食してしまった。 人魚は膨らんだ腹で浜辺を転がっている。 「ごろごろ~。食後の運動~。ごろごろ~」 アホそのものだった。 俺の中の人魚への幻想や憧憬が破壊される音が聞こえた気がした。 すると遊んでいた人魚は笑う。 「オレ、人間に憧れてるんだ~! 地上って、こんな風に美味いものいっぱいあるんだろ? 浜辺に落ちてた本や、長老の話で聞いたんだ~! だからオレ、いつか地上に行ってみたいなって……」 「じゃ、じゃあ、その時……」 俺は、どもりながら一生懸命に話していた。 「地上に来たら、俺の嫁になってくれ!」 「うん! いいよいいよー☆ おっけ~」 軽いなおい! と思ったけど、人魚は明らかに俺に餌付けされての即答だった。 それでもいい。 こいつしかいないとガキの俺が惚れ込むくらい、その人魚は魅力的だった。だが……。 「おい、あんま地上に上がってくるなよ。俺みたいなのじゃなく、人魚を売り物にする奴らだっているんだ」 「うーん……。長老からも言われてたなぁ~」 やるなと言われたことをやるアホだと思った。 でもケッコンの了承を得た俺は浮かれてて、人魚が自由に暮らせるぐらいの水槽をもてるくらいの力のある男になろうと思った。 それから海に還っていった人魚は「オレ、墨星っていうんだ~! じゃあな~!」と、俺の名前は聞かずに帰って行った。 嫁になる気ねぇだろコイツ……と呆れつつも、俺は地位と金を得る為に何でもやった。 それが切っ掛けで青龍門派の老大の目にとまり、組織に属することとなったのだ。 もう一度墨星に出逢って、今度はアイツから惚れさせたい。 それだけを考えて、二十年生きてきた。 なのに……。 再会した墨星は俺のことなど、すっかり忘れており、しかもまたガキを助けて捕まったと聞いて目眩がした。

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