1 / 2
第一話 占領されたベッドと隅っこの丸
液晶画面の明かりだけが灯る静かな部屋で、和葉はひたすらキーボードを叩いていた。あまりにも、静まり返っているせいだろうか、和葉の耳には「トクン、トクン」と大きく速く脈打つ、自分の心臓の音ばかりが響いていた。フリーランスの在宅ワーカー特有の、底知れない孤独と不安がじわじわと胸を締め付けていく。
その時だった。
ガチャン、ガチャガチャガチャ!
静寂を破って、玄関のドアの方から、誰かが外側から激しくドアノブを回す音がした。
「ひゃあうっ!?」
小柄でビビリな和葉の身体は、不意の物音に、椅子の上でピょンと飛び上がった。椅子の背もたれに激しく背中をぶつけ、涙目で玄関の方を凝視する。
「な、なに………!?泥棒………っ?」
心臓が口から飛び出そうなほど怯える和葉の耳に、ドアのすぐ向こうから、低くかすれた男の声が聞こえてきた。
「あれぇ………おかしいな。開かない……。」
完全に呂律が回っていない。男は手元がおぼつかない様子で、何度も鍵穴に鍵をガチガチと擦り付け、無理やり差し込もうとしている。
しかし、当然カチリとも回らない。男は次第に苛立ったように、強引にドアノブを掴むと、力任せに何度も何度も激しくガチャガチャと回し始めた。
男が一向に諦める気配がないため、和葉は恐怖で震えながらも、抜き足差し足で玄関のドアの前へと近づいた。扉のすぐ向こうから伝わる激しい振動に胸を縮めながら、息を殺してそっと耳を澄ませる。
(やっぱり、誰かが部屋を間違えているんだ……。酔っ払って、気が付かないみたい。どうしよう、困るなぁ。………ドアが壊れちゃうよ。)
和葉は意を決して、恐る恐る、そうっとドアの鍵を開けて隙間を作ってしまった。
ガシャン!
和葉がほんの少し隙間を作ったとたん、男がドアを引き開けた。和葉の前に、泥酔した大柄な男が立っていた。
あまりの体格の良さに和葉が声を失った瞬間、男は驚くほど自然な動作で、和葉には目もくれずすうっと横を通り過ぎていった。男はそのまま迷いなく侵入した玄関で、履いていた靴を雑に脱ぎ捨てる。
和葉はあまりの出来事に、完全に呆気にとられて開いた口が塞がらない。
「え、あ、ちょっと………!?」
慌ててドアを閉め、大急ぎで男の後を追いかけて部屋の奥へと向かう。
しかし、男の行動はさらに迅速だった。男は服を着替えるどころか、上着を脱ぐことすらしないまま、部屋の中央にある和葉のベッドへと一直線に向い、そのまま「ドサッ」と勢いよく倒れ込んでしまったのだ。
「う、嘘でしょ……っ」
和葉は、自分の唯一の聖域であるベッドで、すでに気持ち良さそうに高いイビキをかき始めて寝ている男の顔をマジマジと眺めた。
よく見れば、整った顔立ちに見覚えがある。
(……上の階の、整体師さん、かも………)
そう気付いたところで、気の弱い和葉には、どうすることも出来なかった。大柄な男を力ずくで引きずり出す度胸も筋力もあるはずがない。
結局、自分のベッドを完全に明け渡す羽目になった部屋の持ち主の和葉は、一番離れた隅っこへと避難した。
床にペラペラのクッションを敷き、その上で膝を抱えて小さく丸まる。
液晶画面の明かりが虚しく部屋を照らす中、和葉は冷えていく身体を抱きしめた。
(どうして、こんなことに………?)
深夜の静かな部屋に、見知らぬ男の規則正しいイビキと、和葉の小さなため息だけが虚しく響いていた。
ともだちにシェアしよう!

