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第二話 目覚めた黒猫
深い眠りから覚めた壱成は、泥酔した挙句に服のまま寝た翌朝とは思えない、驚くほどスッキリと心地良く目を覚ました。しかし、ゆっくりと目を開けた瞬間、その体が一気に強張った。
視界に飛び込んで来たのは、自分の部屋の白い天井ではなく、どこか見覚えのある、しかし明らかに他人の部屋の雑然とした光景だった。
「………しまった、だから禁酒していたのに。」
昨夜の記憶が断片的に脳裏をよぎる。
(『壱成さんっていつも親切が押し付けがましいんだよね。』偶然聞いてしまった自分の影口が、刺さった。もう、ずいぶんマシになったつもりが………。全然、治っていないじゃないか。
良かれと思ってアドバイスしただけなのに、空気の読めないお節介で人を怒らせて。
距離感が分からない……。いつも全部裏目に出る。どんなに世話を焼いても、結局は誰も残らない。
酒に逃げるなんて何年ぶりだ。店で日本酒を一杯注文して、それから………。
見ず知らずの人の家に上がり込んで、布団を奪って寝てるなんて、何やってんだこんなの完全に不審者だ。)
壱成の胸の奥から、悪夢のような自己嫌悪が黒く湧き上がり、パニックになりかける。
しかし、ベッドから慌てて身を起こした壱成の視線は、部屋の対角線上、一番隅っこに釘付けになる。パニックも止まった。
そこには、ペラペラの薄いクッションを床の上に敷き、膝を抱えるようにして小さく丸まって眠る和葉の姿があった。
薄暗い部屋の中で、寒そうに身を縮めている姿は、まるで人間に怯え、威嚇することすら諦めて丸くなっている「傷ついた黒猫」のように見えた。
壱成の胸の奥で、強烈な庇護欲がバチンと音をたてて弾けた。
(………可愛い。なんて小さくて、脆そうな人だ。俺が、守ってあげたい。)
壱成の整体師としての観察力が、瞬時に和葉の「限界」を見抜いていく。
床に積み上げられた崩れそうな資料の山、コンビニの空き容器、液晶がつきっぱなしのパソコン。生活の乱れは明らかで、細い手足からは普段全く運動していない事が見て取れる。
そして何より、こんな冷たい床の上で一晩中体育座りをさせてしまったのだ。その背中や肩の筋肉が、今どれほどバキバキに固まっているか、触れずとも分かりきっていた。
(俺を必要として欲しい。この人を、俺の手で全部満たしてあげたい。そうしたら、きっと……)
壱成がそっと和葉に近づき、身を屈めてその顔を覗き込むと、和葉の長い睫毛がふるふる振るえた。その目が開き、間近に壱成がいる事に気付いた和葉は、「ぴょこっ!」と小動物のように飛び跳ねて驚いた。その怯えきった仕草すら、壱成には愛おしくてたまらない。
しかし、和葉は飛び起きた勢いで、すぐに「うっ……!」と苦しそうに顔を歪めた。無理な姿勢で固まっていた首と肩に、激痛が走ったのだ。
「すみません!本当にすみません、俺、部屋を間違えて……っ」
壱成はまくしたてるように謝罪しながら、和葉が拒絶の言葉を発するよりも早く、その大きな両手を和葉の細い肩へと伸ばす。
「俺、整体師なんです。一晩床で寝かせてしまったお詫びに、施術させてください。」
「え、と、その………」と困惑する和葉の肩を優しく掴み、壱成はその指先を和葉の強張った筋肉の奥深くへと滑り込ませた。
触れた瞬間、和葉の体がびくついたが、壱成に的確にコリを捉えられると、和葉の口から「あ……っ」と力が抜けたような声が漏れる。
「ここじゃなくて………、ベッドに行きましょうか。」
壱成が耳元で甘く囁いて、和葉を促した。
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