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その日、帰りの遅いマテウスに、城内はいそいそと慌ただしい雰囲気をまとわせていた。
世話係兼マテウス付きの宮廷教師であるノアは特に、苛立っている様子だった。
「まったく、本日は陛下からお話があると昨晩言っておいたはずなのに……どこで何をしているのやら……」
謁見の間、女王の座る玉座がある部屋で、ノアはせわしなく部屋をうろついていた。
だが約束の時間が迫って焦るノアとは裏腹に、マテウスの母親、女王ミアドシアは至極穏やかな表情を浮かべていた。
「そう焦るな、ノア。あの子は、時間はきちんと守ります。きっと来ますよ」
「ですが……っ」
焦りを募らせるノアに、ミアドシアは優しく語りかける。だがそれでも食い下がるノアに、浮かべている優しげな笑みとはまるで正反対の言葉を投げ掛ける。
「なに、1秒でも遅れてきたらあの子の嫌いな我が国の古文書でも地下室に籠らせて読ませれば良いのです」
「…」
「あら、それでは生温いかしら? なんならまだ解読の進んでいない隣国の先住民族の手記も付け加えましょうかしらね?」
いとも簡単に、そしてにこやかに言いのけたが、我が国リゼルカの古文書と言えば、古代リゼルカ語で書かれており、国1番と言われる学者でさえ数ページ読み解くのに半年は掛かる代物だ。
さらに言ってしまえば、マテウスは古代リゼルカ語が大嫌いで、秀でて語学の才はあるのにも関わらず、古代リゼルカ語のみ、著しく成果がでない。
それは自分の教え方が悪いからか……と猛省しつつ、女王に向き直る。
「陛下、やはり私めが城外へ探しに出た方のが……」
女王に進言をしかけた、その時。
「……、くる」
「…っは?」
開きかけたノアの声は、謁見の間の扉を開く大きな音でかき消された。
「母上…っ! も、…申し訳ありません!このマテウス、ただいま戻りました!」
「……王子! まったくあなたという人は…」
「いいえノア、時間は破っていませんよ。マテウスが扉をあけたその瞬間が、ちょうど時間です。……マテウス、首の皮1枚繋がりましたね」
にこやかにマテウスに問いかけるが、対するマテウスはそれはそれは気まずそうな表情を浮かべていた。
「は、はい…以後、このようなことのないよう努めてまいります……」
「ふふ、よろしい。私とてかわいいかわいい我が息子に酷なことは強いたくないので」
それを聞き、やはりか……とさらに表情を暗くしたマテウスだったが、次の母の言葉にすぐさま普段の顔を取り戻した。
「これだけ貴方の帰りが遅くなったことは置いといて…マテウス、あなたに大事な話があります。今晩はそれを話したく、わざわざあなたをここに呼びました」
「……」
大事な話。
大方の予想はつく。この母がそう言う時は1つしかない。
「あなたの……王位継承について、です」
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