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第5話 お前の欲は俺だけのもの

「負けた」 春川幹人はそう言ったきり、冬城直哉の胸元へ顔を伏せた。 悔し涙の残る目を見られたくないらしい。 直哉が背中を撫でると、幹人は文句を言わなかった。 腰へ絡んだ脚も、そのままだ。 身体はまだ深く繋がっている。 呼吸が落ち着いてきても、幹人は直哉を離そうとしない。 「春川」 「何だよ」 「もう一度聞くけど、抜かなくていいのか」 「さっき言っただろ。まだ抜くな」 「勝負は終わったぞ」 「余韻まで含めて勝負なんだよ」 「今、作っただろ。そのルール」 「うるせぇな」 幹人は直哉の胸へ頬を押しつけた。 口調だけは元へ戻っている。 それなのに、背中へ回された腕は緩まない。 身体を離そうとする気配もなかった。 直哉は笑いを堪えた。 「負けた相手と、そんなに繋がっていたいのか」 「調子に乗るな」 「なら、そろそろ――」 直哉がわずかに腰を引く。 幹人の脚がすぐに強く締まった。 「動くな」 「抜くなってことか?」 「分かってて聞くな」 「可愛いな、お前」 「殺すぞ」 脅しながら、幹人の声には力がなかった。 直哉は腕の中の身体を抱き直した。 このままでいろと言われれば、断る理由はない。 むしろ直哉自身も、すぐに離れる気にはなれなかった。 幹人の熱が、自分の身体へ重なっている。 先ほどまで直哉の下で声を乱していた男が、今は胸元へ収まっている。 その事実を確かめるように、背中をゆっくり撫でた。 幹人が小さく息を吐く。 「ところで」 「何だよ」 「これで誤解は解けただろ」 幹人が顔を上げた。 「何の話だ」 「俺は、職場の男に抱かれたがってるわけじゃない」 数秒、幹人は黙った。 それから眉を寄せる。 「まだその話してんのか」 「お前が始めたんだろ。俺を同じ側のライバルだと思って、勝負まで仕掛けてきた」 「同じ側?」 「受け仲間」 幹人の目が見開かれた。 「誰がお前を受けだと思うんだよ」 「お前だろ」 「思ってねぇよ!」 身体を起こしかけた幹人が、繋がったままであることを思い出し、途中で止まる。 その動きだけで顔を赤くし、直哉の肩へ額をぶつけた。 「お前を受けだと思うやつがいたら、そいつの目がおかしいだろ」 「じゃあ、俺を何だと思ってたんだ」 幹人はすぐには答えなかった。 直哉の胸元から顔を離し、改めてこちらを見る。 悔し涙の痕が残る目で、ひどく真剣に言った。 「危険人物」 「何が」 「全部だよ」 幹人の視線が直哉の肩から胸元へ下り、さらにその下へ向かいかける。 すぐに逸らしたが、耳が赤くなった。 「身体でかいし、距離近いし、無駄に愛想いいし」 「営業だからな」 「男相手でも平気で笑うし、肩叩くし、すぐ隣に座るだろ」 「普通のことしかしてない」 「お前にとってはな」 幹人は不機嫌そうに言った。 「フェロモン出しまくって、男どもを誘惑し片っ端からメスにするつもりだろ」 直哉は何も返せなかった。 予想していた答えと、あまりにも違う。 「……何だ、それ」 「そのままの意味だ」 「俺が、職場の男を抱いて回ると思ってたのか」 「放っておいたら、そのうちそうなる」 「ならない」 「なる」 「何を根拠に」 幹人は直哉を睨んだ。 「俺」 「お前?」 「俺が証拠だろ」 幹人は言い切った。 直哉は、腕の中にいる男を見る。 幹人の頬が、じわじわと赤くなっていく。 それでも視線は逸らさなかった。 「俺はノンケだった」 「俺もだ」 「お前のことなんか、最初は身体でかくて態度でかくて、やたら男に好かれる目障りなやつだと思ってた」 「態度はでかくない」 「話の腰を折るな」 幹人は直哉の胸を軽く叩いた。 「なのに、気づいたらお前ばっか見てた」 声が少しずつ小さくなる。 「誰と話してるか気になって、男に笑いかけてると腹が立って、隣に座ったら触りたくなった」 「それで社食で腿に触ったのか」 「反応を見るためだ」 「触りたかったんだろ」 「検証だって言ってんだろ」 強く言い返した直後、幹人は目を逸らした。 「……触りたかったのも、少しはある」 直哉は黙って続きを待った。 幹人の指が、直哉の胸元を掴む。 「お前に触られたかった」 言葉をひとつ出すたび、指へ力が入る。 「キスされたかった」 直哉のシャツへ、皺が寄る。 「抱かれたかった」 幹人の耳まで赤くなる。 「だから危険なんだよ、お前は」 直哉は、しばらく何も言えなかった。 幹人は自分が何を言ったのか、分かっているのだろうか。 触られたかった。 キスされたかった。 抱かれたかった。 直哉だけを見て、ほかの男と話すことへ腹を立てた。 それを恋ではなく、直哉のフェロモンによる被害だと信じている。 「お前、それ」 「他の男も同じになるに決まってる」 幹人は直哉の言葉を遮った。 「俺がフロアの男たちを守らなきゃ、全員お前にやられる」 「ならないって言ってるだろ」 「信用できるか。実際、俺はこうなった」 幹人は言ってから、自分たちがまだ繋がったままであることを思い出したらしい。 直哉の胸へ額を押しつける。 「……ったく。やばいもの持ってやがる」 先ほどの感覚が蘇ったのか、幹人の身体が小さく震えた。 脚が直哉の腰へ絡んだまま、さらに近づいてくる。 直哉は、その身体を強く抱き締めた。 可愛くて仕方がない。 幹人が自分をどれほど好きなのか、本人だけが分かっていない。 直哉も昨日まで、男を好きになるとは考えていなかった。 それでも今は、はっきり言える。 幹人が欲しい。 ホテルの外でも、自分のそばにいてほしい。 ほかの男へ向ける笑顔に腹が立つのなら、自分も同じだ。 幹人が同僚に可愛いと言われているだけで、胸の奥が落ち着かなくなる。 「春川」 「何だよ」 「取引しよう」 幹人が顔を上げた。 「取引?」 「俺は、ほかの男を誘惑しない」 「当たり前だ」 「その代わり、お前は俺と付き合え」 幹人の目が大きく開いた。 数秒、瞬きもしない。 「……は?」 「恋人になるってことだ」 「それくらい分かる」 「なら答えろ」 幹人の口が開き、また閉じる。 驚きが消えると、口元がわずかに緩んだ。 嬉しいのだと分かるほど、素直な表情だった。 しかし、それも一瞬だった。 すぐに顎を上げ、直哉を睨む。 「いいか。絶対、ほかの男をメスにすんなよ」 「しない」 「仕事だからって、必要以上に距離を詰めるのも禁止」 「お前もだぞ」 「俺はフロアの秩序を守ってるだけだ」 「その設定、まだ続けるのか」 「設定じゃねぇ」 幹人は直哉の胸元を掴み直した。 「お前の欲は、俺だけのものだからな」 声は強い。 頬は真っ赤だった。 「それを守れるなら、付き合ってやってもいい」 直哉は笑った。 「ああ。いいぜ」 幹人の背中へ腕を回し、しっかりと抱き寄せる。 「俺も、お前だけでいい」 幹人は何も返さなかった。 代わりに、自分から唇を重ねてきた。 先ほどまでの勝負を仕掛けるキスではない。 確かめるように触れ、直哉が応じると、安心したように目を閉じる。 直哉は幹人の唇をゆっくり味わった。 口づけの合間に、名前を呼ぶ。 「幹人」 幹人の肩が揺れた。 唇を離し、赤い顔で直哉を睨む。 「急に名前で呼ぶな」 「付き合うんだろ」 「だからって急すぎる」 「嫌なら春川に戻す」 幹人は黙った。 直哉の首へ腕を回し、視線を逸らす。 「……戻せとは言ってねぇ」 「じゃあ、幹人」 「何度も呼ぶな」 「直哉って呼んだだろ」 「それは、その……勝手に出ただけだ」 「もう一度呼べよ」 幹人は露骨に嫌そうな表情を作った。 しかし直哉の胸へ身体を寄せたまま、小さく口を開く。 「直哉」 先ほどの絶頂時とは違う。 理性の戻った声で、はっきり呼ばれた。 直哉は堪えきれず、幹人をきつく抱いた。 「苦しい」 「少しくらい我慢しろ」 「勝ったからって調子に乗るな」 「恋人を抱き締めてるだけだ」 幹人はまた黙った。 文句を言う代わりに、直哉の肩へ頬を寄せる。 しばらくして、掠れた声で言った。 「……まだ抜くなよ」 「分かってる」 直哉は繋がったまま、幹人の唇へもう一度キスをした。 **** それから数週間後。 法人営業部では、冬城直哉と春川幹人の仲が悪くなったという噂が流れていた。 「冬城さん、また春川と揉めたんですか?」 同僚に聞かれ、直哉はパソコンから顔を上げた。 少し離れたデスクでは、幹人が後輩社員へ笑顔で説明している。 「揉めてない」 「さっき、廊下で言い合ってましたよね」 「あれは話し合いだ」 「春川、冬城さんにだけ当たり強いですよね」 そのとおりだった。 交際前から変わっていない。 むしろ付き合い始めてから、幹人の独占欲は堂々と強くなった。 男性社員と少し長く話せば、あとで文句を言われる。 取引先に笑顔を向ければ、距離が近いと睨まれる。 そのくせ、幹人自身は職場の姫君として今日も人気だった。 「もう少し仲良くしてくださいよ。職場の姫君と」 直哉は資料を閉じた。 「いいんだよ。あれで」 同僚は納得していない様子だったが、電話が鳴り、そちらへ戻っていった。 幹人が後輩との話を終え、直哉のデスクの横を通る。 視線も向けず、小さな声で言った。 「今夜、覚えてろよ」 「こっちの台詞だ」 幹人は足を止めなかった。 ただ、耳が少し赤くなっていた。 **** 「だから、仕事だって言ってるだろ」 「仕事なら、あんな近くで笑う必要ねぇだろ」 「先方の声が聞き取りにくかったんだよ」 「だったら聞き返せ」 「お前こそ、後輩と二人で昼飯に行ってただろ」 「相談があるって言われたんだ」 「会議室で聞けばいい」 「お前に言われたくねぇ!」 ホテルのドアが閉まってからも、二人の口論は続いていた。 原因は、どちらもほかの男と話していたことだ。 互いに仕事だと主張し、相手には仕事以上の意味があったと疑っている。 幹人がコートを脱ぎ、勢いよくハンガーへ掛けた。 「約束破る気か」 「破ってない」 「お前は無自覚だから信用できねぇんだよ」 「だったら、一日中そばで見張ってろ」 「できるならそうする」 即答だった。 直哉は言葉に詰まり、それから笑った。 「何がおかしい」 「いや。お前、俺のこと好きすぎるだろ」 「自惚れんな」 「違うのか?」 幹人はネクタイを緩めながら、ふてくされた表情で直哉を睨んだ。 「ったく、俺をこんなに欲しがるメスにしやがって」 直哉は眉を上げた。 「誰がメスにしたって?」 「お前以外に誰がいるんだよ」 幹人は苛立ったように言いながら、直哉の前まで歩いてくる。 「てめぇ、いい加減、そのイケメン面どうにかしろよ……惚れるだろ」 最後だけ声が小さくなった。 直哉は、しばらく幹人を見つめた。 「はぁ? 格好いいんだから仕方ねぇだろ」 「開き直るな」 「そっちこそ、可愛すぎるのを自覚しろよ。仕事中だって抱きたくて仕方ねぇから」 「誰が可愛いって?」 「お前」 「俺は格好いいんだよ」 「そう言い張って怒ってるところが、ますます可愛い」 「殺すぞ」 「それも可愛い」 幹人の頬が赤くなる。 言い合っているはずなのに、互いを褒めているだけになっていた。 本人たちは、どちらも気づいていない。 直哉はベッドの端へ腰を下ろした。 「ほら、来いよ」 「命令すんな」 「嫌なら来なくていい」 幹人はその場で直哉を睨んだ。 数秒後、舌打ちしながら歩み寄る。 「誰が嫌だって言った」 直哉の前に立ち、自分からネクタイを引いた。 唇が重なる。 さっきまでの口論を忘れたように、幹人が深く口づけてくる。 直哉はその腰を抱き、自分の膝へ乗せた。 「ほかの男に、こんなことするなよ」 「するわけねぇだろ」 「笑いかけるのも減らせ」 「仕事だって何度言わせるんだ」 幹人は文句を言いながら、直哉の首へ腕を回す。 「お前こそ、ほかの男に触らせんな」 「触らせてない」 「肩叩かれてただろ」 「それくらい普通だ」 「俺には普通じゃねぇ」 直哉は幹人を抱いたまま、ベッドへ倒れ込んだ。 幹人が直哉の胸へ手をつき、上から睨む。 「今日こそ俺が勝つ」 「何で勝負するんだ」 「決まってんだろ」 幹人は顔を赤くしながら、直哉のシャツのボタンへ指をかけた。 「お前を俺だけのものだって、分からせる」 直哉はその指を止めず、幹人の腰を引き寄せる。 「もう十分分かってるけどな」 「俺が足りねぇんだよ」 「何が」 幹人は直哉へ覆いかぶさり、唇を重ねた。 深く吸い上げてから身体を起こし、自分から脚を開く。 頬を赤くしたまま、直哉を見下ろした。 「いいから、入れてこいよ」 直哉は幹人の腰を掴み、近くへ引き寄せる。 「ったく、煽るなって。いくぞ」 直哉が深く身体を重ねた。 「あっ♡ ……きたっ♡」 幹人の腕が、直哉の首へきつく回る。 奥まで受け入れた身体を震わせ、熱い息を漏らした。 「……おっきい♡」 直哉は堪えきれず、その唇を塞いだ。 ** 職場の姫(♂)にライバル認定されたんだが 〜受け仲間じゃない。むしろお前を抱きたい〜 (完)

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