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(序)
十月も半ばを過ぎた。
僕の成績はさておき、中間テストが終わると文化祭の準備が始まる。なんとなくクラスの空気が浮ついているのはその所為だ。テストで勉強詰めだったからだろう。解放感に満ち満ちたクラスメイトの顔。僕も類に洩れずすっきりした気分でいた。
我が2‐Bではお祭り屋台をやることになっていた。駄菓子屋にスーパーボールすくい、綿菓子とりんご飴の屋台を教室に詰め込むのだそうだ。欲張りセットにも限度があるけれども、各学年に二つしかない模擬店枠を、委員長の尾口が根性で勝ち取ってきてくれたので、陰キャの僕もクラスに貢献すべく頑張るもりだ。
ところで女装喫茶を提案する話はどうなったかって?
文化祭の企画を立てる話し合いの際に、僕は滝を通して女装喫茶を提案出来ないかと目論んでいた。目的は勿論、滝の女装姿だ。けれども、僕とのセックスのときにセクシーランジェリーを着用する滝は、そのくせ女装だけは嫌だと宣うのだ。なのにご主人様と云うのは止めないのだからおかしな話だ。でもまあ、そこが滝の美学なのだろう。僕はそこについては、ゆうみなちゃんの問題をちらつかせようとは思っていない。
それでも、見たいものは見たい。
六月の体育祭で、うちの団は男女逆転応援団をやったのだけど、チアガール姿の滝は本当に可愛かった。ここだけの話だけど、一か月ぐらいはオカズにして抜いていたぐらいだ。だからイベントの空気感だったら、滝も女装をしてくれるんじゃないかと僕は期待していた。
だったら自分で提案しろという話でもあるのだけど、僕から口にするとオタクくんがって空気になってしまうだろう。つい一か月ほど前までは、滝を筆頭にオタクくん呼ばわりされていた僕だ。陽キャなカースト上位組は僕がオタクであることをどこかで蔑んでいる雰囲気がある。だからオタクの地位を下げない為にも、クラスのカースト上位の滝から云ってもらいたかったのだけど、それは珍しくも滝が本気で嫌がったので叶わなかった。
「小山内くん、生徒会に布を取りに行こうよ」
「うん。七五三掛さん、今日は部活あるの?」
「あるけど、出来れば今日明日で案を決めちゃいたいから、今日はお休みするかな」
終礼が終われば文化祭の準備だ。僕は一緒に垂れ幕制作を行う七五三掛 さんと一緒に教室を出た。
文化祭三日前までは、18時以降の居残りが禁止されているので、部活動が厳しい生徒が準備に合流するのは三日前からになる。アニメ同好会の僕や漫画同好会の七五三掛さんは時間に融通が利く方なので、早めに垂れ幕を完成させて、模擬店の準備に合流する予定だ。
「小山内くん、中間テストどうだった?」
「それ、僕に聞くの? 赤点なくて良かった、ぐらいしか云えないよ」
「私も。お仲間だね」
水に濡れたような艶やかな黒髪。七五三掛さんのショートボブが、歩く度に波打つ水のように揺れている。
陽キャがクラスの半分を占めている僕のクラスでは、僕や七五三掛さんみたいなオタク系陰キャは珍獣扱いで、クラスから疎外されたりすることはないのだけど、何かにつけ弄られがちだ。今回の垂れ幕制作も、『絵が描けるから』という理由で笹内さんを筆頭とするギャル軍団に押し付けられてしまっている。
漫画同好会の七五三掛さんは本当に上手いからいいのだけど、僕は下手の横好きってヤツで、写生大会なんかでも銅賞がいいところ。だから案の制作や下絵描きといった垂れ幕づくりの核となる部分は七五三掛さんにお任せして、僕はそのフォローに回るつもりでいるのだけど、七五三掛さんは優しいから、『小山内くん、絵が上手だから一緒で良かった』なんて云ってくれる。
「アニメ同好会は何をやるの?」
「部の活動記録として、今年のアニメの論評を掲示するって。僕の分の原稿はもう終わってるんだよね。今年、そんなにアニメ見てないし」
「ラノベ原作少なかったもんね」
「そうなんだよね。あと、僕、異世界転生はそこまで好きじゃないからさ。漫画同好会は同人誌?」
「うん。オリでひとり8P以上なの。ネームは切れてるから後は早いよー」
元々僕はラノベは良く読むけど、アニメはあまり見ないタイプのオタクだ。
それで何故アニメ同好会に入ったのかというと、文芸部と漫画同好会の女子比率が高かったからだ。それで男子オンリーだったアニメ同好会を選んだのだけど、正直この同好会は肌に合っていない気がしている。同好会の仲間と話をしているのは楽しいのだけど、こてこてのオタクである彼らと比べるとライト層になる僕は、同じ作品を見ていても着眼点が違っていて、話していていたたまれない気分になってしまうことがままあるのだ。
例えれば、ギミックが同じ監督の○○って作品と似通ってるとか、展開が同じ脚本家の○○シリーズと似通ってるとか。もうちょっとマニアックな部分だと、キャラクターの声優さんの他作品ネタなんてのもある。それが僕には殆どわからない。
最近では距離が縮まったからか。滝と話をしている方が楽になってしまった。陰キャオタクを自認している僕としてはあまり良くない傾向だと思っているのだけど、かといって真人間になれる筈もなし。今日だって好きなラノベの発売日だ。大好きな男の娘たちのSNSチェックだってある。そういったオタクな趣味を僕はどうやっても放棄出来る気がしない。
「垂れ幕の色どうしようかなあ。小山内くんは何色がいい?」
「無難にクラスカラーかなあ。でもそういうのって早くなくなりがちだよね」
「そうだよね。私は絵や文字が生えそうなはっきりした色がいいかなって思ってるんだけど」
「お祭りだから青とか赤とかでもいいよね。法被はそういう色が多いでしょ」
「あ、それいい! 布、残ってるといいね」
垂れ幕の布は先着順なので、早い内に取りに行かないと、希望の色がもうないなんてことがある。去年僕がいたクラスがそうだった。あまりイベントに積極的でなかったのと、担任が放任主義なクラスだったからか、文化祭の準備に取り掛かったのが五日前。当日の朝にやっと展示物が完成したって有様だった。
そういった意味では陽キャたちは役に立っているのかも知れない。
委員になったりするのには消極的な彼らだけど、イベントごとには積極的だ。体育祭の男女逆転応援団だって、しらけることなくやりきっていた。今日だって文化祭の準備が解禁となったばかりだっていうのに、全員が顔を揃えてあれこれ仕入れだの器具の借り出しだのに向かっている。
滝もそのひとりだ。
面倒臭えと云いながらも、しっかり彼らに付き合っている。
僕としては彼らに任せて楽をしたい気持ちもあったりするけれども、意外にも滝はそういうところに煩い。体育祭の時もそうだった。僕ら下僕が楽をするなど許さねえとばかりに、手が空いている連中をどんどん扱き使ってゆく。普段つるんでることも多い笹内さんたちギャル軍団が、『折角同じクラスになったんだから、皆で楽しみたいっしょ』みたいなノリなのに、だ。
きっと、今回も最終的にはそうなることだろう。
強引な滝の性格を苦手としているクラスメイトもいるみたいだけれども、去年の悲惨な文化祭の記憶を思い返すと、学校イベントを上手く回すにはそういったキャラも必要なのだろうと思えてくるから不思議なものだ。
「それでね、そのとき優菜が、足利先生に消しゴムぶつけちゃって」
「えー。足利先生、怒らなかった?」
「先生、優菜には甘いんだよー。怒ってもへこたれない性格だからしょうがないって」
「それは諦めてるって云わない?」
「そうとも云う」
本棟の二階の教室から別棟の四階まで。他愛ない話をしながら移動を済ませた僕と七五三掛さんは、正面にある生徒会室のドアをノックした。開いてるよー。と、陽気な声が響いてくる。僕はドアを開けて、「垂れ幕の布を貰いに来ました」と、用件を告げた。
「お、来たね。君たち二年生だよね。何組?」
生徒会室では、総務の皆口先輩が待ち構えていた。
文化祭を最後に三年生は生徒会を引退する。選挙がもう終わっているからか、次の代の生徒会役員たちも引き継ぎに来ているようだ。やけに室内の人口密度が高い。
「B組です。垂れ幕何色が残ってますか?」
七五三掛さんが尋ねると、「欲しい色を云ってくれればあげるよ」などと大口を叩かれる。どうやらまだ垂れ幕を取りに来ていないクラスばかりなようだ。
どっちにする? と、七五三掛さんに訊かれたので、僕は『赤』と答えた。陽キャの多いうちのクラスに似合っている気がしたのと、お祭りといったらやっぱり赤色がベストだと思ったからだ。
「じゃあ、赤にするね。皆口先輩、赤い垂れ幕をください!」
「いいよいいよー、その元気。もう一枚持ってく?」
「一枚でいいですよぅ」
多分、自分のイメージ通りに垂れ幕が作れるのが嬉しいのだろう。七五三掛さんが喜びいっぱいな表情を浮かべる。くりっとした目がマルチーズみたいで可愛い。これが男の娘だったら、僕は完全にノックダウンさせられているところだ。
「希望通りの布が手に入ったし、頑張ろうね、小山内くん」
本当に真面目な子だなあ。
文化祭に対する心構えが僕とは全く異なる七五三掛さんに、僕は心の底から感心した。
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