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(結)
気持ち良い秋晴れの十一月の第一週。ついに我が北高の第三十二回目の文化祭が開催された。
クラスの模擬店は大盛況だった。
バラエティに富んだ屋台が受けたようで、北高生は元より、外部からの来客も沢山来場してくれた。どのくらい盛況だったかというと、日曜日の途中で材料切れを起こしてしまったぐらいだ。売り上げは大幅なプラス。僕たちに好き放題させたくれた担任の野々村先生は、生徒たちが出した見事なまでの成果に始終ほくほく顔だった。
僕と七五三掛さんが頑張った垂れ幕は、なんと特別賞を受賞した。
立体物を盛り込んだのが評価されたようだ。キャッチコピーがありきたりだったのがパンチに欠けるとして、最優秀賞は逃してしまったけれども、結果が努力が報われる形となったのは単純に嬉しい。
アニメ同好会の論評冊子も、なんだかんだで完売した。
一冊百円の破格値に軽い気持ちで購入してくれる人が多かったのだ。展示物に少し加筆をしたのも良かったのかも知れない。僕の論評はさておき、他の部員たち――こと部長の武井が書き上げた渾身の論評には、わざわざ足を止めて感想を伝えてくれるお客さんもいたと聞いた。
漫画同好会の同人誌は、なんと土曜で完売したそうだ。
聞いたところによると、七五三掛さんを筆頭に、三人ほどSNSで活躍しているデジ絵師さんがいるのだそうだ。勿論、プライバシーの関係もあり、彼女たちがSNSで宣伝活動をすることはなかったのだけれど、それだけの実力者揃いだったら売れるのが当たり前。早めに買いに行った僕は、その同人誌の出来の良さに唸るばかりだった。
「あっという間の二週間だったなあ」
僕は校庭の中央で輪になって踊っている生徒たちを眺めていた。
後夜祭のフォークダンスはペアを作れる北高生なら誰でも参加可なだけあって、他校の生徒や来場者と踊っている生徒も多い。とはいえ、イベントごとに熱心な滝は、女子が絡んでくるフォークダンスは苦手らしく、モテ男にしては誰とも踊ることなく僕の隣でフォークダンスの輪を眺めている。
「後夜祭っているのかね?」
土日のバイトを休まざるを得なくなっているからだろう。右隣に立っている滝が随分と冷めた台詞を吐く。
「思い出作りには必要なんじゃないの?」僕は左隣に立っている七五三掛さんをチラ見しながら口にした。「僕は学校も粋な計らいをするなあって思ってるけど」
相沢さんに漫画同好会の部長の件で大口を叩いてしまっていた僕は、笹内さんたちの力も借りて『七五三掛比奈子を全力で守る会作戦』を決行していた。
なるべく部長と一緒になることがないように、グループに七五三掛さんを加えて行動をしてもらったり、部長にウザ絡みされていたら、用事があると呼びに行ってふたりを引き離すようにしたり。漫画同好会での対応は部外者の僕らが絡めない為、相沢さんに任せきりになってしまうのだけれども、全部をひとりで頑張らなくてよくなった分、相沢さんは気を楽にしたようだ。僕に対する当たりの強さも鳴りを潜めている。
「てゆぅかぁ」七五三掛さんの左隣に立っていた相沢さんが、すすいと移動してくると僕と滝の間に潜り込んでくる。「おふたりさんは、そのぅ、踊らないの?」
目にハートマークを浮かべながら聞いてくる相沢さんに、滝が露骨にゴミを見るような目つきになる。けれども相沢さんはまるで挫けない。揉み手をしながら、「ほらぁ、あたしの次の作品の参考にしたいっていうかぁ」などと辺りを憚る声で続きを口にする。
「僕たちが七五三掛さんから離れる訳にはいかないでしょ」
「比奈子のことはあたしが見てるから!」
「お前、本気で七五三掛を守る気があんのかよ」
近年、テレビドラマでBLを扱った作品が多く出ているところから、腐女子という存在があるということは知っていた滝だったけれど、その生態までは把握していなかったようだ。「会う度にキモさに拍車がかかってるんだが、あいつは何の病気なんだ」と、僕に真顔で尋ねてくるぐらいに、相沢さんのぶっ飛んだ発言の数々に困惑させられている。
「あるある! 本当にあるって!」大慌てで言葉を継いだ相沢さんが、でもぉ。と、しなを作った。「女子×女子は踊ってるのに、何で男子×男子は踊らないのかってぇ。君らちょっとあたしに栄養剤を寄越しなさいよぅ」
「小山内、こいつに付ける薬はないのかよ」
「あったらとっくにどうかなってるよ」僕は肩をそびやかしながら七五三掛さんの方を向いた。「七五三掛さんは相沢さんと踊らないの?」
「うん。下手に踊っちゃうと部長が来ちゃうかなって」
成程。僕はフォークダンスの輪に再び目をやった。僕たちが邪魔をしているのがわかっているのだろう。その輪の奥側に漫画同好会の部長のひょろけた姿が見える。僕たちの動きを観察しているようにも思える陣取りに、弱ったな。僕は頭を掻きながら滝を見遣った。
「滝さあ」
「何だよ」
「七五三掛さんと踊る気はない?」
「何でだよ。それに何の意味が」
「僕が踊っても、この通りのもっさいオタクでしょ。部長に勝てると思われちゃうと思うんだよね。でも滝だったら勝てるとは思わないでしょ。美男美女のお似合いのカップルに見えるだろうし」
「あー、そういうことか」滝が悩まし気に宙を睨む。「でもなあ、俺、人間関係が面倒になるの嫌なんだよなあ」
とはいえ、作戦をどこまで続ければいいかわからないこの状況は、クラスメイトたちにとってもストレスだろう。どこかで大きなイベントを起こして、徹底的に部長に諦めさせないことには、まだ二年生同士。終わりのない戦いになってしまう。
七五三掛さん曰く、定期的に好きな人がいることは伝えてきたのだそうだ。それでも折れない部長の強メンタルには恐れ入るばかりだけれども、それだけに、偽装でもいいからカップルを作る必要があるんじゃないかと僕は考えていた。
「ご褒美あげるから、頼まれてよ」
「ご褒美ねえ。内容にもよるな」
「滝の云うことを何でも一日聞きます券は?」
「お、それはいいな」口元を歪めた滝が七五三掛さんに手を差し出す。「ってことで、七五三掛、俺と踊らねえ?」
「え? 何々?」
フォークダンスの音源が大きいからだろう。経緯が把握出来ずに慌てている七五三掛さんに簡単な説明をする。
すると、云っても云っても部長に諦めてもらえないからだろう。騙す形になるのは申し訳ないけれども、と、云いながらも、七五三掛さんがお願いしますと滝の手を取った。
わぁ。僕は内心で喝采を上げた。可愛い×可愛いのコンビがフォークダンスを踊るところ、実は見たかったんだよね。
案の定、滝と七五三掛さんのコンビは注目を集めることになった。
女の子からの誘いを断り続けていた滝が七五三掛さんとフォークダンスの輪に加わった瞬間の、ギャラリーのあの悪い意味での盛り上がりよう。黄色い悲鳴と野郎どもの溜息が二重奏を繰り広げているところなんてそうそう聴けるもんじゃない。それでも、美男美女のカップルがフォークダンスを踊っている姿は彼らの目をも保養したようだ。二曲目にもなると、やんやの喝采が起こる。
「小山内ぃ」
気付けばいつの間にか、笹内さんが隣に立っていた。
「小山内は踊んないのぉ?」
「僕が踊っても面白くもなんともないでしょ」
「そう? うちは踊ったよ。尾口っちでしょ、野沢っちでしょ。なみぽよとも踊ったしぃ」
「ホントに?」僕は驚きに目を瞠った。
お祭りやイベントが大々好きな笹内さんらしい行動力だ。
とはいえ、今の僕は七五三掛さんの守り人でもある。部長がどう動くか理解 らない以上、勝手に動き回るのは控えた方がいいだろう。
「笹内さんは行動力があるからなあ」
「イベントっしょ。そりゃ踊るって。あんま根を詰めても良くないしぃ」
僕は思い出したついでと、正面にいる漫画同好会の部長の表情を窺った。やっぱり、滝と七五三掛さんの組み合わせにショックを受けたようだ。愕然とした顔を晒している。
「ゆっきーが戻ってきたらぁ、一緒に踊るといいんじゃね? きっといい思い出になるっしょ」
え? と、思って隣を見ると、笹内さんの姿はもう人混みの中に消えてしまっていた。
やっぱり怖いよ、笹内さん。
どういった意図なのか確認出来ないのが怖い。
「ただいま、小山内くん。楽しかったぁ」
「お前も相沢と踊ればよかったのに」
戻ってきた滝と七五三掛さんを出迎えた僕は、そのまま終了したフォークダンスにほっと息を吐いた。これで踊らないことにあれこれ云われずに済む。何せ僕は陰キャなオタクなのだ。陽キャが集まるイベントはご遠慮したい。
それに、流石の僕でも相沢さんに餌を与えるような真似はしたくなかった。僕と滝が踊っているのを目にしようものなら、相沢さんは嬉々としてそれを物語にするだろう。滝だってそんなところから僕と噂になるのは御免な筈だ。だから、これでいい。
いや、ほんの少しぐらいはゆうみなちゃんと踊りたい気持ちはあるけれども。
けれどもないものねだりはしない。僕は非モテな陰キャ界隈で生きてゆくのだ。
「それでは、これにて第三十二回、北高文化祭を終了します! お疲れさまでした!」
まばらに瞬く星々。すっかり暗くなった空に、放送部のアナウンスが響き渡る。
「楽しかったなあ」僕は云った。
「いいもんだよな、イベントって」
「ね、楽しいもんね」
人がばらけ始めた校庭は、先程までの熱気を残すようにざわついている。僕は滝と七五三掛さんと一緒に教室に戻る人波に紛れ込んだ。相沢さんは? と、思えば、ちゃっかり自分のクラスの群れの中に混じっている。
ちなみに、漫画同好会の部長は悲愴な顔付きでとぼとぼと歩いている。可哀想だと思うけれども、あれだけ迷惑していた七五三掛さんに気付かなかった方が悪いのだ。何事も程々が一番ということを、これで学んでくれればいいなと思う。
「来年もこんな風に楽しい文化祭だといいなあ」
色々あった今年の文化祭だけれども、過ぎてしまえばいい思い出だ。いつかは中学時代の黒歴史もそう思える日が来るのだろうか。教室で荷物を取った僕は、滝と一緒に、ようやく肩の荷が下りた帰途を歩んで行った。
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