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第26話

 ──最近のネムは少しばかり悩んでいた。  公爵領の雪が溶け始め、だんだんと気温が上がってきた今日この頃。  衣類を着込まなくとも問題なさそうなので、珍しく薄着になってみたところ。なだかちょっと。いやかなり。自分の体がぷにぷにと柔らかいような気がした。 (いや気がしたじゃない。確実に太っている!?)  ダラダラと冷や汗をかいたネムは、何が悪かったのだろうと必死に記憶を辿る。  この冬の間、ネムがしたことといえば。  温かい暖炉の前で本を読んだり、シピと盤上遊戯で遊んだり、公爵家の人たちとおやつを食べたり。  おやつ。そうだおやつ。  いままで食事にことかく生活だったので、おやつを出されると全部平らげていた。  毎日のようにセリノが作る美味しいリンゴのデザートを、どうして残すことができるだろうか。それに公爵家の人たちは、ネムにやたらと食べ物をくれて──。  肉が付くのは当たり前のことでしかない。 (このまま、まるまる太ってしまったら……)  クロヴィスに愛想を尽かされるかも、とネムは小さく悲鳴を上げた。今更嫌われたら、もう生きていけない。ぎゅっと抱きしめてくれる腕なしでは、眠れないというのに。  どうしようと落ち込み、半泣きで着替えていると、クロヴィスがやってきた。 「ネム、一体どうしたって言うんだ!?」  クロヴィスに理由を言えるわけがない。押し黙るネムに、クロヴィスは眉を寄せた。  ネムの頬に手を添えて、顔を近付け囁いてくる。 「お前が悲しんでいるのを見るとつらい。俺にはお前の力になれないのか?」  じっと見つめられると、ネムの顔に熱が集まっていくのがわかる。 「……ネム」  腰を抱き寄せられてその無絵に顔を埋めてしまうと、力が抜けてしまった。というかこうして密着されてしまうと、太ったことがバレてしまうのではなかろうか。  もう誤魔化しきれないのではと、ネムは呻き声を上げた。 「あの、……その」 「なんだ?」 「ふ、太った」 「うん?」 「僕、太ってしまって……」 「太った?」  しかもその理由がおやつの食べ過ぎであるから、恥ずかしさが募る。小さな子供じゃないのだからと頭を抱えたくなった。  しかしクロヴィスは不思議そうに首を傾げると、ネムの肩を掴みまじまじと見つめてくる。あんまり見ないでほしいのだけれども。 「ネム、……知っておいてほしいのだが」 「はい」 「お前のその状態は、太ったのではなく、健康体になったと言っていい」 「けんこうたい」  クロヴィスはうんうんと頷きながら言葉を続ける。 「以前のネムはろくに食事をとってなかっただろう」 「葉っぱとか芋は食べてましたよ。お腹いっぱいになる日もありました」 「……ああ、うん。必要な栄養が足りてなかったんだ、ネム」  そうなのだろうか。  身長は他の羊の獣人よりもよっぽど高く伸びているけれど。  クロヴィスはそうじゃないと無言で首を横に振った。 「でも、ただでさえ普通の羊の獣人より大きいのに、横まで広がったら……」  さらに変な目で見られるのではないか、とネムは体を縮こませた。  いや正確には、クロヴィスから変な目で見られるのが嫌なのだ。今がとても幸せだからこそ、こんなことを考えてしまう。  不安で顔を歪めるネムに、クロヴィスが言った。 「なら運動をするか」 「……運動」  ネムは動くのが苦手なのだけど。雪解けしたから外を走った方がいいのだろうか。  悩むネムの体を軽々と抱き上げたクロヴィスは、そのまま先ほど起きたばかりのベッドへと移動する。  とさりと下ろされて、ネムはクロヴィスを見上げた。どこか楽しげな顔で、クロヴィスは口角を釣り上げた。 「なあネム」  耳元で囁かれ、ネムの体がびくりと跳ねた。 「今日は非番なんだ。……もう少し、ここで過ごしてもいいだろう」  ネムしか知らない、クロヴィスのとびきり甘い声を聞くと、ぞくぞくとした痺れが全身に広がっていく。 「う、運動は?」  問うネムにクロヴィスはべろりとネムの首筋を舐めた後、軽く歯を立てた。 「ここでできる」 「……うっ」  ようやく意味を理解したネムは、身体中が真っ赤に染まってしまう。そういうことはほぼ毎日のようにしているのだから、あまり効果がないのではなかろうか。  ──でも。  ネムは恥ずかしそうに目を伏せながらも、おずおずとクロヴィスの首へ手を回した。  すかさずクロヴィスの腕がネムの腰にまわり、ぎゅっと抱きしめてくれる。この瞬間の温かさが何よりも好きだから、拒むことなんてあり得ない。食べられてひとつになってしまいたいのだから。  笑みを浮かべるクロヴィスの口元へ、ネムは自分の唇を重ねたのだった。

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