26 / 26
第26話
──最近のネムは少しばかり悩んでいた。
公爵領の雪が溶け始め、だんだんと気温が上がってきた今日この頃。
衣類を着込まなくとも問題なさそうなので、珍しく薄着になってみたところ。なだかちょっと。いやかなり。自分の体がぷにぷにと柔らかいような気がした。
(いや気がしたじゃない。確実に太っている!?)
ダラダラと冷や汗をかいたネムは、何が悪かったのだろうと必死に記憶を辿る。
この冬の間、ネムがしたことといえば。
温かい暖炉の前で本を読んだり、シピと盤上遊戯で遊んだり、公爵家の人たちとおやつを食べたり。
おやつ。そうだおやつ。
いままで食事にことかく生活だったので、おやつを出されると全部平らげていた。
毎日のようにセリノが作る美味しいリンゴのデザートを、どうして残すことができるだろうか。それに公爵家の人たちは、ネムにやたらと食べ物をくれて──。
肉が付くのは当たり前のことでしかない。
(このまま、まるまる太ってしまったら……)
クロヴィスに愛想を尽かされるかも、とネムは小さく悲鳴を上げた。今更嫌われたら、もう生きていけない。ぎゅっと抱きしめてくれる腕なしでは、眠れないというのに。
どうしようと落ち込み、半泣きで着替えていると、クロヴィスがやってきた。
「ネム、一体どうしたって言うんだ!?」
クロヴィスに理由を言えるわけがない。押し黙るネムに、クロヴィスは眉を寄せた。
ネムの頬に手を添えて、顔を近付け囁いてくる。
「お前が悲しんでいるのを見るとつらい。俺にはお前の力になれないのか?」
じっと見つめられると、ネムの顔に熱が集まっていくのがわかる。
「……ネム」
腰を抱き寄せられてその無絵に顔を埋めてしまうと、力が抜けてしまった。というかこうして密着されてしまうと、太ったことがバレてしまうのではなかろうか。
もう誤魔化しきれないのではと、ネムは呻き声を上げた。
「あの、……その」
「なんだ?」
「ふ、太った」
「うん?」
「僕、太ってしまって……」
「太った?」
しかもその理由がおやつの食べ過ぎであるから、恥ずかしさが募る。小さな子供じゃないのだからと頭を抱えたくなった。
しかしクロヴィスは不思議そうに首を傾げると、ネムの肩を掴みまじまじと見つめてくる。あんまり見ないでほしいのだけれども。
「ネム、……知っておいてほしいのだが」
「はい」
「お前のその状態は、太ったのではなく、健康体になったと言っていい」
「けんこうたい」
クロヴィスはうんうんと頷きながら言葉を続ける。
「以前のネムはろくに食事をとってなかっただろう」
「葉っぱとか芋は食べてましたよ。お腹いっぱいになる日もありました」
「……ああ、うん。必要な栄養が足りてなかったんだ、ネム」
そうなのだろうか。
身長は他の羊の獣人よりもよっぽど高く伸びているけれど。
クロヴィスはそうじゃないと無言で首を横に振った。
「でも、ただでさえ普通の羊の獣人より大きいのに、横まで広がったら……」
さらに変な目で見られるのではないか、とネムは体を縮こませた。
いや正確には、クロヴィスから変な目で見られるのが嫌なのだ。今がとても幸せだからこそ、こんなことを考えてしまう。
不安で顔を歪めるネムに、クロヴィスが言った。
「なら運動をするか」
「……運動」
ネムは動くのが苦手なのだけど。雪解けしたから外を走った方がいいのだろうか。
悩むネムの体を軽々と抱き上げたクロヴィスは、そのまま先ほど起きたばかりのベッドへと移動する。
とさりと下ろされて、ネムはクロヴィスを見上げた。どこか楽しげな顔で、クロヴィスは口角を釣り上げた。
「なあネム」
耳元で囁かれ、ネムの体がびくりと跳ねた。
「今日は非番なんだ。……もう少し、ここで過ごしてもいいだろう」
ネムしか知らない、クロヴィスのとびきり甘い声を聞くと、ぞくぞくとした痺れが全身に広がっていく。
「う、運動は?」
問うネムにクロヴィスはべろりとネムの首筋を舐めた後、軽く歯を立てた。
「ここでできる」
「……うっ」
ようやく意味を理解したネムは、身体中が真っ赤に染まってしまう。そういうことはほぼ毎日のようにしているのだから、あまり効果がないのではなかろうか。
──でも。
ネムは恥ずかしそうに目を伏せながらも、おずおずとクロヴィスの首へ手を回した。
すかさずクロヴィスの腕がネムの腰にまわり、ぎゅっと抱きしめてくれる。この瞬間の温かさが何よりも好きだから、拒むことなんてあり得ない。食べられてひとつになってしまいたいのだから。
笑みを浮かべるクロヴィスの口元へ、ネムは自分の唇を重ねたのだった。
ともだちにシェアしよう!

