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第25話

 ──ネムが眠りに落ちた後。  クロヴィスはそっと部屋からでた。ネムには知らせなくていい、大事な仕事が残っていたからだ。  公爵邸の外ではシピは杖を手に持ち、ユベールとアキの前に立っている。 「来たか。……さて、此奴らを王都に送り返せねばならぬが。私は王宮の連中を信用しておらん」  それはクロヴィスも同感だった。  王子のユベールはともかくとして、偽証をしたアキまで牢から出ているのはどういうことなのだろうか。義姉のアレクサンドラが内務面で働きかけてはいるものの、不正を隠す者の多いこと。 「リカルドには同情するが、しかし怠慢だ」  シピは手に持っていた木の枝で、ピシリとユベールの頭を叩いた。それが屈辱だったのか顔を真っ赤にしているが、シピは気にした様子もない。  怒りそうなものなのに、先ほどからユベールがまったく声を出していないことに気付いた。 「ああ、これは私が魔法をかけたからだ。私の許可なしに動くことも、声を出すこともできない」  魔法とはとやかく理不尽なものなのだ、とシピは言った。 「やろうと思えば、ネムにもできるだろう。無意識にやらかすかもしれんから、詳しくはまだ教えんがな」  そういうものなのかと思っているクロヴィスは、シピにさらに質問をしようとしたときだった。 「クロヴィス様!!」  声を上げたのはアキだった。どうやらこちらは、魔法で動けなくしてはいないようだ。シピを見ると肩を竦めている。これは話せということらしい。 「……何か用か?」 「あの、……僕。クロヴィス様にどうしてもお伝えしないといけないことがあって」  何を言う気なのだと、クロヴィスは無言で話の続きを促す。 「ネム・ノワールのことなんです!」  大事な大事なクロヴィスの可愛い恋人の名前だ。  ネムのことで、一体何を言う気なのか。 「クロヴィス様はネム・ノワールに騙されているんです」 「……は?」 「ネムがクロヴィス様に薬を盛ったんですよ! 僕みてましたから!!」  酷いことをしたんだとアキは憤慨している様子を見せた。一体何を言っているんだと、クロヴィスは眉を寄せる。すぐにクロヴィスがネムへの欲望を爆発させたあの日のことかと理解する。確かにあのとき、クロヴィスはネムがやったと思った。いや、ネムであればいいと思って、追いかけたのだ。 「別にネムがやった証拠はないだろう」  第二王子からの差し入れで、持ってきたのはアキだったらしいが、今更なぜそんな嘘を吐くのだろうか。  ふむ、とクロヴィスは唇に指先を当てる。 「でも、媚薬がきっかけの関係って、絶対におかしいです。破綻する未来しか……」 「それはないな」  きっぱりとクロヴィスは否定した。  媚薬の熱に浮かされたおかげで、今の関係を手に入れらたクロヴィスは、ネムを手離す気はない。 「ネムが俺に媚薬を盛ったとしたら嬉しいし、……別の人物が意図せず持ち込んだとしても、お礼を言わねばならない」 「……えっ?」 「おかげで、ネムと恋人になれたのだからな」  呆然としているアキに、クロヴィスは薄く笑って言葉を重ねた。 「勘違いしているようだが、ネムを最初に見初めたのは俺の方だ。あんな可愛らしい羊、食べたくて仕方がないだろう」  口の端を持ち上げ、低く呻くように喉を鳴らす。 「ネムが手元にいるのなら、王宮で働く必要もない。この公爵領で、ずっと俺と一緒にいればいい」  どこにも行かせるきはないと、クロヴィスは言った。それでもアキは納得しない様子だった。だがこれ以上話すこともない。 「ネムを陥れようとしてたのは、お前だったんだな。王宮で変な噂が流れる度、騎士団の連中にも誰かが言いふらしていたようだが」  マルセルに視線を向けると、困った表情で頷いている。 「罪人を公爵領で裁いていいのなら、お前を引き裂いているところだが。王都でも偽証と逃亡の罪状があるだろう。そっちで裁かれるとしたら、こちらも手出しはできないし……」  悩むクロヴィスに、シピは言った。 「ならば二度と公爵領に足を踏み入れぬことができぬようにしてやろう」  そんなことできるのかと驚くクロヴィスに、シピは簡単なことだと言った。 「公爵領を認識できないようにすればいいのだ。魔法でな」 「……っ!? そんな、僕は……」  やめてくれと叫ぶアキを無視して、クロヴィスはシピに頼んだと言った。そしてユベールの方へ視線を向けて、こちらも同じことをできるかと尋ねると、もちろんだと肯定された。 「それだけでいいのか?」 「それで充分だろう。俺やネムは王都へ行くこともないから」 「まあよかろう」  シピは木の枝を振った。淡い光が二人を包んだかと思うと、体の中に吸い込まれていったのがわかった。 「ちょうど迎えが来たようだ。後はまあ、王宮の連中に任せて放置だな。どうせすぐに放逐されるだろうが、困るのはリカルドだからな」  王太子リカルドには少し同情はするが、手を貸す気は起きなかったので、クロヴィスは静かに頷いたのだった。

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