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第24話
ネムは咄嗟に、シピから渡された木の枝を握りしめた。
このままでは危ない。みんなが死んでしまう。ならどうしたらいいか。
──消えろ。
そう消えてしまえばいい。
ただし消えるのはネムじゃない。
目の前にある雪だ。襲いかかってくるこの大量の雪が消えればいいのだ。
──消えろ。
ここから、この場所から。
雪のせいで、ネムとクロヴィスが暮らす、この暖かなお家が壊れてしまう。
やっとネムが安心して眠れるクロヴィスとのこの場所を、壊されるわけにはいかない。
だから。
──消えろ。
ネムのもっていた木の枝が、するりと伸びた。片手で持てる程度だったのに、いまは両手で持たなければならないほどの長い枝、いや先端が螺旋状の杖へと変化する。
ネムがその杖で床をトンと叩くと。
淡い光が杖から放たれ、窓から入ってきた雪を掻き消した。
けれどもまだ、大量の雪があるのがわかった。だからもう一度床を杖で叩く。すると杖から光が放たれて、屋敷を押しつぶそうとしている雪が消えた。
(……まだ、ある)
杖で床を叩く度、ネムの呼吸が荒くなる。頭がクラクラしてつらいが、ここでやめるわけにはいかない。
屋敷の周辺に住む人たち。彼らもまたこの雪に押し潰されたりしたら。
ここに働きにきている人もいる。公爵家の人たちにはとても良くしてもらっているから。
誰一人として雪にのみ込ませるわけにはいかない。
(もう一度……)
気力を振り絞り、杖で床を叩いた。
再び光が放たれて、吹雪がかき消えた。視界が開けると、遠くの家々が雪で潰れそうになっている。
あそこの雪も消さなければ。
目の前にチカチカと光が点滅していて、立っているのも限界に近い。でも、もう一度。あと一度、この雪を消さなきゃ。
(……クロヴィスが悲しい顔をするのは、いやだ)
ここで過ごすようになって、クロヴィスが公爵家の人やここでの暮らしが本当に好きだということを知った。ネムはクロヴィスのことが好きで、ずっと一緒にいたい。ネムを好きと言ってくれるクロヴィスの好きなものを、壊されたくない。
「……ネムくん!? 血が……」
「はぁっ……はっ」
アレクサンドラに言われて気付いた。どろりと口や鼻から血が流れ落ちていて、散々な状態だということに。せっかく貰った服を汚したりしたら、嫌われてしまわないだろうか。でもいまは怒らないでほしいと、ネムは思った。
「ぐっ、……うぅ」
呻き声を上げながらも、もう一度杖を持ち上げた時──。
窓の外から、声がした。
「よくやったな、ネム。あとは任せておくがいい」
そこには、宙に浮かぶシピの姿が。
どうやって空を飛んでいるのかとか、どこから現れたのかとか。色々と疑問が浮かんだがそれを口にする余裕もなく。
ネムは力が抜けて倒れ込んだ。
(このままだと床が汚れて……)
意識がぶつりと途切れる瞬間、ネムの体を優しく受け止めてくれる手があった。
***
ぎゅっと抱きしめられて眠るのが好きだ。
隙間なくくっつくと、背中に回された手がネムの体をぎゅっと抱きしめてくれる。
ずっとこうしていたい。
ずっとずっとこのまま、微睡んでいられたらいいのに。
「ネム、そろそろ起きないのか」
クロヴィスの囁くような声を聞いて、ネムは目を開けた。
一番最初に目に入ったのは、クロヴィスの顔だった。名前を呼ぶと、思い切り抱きしめられた。
「……ネム! 目を覚ましてくれて良かった!! またずっと眠ってしまうのかと心配したんだ」
背中に回される腕に力がこもる。
ネムを抱きしめてくれるクロヴィスの体温の心地よさに、ネムはうっとりと目を閉じようとしたところで。
「病人に乱暴をするんじゃない。熱があるんだぞ」
唐突に聞こえてきたのは、シピの声だった。
驚いてもう一度目を開けると、そこには予想通りシピが立っている。シピだけではなく、アレクサンドラや公爵、さらにはラウリもいた。誰もが心配そうにネムを見ていて、目覚めたことにホッとしているようだった。
「今回は自分の意思で魔法を使えたな。偉いぞ。よくやった」
シピはネムを褒めた。
ネムより若く見えるシピに褒められるのはなんだか少し変な感じがするが、照れくさいような嬉しいような。
「お前のおかげで、公爵邸が潰れずに済んだし被害もほぼなしだぞ。お前が守ったんだ」
「そうよ、ネムくん。本当にありがとう!」
「ネムくんのおかげで助かったよ」
シピとの会話を窺っていた他の人々が、次々にネムへお礼の言葉を言ってくる。そして体の心配も。
こんなにも温かい言葉をもらえるなんて、やっぱり初めての経験で。
ネムの容量はあっという間にいっぱいになってしまう。
発熱以上に頭の中まで熱くなってしまい、くたりとベッドに倒れた。
「……しばらく安静にしていなさい。看病は任せたぞ」
そう言ってシピは、心配する面々を連れて部屋を出て行く。
残されたのはネムと、それからクロヴィスだけ。
クロヴィスはネムの頬に触れ、それからゆっくりと手を動かして、額に張り付いている髪の毛をはらってくれた。
「熱が高い。ゆっくり休むといい。……ネム、本当にありがとう」
囁く声にネムは目を細めた。クロヴィスはそばにいてくれるらしい。嬉しいなと思いながら、ネムはクロヴィスの手にふれた。
「どうした?」
「……ぎゅっとしてほしい」
戸惑うような気配がしたけれど、ネムはどうしてもいま抱きしめてほしかった。
「一緒に寝て」
「わかった」
ベッドが狭くなるぞと言いながらも、クロヴィスはネムの横に体を横たえた。
ネムはそのままクロヴィスの胸にくっついて目を閉じる。
(ずっとこれがほしかった)
ネムの好きなものだけに囲まれたこの場所。誰かの体温がある安心感。誰にも取り上げられたくないすべて。
この温かな大事なものが、ずっとずっとそばにあってほしい。
「……ネム、あんまり可愛らしいことをしていると。また食べたくなる」
「食べていい」
食べるというのは言葉通りじゃないことを、ネムは重々理解しているけれど。
本当に食べられてしまってもいいなと思った。
──ここにネムの同胞はいなくとも、孤独はないのだから。
まったく困ったな、とちっとも困った様子もなくクロヴィスは呟いて。ネムの口に噛み付くような口付けをした。
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