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第23話
公爵邸でクロヴィスの帰りを待っていたネムは、心配で何度も窓辺に立っていた。
「先に休んでいてもいいのよ」
そんなネムを心配して、アレクサンドラが声をかけてくれる。
しかしクロヴィスがいないのなら、寝床に入ってもきっと眠れなさそうなので、ネムは静かに首を横に振った。
アレクサンドラは苦笑し、ブランケットをネムの肩に掛ける。
「それなら温かくして風邪を引かないようにね」
「ありがとうございます」
「いいのよ、可愛い義弟のお世話はしたいものだから」
悪戯っぽく笑ったアレクサンドラは、温かい飲み物を入れましょうと言って部屋を出て行った。
アレクサンドラはとても親切だ。彼女だけではない。この公爵邸の人たちは誰もがネムに親切で、優しい。ネムにツノがあっても変な目で見ないし、笑顔で声をかけてくれる。
こんなにも普通に接してくれるのは、死んでしまった両親といた時以来だ。
ここに来てからずっと、寂しいと叫ぶ空っぽな心が満たされるようだった。
(恩返ししたいな……)
ネムはまだ何もできないけれど。何か役に立つことを見つけて、少しでも喜んでもらえるといいな、そう思ったのだ。
──と、その時。
バリンと窓が破れるような音がした。同時に、アレクサンドラの怒った声も。
何があったのか、怖かったけれどもネムは駆け出していた。
クロヴィスの兄である公爵は、今は屋敷にいない。近くの砦に行っていて、雪で足止めされているのだ。だからいま、この屋敷にはアレクサドラとネムしかいない。
優しいアレクサンドラに危機が迫っているのなら、役にたたないかもしれないがそれでも自分が助けなければと思ったのだ。
「……っ、ネムくん来てはだめ!」
廊下へ出るとアレクサンドラが叫んだが、窓から侵入してきた者はすでにネムを見ていた。
(……大きな、獣?)
黄金の立髪を持つ獅子が、窓を突き破ったようだ。驚くネムの目の前で、獅子がゆっくりと体を起こしながら変化した。
「ユベール王子殿下?」
アレクサンドラがネムを庇うように前に立つが、ユベールは剣を手に近付いてきた。
「ネム! ……良かった、やっと会えた」
何が良かったのか。窓を突き破って侵入してきているというのに、ユベールはそんなことを気にする様子もなく、視線はネムに注がれている。
「君にしたことを謝罪したくて。そして誤解を解きたかったんだ」
「……誤解、ですか?」
ユベールの目は妙にギラついていて、恐ろしく感じる。
「王宮で会った時、私はある人物を探していたんだ。それで、羊の獣人だというのに、来たのが人間の姿をした君だったから、苛立ってしまって」
酷い態度をとってしまったと、ユベールは謝罪した。
ネムに謝っているのに、手に握った剣をしまう様子がない。アレクサンドラはネムを守りながら、じりじりと後ろへ退がる。
「ネム、本当の姿を見つけられなくてごめんよ」
優しい声だったが、ぞわりと寒気がするのは気のせいじゃない。
「……羊の獣人が必要だったというなら、貴方の補佐をしていたアキは?」
可愛らしい少年のような見た目のアキを、ユベールはとても気に入っていたように思える。それなのにどうして今更ネムに近付こうとするのか疑問しかない。
「アレは、間違いだったんだ!! 探していた君に似ていたから、……いや全然似ていなかった!! 中身も酷い嘘つきだ!!」
顔を歪めたユベールが怒りを顕にした。激昂して叫んでいる時、アレクサンドラがネムの手を握り、小さく頷く。視線で促された先には、ラウリや警備兵の姿があった。物陰に隠れて機会を伺っているようだ。
(ならこのまま、会話を引き延ばさないと……)
口下手なネムにそれができるのかはわからないが。ユベールはネムと話しているのだから、やるしかない。
「どうして、僕を探していたんです?」
ネムの質問にユベールは顔を上げた。そして剣を握っていない方の手を、ネムへと伸ばした。
「子供の頃、一緒に過ごしただろう」
「ユベール王子殿下とはお会いした覚えがありません」
ネムの一番古い記憶、両親と過ごした村には王族なんてやってこなかったし、獅子の獣人の子供なんていなかった。
しかしユベールは首を横に振ると、ネムの言葉を否定した。
「毎日のように会って遊んでただろう、村の外れの木のところで」
言われて、ネムは子供の頃の苦い思い出に顔を顰めた。
(あの子がユベール王子……!?)
だから王宮で見かける度に、どことなく怖かったのかと納得した。じくじくとした痛みがネムの心をずっと苛む原因。
「私はずっと君に会いたくて……」
「ま、また、虐めるんですか?」
思わず上擦った声で言ってしまった。情けないと思うが、それでもやはり、嫌なものは嫌だ。
「あの子には、もう会いたくなかったのに……」
青ざめた表情のネムが放った言葉に、ユベール王子が目を丸くする。どうしてとわかっていない様子だった。ネムとしてはなぜそんな顔をするのかの方がわからない。
「そんな、その。あの時は子供で、態度も悪かったもしれないけど。これからはどうか……」
これからなんてないと、ネムは激しく拒絶する。
「酷いことしか言わなかった! 意地悪ばかりで、だから、……思い出したくもない!!」
「……ネム! こっちへ来てちゃんと話をしよう!! 誤解が解ければ君も……」
ユベールがネムの方へ寄ろうとした時、注意が反れた。その隙に乗じてラウリがユベールの足元へ滑り込み、払うように蹴った。バランスを崩したユベールを、他の警備兵たちが取り押さえようとしたが。ユベールは剣を振り回し、警備兵たちから距離をとった。
「邪魔を、……するな!!」
ユベールが思い切り剣を振るった瞬間。炎の塊が現れる。
「危ない!」
アレクサンドラがネムを庇い床に伏せた。ラウリや警備兵たちは、襲いくる炎の塊を避けてはいるが、部屋の中はめちゃくちゃになってしまう。
一体どうしたら、そう思った時だった。
──アレクサンドラの耳が、ぴくりと動いた。
低く唸るような音がして、屋敷全体が揺れている。
「雪崩だわ!! 家の奥へ……っ」
最後まで言い終わる前に、半壊しかけている部屋に雪が入り込んできて。
あっという間にユベールを飲み込んで、それからアレクサンドラとネムへと襲いかかってくる。部屋の中にはラウリや警備兵もいるのに、逃げる時間なんてない。
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