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肉塊
マイトがブラックシールドに残り、ディアスを殺すという選択肢を完全に放棄してから、一週間が経過した。
漆黒の戦艦の最深部、ディアスの私室は、外界の喧騒から隔絶された「甘美な腐敗の楽園」と化していた。
かつて激しい憎悪を滾らせた殺意の気配は消え、そこにあるのはただ、所有者と所有物による、怠惰な蜜月の時間だけだ。
贅を尽くした絹のベッドの上、マイトは骨抜きにされた獲物のように気怠げに横たわっている。
右腕はあの日の衝撃で砕かれたまま、いまだ癒やされることなく力なくシーツに投げ出されていた。
感覚のない肉の塊。五指はピクリとも動かず、ただの無機質な飾りと化している。だが、マイトはその不自由さを呪うどころか、完全に怠惰の理由の一部として享受していた。
「ディアス、お腹すいた。なんか食わせて」
ふわりと部屋に入ってきたディアスに向け、マイトは自由な左腕を無防備に伸ばし、雛鳥のように無邪気な様子で能天気に呟く。
「自分で動かさなくていいから、ディアスに全部やってもらえる。……ああ、最高だな」
そんな恐ろしいほどの怠惰な思考が、マイトの脳内で当然の権利として確立されていた。
首領としての誇りや重荷など、最初から存在しなかったかのように、彼はディアスの寵愛という名の毒を、ただ貪欲に啜り続けている。
ディアスはふっと目を細め、ベッドの端に深々と腰を下ろす。
銀の器から甘く熟した果実をひと房摘むと、マイトの濡れた唇へと優雅に運んだ。それを食んだマイトは、ふやけたような幸福な表情で、ディアスの膝に頭を乗せて甘える。
「……ねえ、ディアス。これからどこに行くンだよ」
「どこへでも。君がオレの腕の中にいる限り、この船の行き先などどこでも同じことだろう。気になるのか?」
「いや。まあ、そっか。まぁ、どこでもいっか」
マイトはあっけらかんと笑った。
宇宙を駆けた誇りも、仲間の命も、ディアスを激しく拒絶した拒絶感も、すべて「まぁ、みんな生きてるし問題ない」の一言で思考の彼方へ放り捨てた。
彼は今、ディアスの手のひらで転がされるだけの、完成された愛玩動物だ。
ディアスは、そんなマイトのだらりと垂れ下がった右腕を弄ぶように持ち上げた。
冷たく、自らの意志を喪失した肉の塊。ディアスはポケットから繊細な黄金の鎖を取り出し、マイトの動かない右の手首に幾重にも巻き付けていく。留め金を外せないよう、自らの指先で執拗に締め上げた。
「……ん? なにこれ、綺麗」
マイトは左手でその黄金の鎖を弄びながら、嬉しそうに目を輝かせる。
「オレの所有物であるという、永遠の証さ。君にはもう、武器も重いスパナとかを持つ必要などないのだから」
「あはは、確かに。利き手じゃない片手じゃうまく持てないしな」
マイトは声を立てて笑い、その動かない右腕の鎖をディアスの頬に艶かしくすり寄せた。金属の冷たさとマイトの熱い体温が、ディアスの肌に混ざり合う。
ディアスは、そのあまりの従順さと脳天気さに、ぞくぞくとするような狂おしい愛おしさを覚えていた。
どれほど蹂躙し、手首を砕き突きつけても、この男はすべてを「愛」という雑な快楽で塗り潰し、無邪気に笑ってみせる。
絶望させることすら拒絶するマイトの圧倒的な「陽」の性質に、支配者であるはずのディアスの方が、一生抜け出せない底なしの沼に引きずり込まれているのだ。
「……マイト。オレを殺したかったあの日のことを、覚えているかい?」
マイトは一瞬動きを止め、軽く肩をそびやかせて口にすることを止めたのか、首を横に振る。
「うーん……なんかそんなこともあった気がするけど、忘れちゃった。そんなことより、ディアス、キスして」
マイトは自由な左腕でディアスの首を抱き寄せ、自ら唇を強だる。
殺意も、誇りも、憎悪の意識も、すべてはディアスの腕の中で得られる極上の快楽の前に霧散した。
ディアスは応じるように、マイトの唇を深く、貪るように塞ぐ。
二人の身体が重なり合うたび、だらりと垂れた右腕の黄金が、鈴の音のようにシャラリと微かな音を立てて揺れた。それは復讐の完全なる終焉であり、歪んだ楽園の完成を告げる音色だった。
マイトはもう、面倒なことは何も考えないことにしていた。
与えられる快感に身を委ねる方が楽しいはずだと考えることにしたのだった。
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