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第91話 僕らの居場所
僕とレオンが真の番になった翌日。
僕たちはこれからのことについて、ゆっくりと話し合った。
まず、レオンが新しい護衛役を探していた本当の理由を聞かされた。
レオンは『ともしびの宿』で働き始めた時から、自分がいなくなった時のために後任の護衛を探していたのだという。
「どうしてそんなことをしたの?」
僕が詰め寄ると、レオンは少し困ったように苦笑いを浮かべた。
僕とエリアスさんが、本能で引き寄せ合う『運命の番』だと察していたから……。
いつ自分が僕の前から立ち去っても困らないように、人知れず準備を進めていたのだと。
「二度と、勝手に僕の未来を決めないで」
僕が強く釘を刺すと、レオンは申し訳なさそうに、けれど深く頷いた。
「ああ……もう二度と、そんな愚かな真似はしない」
その言葉を聞いて、僕も満足して頷く。
もう、レオン一人に僕たちの未来を背負わせたりはしない。
これからは二人で傷を分かち合い、二人で決めていく。
それこそが、僕たちの勝ち取った未来なのだから。
そして、これからの暮らしについても話し合った。
この『ともしびの宿』は、本当に温かく素晴らしい場所だ。
マーサさんも、リアーナちゃんも、エリアスさんもいる。僕たちにとって、かけがえのない大切なホームになった。
けれど、ここには僕たちの大切な家族であるネロやラルゴを連れてくることはできない。
だから——。
「よし、これで完璧!」
少ない二人分の荷物を鞄に詰め込み、忘れ物がないか部屋を見渡した。
振り返れば、短い期間だった。
それなのに、この部屋には溢れんばかりの思い出が詰まっている。
この宿に来て、マーサさんやリアーナちゃん、エリアスさんと出会った。
ここは、僕の運命を根底から変えてくれた場所だ。
もしここへ来なければ、僕とレオンの間には今も冷たい隠し事が残っていたかもしれない。
僕自身も、傷つくことから逃げ続けていたかもしれない。
本当に僕が求めていた愛を見つけられたのは、ここでみんなに出会えたからなのだと思う。
「行こうか、シリエル」
レオンが二人分の重い荷物を軽々と持ち上げる。
「うん!」
僕は最後にもう一度だけ愛おしい部屋を見渡してから、レオンの隣へと並んだ。
扉を開け、静かな廊下へ出る。
「あ! シリエルさん、レオンさん!」
明るい声に振り向くと、大きな旅用鞄を担いだエリアスさんと目が合った。
「エリアスさん、その大きな荷物って……もしかして、旅に出られるんですか?」
「ええ、そうなんです」
エリアスさんが爽やかな笑みを浮かべ、僕たちの元へ駆け寄ってくる。
「俺、『運命の番』を探す旅を続けようと思って」
その言葉を聞いた瞬間、レオンの眉がピクリと跳ね上がった。
そして素早い動作で、僕をさっと自分の背後へ隠してしまう。
「レオンさん、そんなに警戒しないでくださいよ〜」
エリアスさんが参ったなというように苦笑しながら頭を掻いた。
「『運命の番』っていうのは本能で決まっていて、アルファである俺は、その人と番になって幸せにする義務があるって……ずっとそう思い込んでいたんです」
一度言葉を切り、エリアスさんは僕とレオンをまっすぐに見つめた。
「でも、シリエルさんとレオンさんに出会って、その考えは間違いなんだって気づかされました」
「僕たちと出会って……ですか?」
「はい」
エリアスさんは、どこか吹っ切れたように穏やかに微笑む。
「番になるっていうのは、相手を幸せにする『義務』じゃない。自分がこれから先の人生を、共に歩みたいと心から望む人と結ばれることなんだって」
彼の紡ぐ言葉が、胸の奥へじんわりと温かく染み込んでいく。
「だから俺も、お二人のように本能を超えて心から愛し合える人に出会えるまで、諦めずに旅を続けようと思います」
遠くを見つめるエリアスさんの横顔は、雲一つない秋空のように晴れやかだった。
その瞳の奥には、まだ見ぬいつか巡り会う『誰か』の姿が映っているのだろうか。
僕には分からない。
けれど……。
彼ならきっと、世界で一番大好きな人を見つけ出せる。
そんな確信が持てた。
「シリエルさん」
「はい?」
「いつか僕が運命の番と出会って結ばれたら……その時は、僕と俺の番に会ってくれますか?」
まっすぐな瞳で見つめられる。
「もちろんです!」
僕は弾けるような笑顔で、右手を差し出した。
「絶対ですよ!」
エリアスさんは一瞬だけ僕の手を眩しそうに見つめると、ふっと笑って、その手を力強く握り返した。
「必ず」
ゆっくりと手が離れる。
「それでは、レオンさん、シリエルさん。どうかお元気で!」
エリアスさんは爽やかに振り返り、背中を向けて宿を出ていった。
「……行っちゃったね」
廊下の窓から、エリアスさんの背中が見えなくなるまで見送る。
……と、その時だった。
突然、視界がぐらりと揺れ、僕の身体がふわりと宙に浮いた。
「えっ……!? わっ!」
気づけば、僕はレオンのお姫様抱っこの腕の中に収まっていた。
「ど、どうしたの急に……?」
「……」
レオンは何も答えない。
ただ、僕の顔や首元、呼吸の乱れや身体の様子に異変がないか、ものすごい真剣な目つきでじっと確認している。
「ねぇ、レオン」
嫌な予感がして、僕はレオンの大きな頬を両手で包み込んだ。
「もしかして……僕にまたヒートが来てないか、疑ってる?」
「……」
レオンが気まずそうに、そっと目を逸らした。
(やっぱり……っ!)
可笑しさと呆れが混ざり合い、思わず深いため息が漏れる。
「あのね、レオン」
僕はレオンの頬をそっと撫でた。
「僕の番は、世界でたった一人、レオンだけだよ」
「……でも」
「僕が、レオン以外の男の人でヒートになると思ってるの?」
レオンが気まずそうに黙り込む。
「だって……エリアスはアルファで……」
「『だって』じゃない」
僕は堪えきれずに、ふふっと笑ってしまった。
少し前までの僕なら、こんなふうに冗談めかして言えなかった。
傷つくのが怖くて、捨てられるのが怖くて、ただレオンの後ろをついていくことしかできなかった。
でも、今は違う。
僕は自分で選び、自分の足で立ち、自分の言葉で伝えている。
レオンと一緒に、永遠に生きていくのだと。
「僕は、レオンがいいの。本能が誰を選ぼうと……僕の心が選ぶのは、永遠にレオンだけ」
今度こそ、一度も揺らぐことなく、まっすぐに彼のアンバーの瞳を見つめて言えた。
「シリエル……っ」
レオンの瞳が愛おしさに揺れ、僕を抱きしめる腕に痛いほどの力がこもる。
「一生……逃がさないからな」
「うん。逃げるつもりなんて、最初からないよ」
重ね合わせた唇から、あたたかな体温が伝わってくる。
僕たちはきっと、これからも不器用で、何度も立ち止まるかもしれない。
けれど、もう二度と離れることはない。
「さぁ、帰ろう。僕たちの帰りを待ってくれている、あの村へ」
ネロとラルゴが待っている。
カレンちゃんも、ヘイワードさんも、ベイカー夫妻も待っている。
僕にはもう、帰りたい場所がある。
そして……一緒に帰りたい人がいる。
解けない愛の誓いを胸に、僕は愛しい彼の首に腕を回した。
そして、新しく始まる僕たちの未来へと、一歩を踏み出した。
(終わり)
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