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*終章
南に海原を擁する国・ヴェルミエ国には、かつて王宮が直轄 する後宮が置かれていた。国中の美男美女が集められ、若き王オーギュストの周りに侍らせられていたという。
父王レオポルドはオーギュスト振舞いを嘆き苦言を呈するも一向に改善されることはなく、政務に支障をきたさない有能さでオーギュストの奔放な振舞いは続いていた。
しかしとある伯爵家から召し上げられた愛妾が公爵と恋に落ち、オーギュストに真の愛の姿を示したことでオーギュストは自らの行いを反省し、じきに後宮を廃したと言われている。
そうして恋に落ちた侯爵と愛妾は、いまヴェルミエ国の西の果ての寒村で静かに暮らしているという――
実りの秋を迎えた西の伯爵領・エスポワールのブドウ園から、伸びやかな歌声が聞こえる。摘み取られたばかりのブドウは大きな樽に集められ、村の者たちが総出でワイン造りを行っているようだ。
その中に、栗色の髪に美しく大きな緑の目をした愛らしい顔立ちの男性が、楽しそうに歌いながらワインを作っている。歌はこの国に古くから伝わる愛の歌だ。
「リュカ様の歌声はいつ聞いてもお美しいねぇ」
「これならきっと今年のワインも美味しくできるだろうなぁ」
リュカと呼ばれたその彼の歌声を聞きながら村人たちは嬉しそうに囁き、リュカの歌声に合わせてワイン造りに励んでいる。
足の先までブドウ色に染め上げながら作るワインは、ヴェルミエ国の中でも屈指の名産とされているらしく、近々王城にも献上されるだろうという話だ。
「みんな、精が出ているようだな」
歌声に合わせてワイン造りをしている中に、ひと際大きく澄んだ声が響き渡る。誰もが手を止めて振り返りその声の主を仰ぎ見る中、一つの影が飛び出して駆け寄っていく。
駆け寄っていったその影を、その人はきつく抱き留めたかと思うと、頬にやさしく口付けを落とす。口付けを受けた頬は、リンゴよりも赤く染まって微笑む。
「アルベール様!」
「リュカ、随分と精が出ているな」
アルベールと呼ばれたその彼は、この伯爵領の領主で、十年ほど前に突如王都からやって来た元公爵位の貴族だ。リュカはその彼に付き従う、伴侶のような存在だと皆も知る仲だ。
なんでもアルベールらは、その昔性に奔放で後宮まで作らせて好き放題していた王に意見したことにより、辺境の地であるエスポワールに流されたのだという。
しかし彼らのお陰で後宮は廃され、王は心を入れ替えて政務に励むようになったとも言われている。
アルベールとリュカの関係は領地内で知らぬ者はいないほど睦まじいもので、二人が寄り添い囁き合う姿を見ている村人の表情も優しくほどけている。
「アルベール様、今日は農地の視察だったのではないですか?」
「それはもう終わった。リュカの歌声が聞きたくなったから、早々に切り上げてきたんだ」
アルベールの言葉にリュカの頬がまたポッと染まり、はにかみながら微笑んでうなずく。そこだけがまるで春先の陽だまりのような空気に包まれている。いつだって二人は互いを見つめているだけで幸せな心持になれるのだという。
「アルベール様、今年のブドウはとても質が良いようですよ。触れているとわかります」
「そうか。ならば俺も一つ手伝うとするか」
リュカの言葉にアルベールがそう言ったかと思うと、たちまちに身に着けていたソックスや靴を脱ぎ捨てて裾までまくり上げ、樽の中へ入ってく。リュカに導かれるように手を牽かれ、やがて彼に歌声に合わせるようにワイン造りを始める。
手を取り合って桶によじ登った二人は、やがてリュカが紡ぐ歌声に合わせてブドウを踏みしめていく。変わらぬ愛を誓う歌をつむぐ歌声に、アルベールも嬉しそうに微笑みかける。
やがて周りも歌に合わせて手拍子を始め、リュカの歌声はますますのびやかに響いていく。
しかしその時、リュカの体がよろめいてしまう。あわやワイン樽に浸かってしまうかと思ったその体を、アルベールがやさしく抱き留めていた。
「ああ、もうすっかりワインの香りになっているなリュカ」
「ええ、たくさん造りましたから」
「ならば今夜のあなたの肌はワインのように熟していることだろう」
楽しみだな、と耳打ちされて、リュカは恥ずかしそうに耳の端まで染め上がっていく。そして嬉しそうにうなずいて微笑み、こう返すのだ。
「たくさん味わってくださいね、アルベール様」
もちろんだと言わんばかりにアルベールはうなずき、リュカの手を取りワインづくりに励む。
手を繋ぎ、向かい合ってワイン造りを行っている二人の様子を、村人があたたかい目で見つめ、やがて周りの樽の者たちも作業を再開し始める。
「今年のワインはきっと良いものになりますね、アルベール様」
「ああ、そうだな、リュカ」
微笑み囁き合いながら互いを見つめる二人は、やがて距離をなくしていき、そっと今度は触れ合うばかりの口付けを交わす。二人からあふれ出るような愛情は、きっとこの領地のワインを美味にしていくことだろう。
そうして再び始まったワイン造りは、軽やかな歌声と共に秋の日を浴びながら長く途切れることなく続いてく。
それはまるで光の饗宴 のように美しく、人々は恵みに感謝するように歌い踊るのだった。
(終)
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