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第1話 未確定

 病院の診察室で検査結果を手にする高坂(こうさか)を前に、千歳(ちとせ)は期待を胸に抱きながらその言葉を待っていた。  十歳の頃から受けるようになったこの検査も、もうこれで何度目になるのだろう。    ――今度こそ……。    ずっとそう願ってきたけれど、高坂の表情を見れば今回も望みは薄いことがわかってしまう。 「数値は低いままだけど、やっぱりΩ因子はまだちょっと残ってるね」 「まただめかぁ」  千歳はため息をつきながら、がっくりと肩を落とした。  α、β、Ωからなる二次性は、本来なら十歳で受ける血液検査で確定する。  世界のヒエラルキーの頂点に立ち、容姿も頭脳も優れた人が多いα。  いわゆる普通の人で、人口で最も多いβ。  そして、男女ともに妊娠可能なΩ。  家族も、友人も、みんなそのどれかに分類されている。  でも、千歳だけは違った。 『現時点では確定できない』  ――β因子とΩ因子の両方を持ち、現時点では限りなくβ性に近いが、今後のフェロモン値によってはΩとなる可能性がある。  それが、千歳に告げられた診断結果だった。  両親ともにβである千歳は、当然自分もβだと信じて疑わなかった。  それなのに、なぜか自分の中にあるΩ因子。  当時はよくわからなかったけれど、成長するにつれ、自分の曖昧な二次性に漠然とした不安を感じるようになった。  現在ではフェロモンを抑制する薬がかなり改良され、法律の整備や教育によってΩ性への差別意識も若年層ではほぼなくなり、社会的地位も向上している。  それでも、Ωとして生きることが”普通”より難しいことには変わりない。  千歳は両親のように”普通”に生きていきたかった。  だから「きっとこのままなら、高校生くらいまでにはβ性に確定するよ」という医師の言葉を信じて、三カ月に一度の二次性検査を受け続けていたのだけれど。  結局、高校三年生になった今もまだ『未確定』のままだ。  もちろん、これまでに何も変化がなかったわけではない。  中学三年生になった頃、千歳は初めてのヒートを迎えた。  とはいえ、検査してようやく気付いた程度の至極軽いもので、少し熱っぽいだけで普通に生活できていたし、何人かいるαの友人だって誰も反応しなかった。しかも、その熱すらも念のため飲んだ弱い抑制剤であっさりと下がったのだ。  だから千歳は普段、βとして生活をしている。 「高校を卒業するまでには確定しますか……」 「う~ん、千歳くんの状態は本当に珍しいからね。何とも言えないけど、このまま数値が増えなければよっぽど大丈夫だと思うよ」 「今後急にΩ因子が増えることとかあります?」  千歳としてはそれが一番怖い。このままβとして生きることが千歳の望みなのだ。 「そうだなぁ。運命の(つがい)に出会ったりしない限りは大丈夫だと思うよ」  αとΩの間だけに成立する、“番”という関係性。  その中でも、出会った瞬間から強烈にひかれあう“運命の番”というものが存在する。  過去にはロマンティックな話として憧れの対象となっていたが、現代医学ではざっくりいうと、“遺伝子的に格別に相性がいい相手”だということがわかっている。  “運命の番”が相手では、抑制剤も効かず、目が合っただけでヒートが起こる、なんてまことしやかに囁かれているが、そもそも出会う確率が相当低い。ほとんど都市伝説レベル。千歳からしても物語の世界だった。 「じゃー大丈夫ですかね」 「そうだね。僕も今までに“運命の番”なんて、一組しか見たことないよ」  高坂自身はβだが、医師として『Ω外来』を専門としており、Ω性の研究者として名を馳せている。その高坂が一組しか見たことないというのであれば、確率の低さにも信ぴょう性が増すというもの。  だから、千歳は信じていた。そんな事は起こりえないと。自分には関係のないことなのだと。  あの日、『彼』に会うまでは――。

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