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7章(3)

「好きだよ」 一瞬、ノアは何を言われたのかわからなかった。 夜と朝の狭間にあるこの薄明りの中で、アルフレッドのその言葉だけがぽつんとノアのすぐ目の前に落ちてきた。 これまでもアルフレッドがこの類の言葉をくれたことはあった。けれど、いつも何かの行為の最中だったような気がした。 肌を撫でる時、抱きしめる時、好意を問うてくる時。 今のように何の前置きもなく、何かの途中でもなく、ただ一つの言葉として落とされたのは、初めてのように思えた。 「───」 嬉しいと思った。アルフレッドから好きだと言葉にされる度にどうしようもなく嬉しくなる。 撫でられながらでも、抱きしめられながらでも、口づけの間でも、いつでも嬉しかった。今貰えたその言葉も、嬉しかった。 「ぼく、」 続きの言葉が喉の辺りでつっかえた。 それがよくわからなくて、ノアがほんの少し戸惑ったようにもう一度息を吸おうとした唇に、アルフレッドの指が押し当てられた。それから、二秒もしないうちにその指を退けて、唇が重なった。 短い口付けだった。 下腹の底から熱い何かを引きずり出されるような、くすぐられるような深さではなく、体温を分かち合うようなものだった。寝衣越しに伝わる体温も、吐息の熱さも、いつもと変わらないというのに、いつもよりももっと近いような気もした。 言いかけた言葉はそのまま形にならず、唇の内側に留まったままどこにも出口がなくなってしまう。何故そこで遮られたのかわからなかったものの、ノアが言い切れずにいる何かに、アルフレッドの手が思考よりも先に触れているようだった。 「支度をする」 ほんの僅かな間の口づけが解かれてからすぐに、アルフレッドは普段の声で短くそう口にした。 唇が触れていた時間よりも、普段の声へ戻るまでの方が短かった。いつもより近くなった気がしたものは、すぐ元の距離へと戻っていった。 「レティシアが来る。準備を手伝ってもらえ」 「うん……」 「今日は、俺もレティシアも、アレンもシエルも全員が離れる。だが、皇帝陛下直属の守衛がお前の傍に待機する。良い子にしていろ」 ノアが頷くのを見るよりも早く、アルフレッドは寝室の扉へと向かっていた。その遠ざかる背中に何かを言いたかったのに、言葉は何も浮かんでこなかった。 扉が静かに閉まる音だけをノアは寝台の上から聞いて、それから自分の頬に指を添わせる。 頬には、アルフレッドが触れた感触がまだ残っているようだった。首筋にも、肩にも。冷たくならずに、彼の体温がほんのりと残り続けているようだった。 (──ぼくも、) 言えなかった言葉が今も何故か口の中に残っている。どうして、言えなかったのだろう。 答えを出せないまま、ノアは寝台から下りて水差しから杯に少しだけ水を注ぎ、乾いた喉を潤した。 廊下で足音が聞こえ始めた頃、顔を洗い、綺麗な白いリボンを自分の両手で結んだ。

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