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スランプ01

 昨年の12月6日。僕は失恋した。  相手は行きつけのカフェのオーナーである湊斗くん。  カフェはアトリエから近くて、仕事の合間の休憩にコーヒーを飲みたくなると通っていた。そして2年前の彼の誕生日に告白をしたところ、学生の頃に付き合っていた恋人と今も別れたわけではないこと、そして今も好きなことを聞いた。そう、その時点で失恋しているのだけど、僕は諦められなかった。理由は僕という人間を知った上でフラれるのは仕方ないけれど、名前しか知らないと、それだけでフラれるのは諦めがつかなかった。そこでお試しで付き合うことを提案したら、不承不承OKされた。というか、通した。そして僕と湊斗くんは”お試し”の恋人になった。そして僕たちは食事に行ったり、動物園に行ったりとデートを重ねた。それはお試しではあるけれど、僕は幸せだった。でも、所詮はお試しだった。  昨年の12月6日。湊斗くんの誕生日。食事をしようと約束をして、お店の終わる21時にお店まで迎えに行くことにしていた。21時を少し回った頃、僕はお店へと向かった。そして、そこで僕が目にしたものは、湊斗くんが背が高くて陽に焼けた青年に抱きしめられているところだった。その場面を見て僕はわかった。湊斗くんを抱きしめていた青年は、湊斗くんが学生時代に付き合っていた彼だろう。プロサッカー選手になるために日本に湊斗くんを残していった彼。そうか。湊斗くんの誕生日に迎えに来たのか。  カランカラン。  お店のドアベルの音に僕が来たのが湊斗くんはわかったらしい。 「優馬さん……」  僕はなんて言えばいいのかわからなかった。だから一言だけ告げた。 「幸せにね」  そして僕はその日、行きつけのバーで飲んだ。失恋だ。でも、失恋と言っても初めに失恋してはいる。ただ、その後付き合ったとは言っても所詮は”お試し”だ。それで良ければ正式に付き合うことになっただろうけれど、そうでなければ再度失恋するだけのことだった。でも、まさかほんとの恋人がドイツから帰国するなんて……。  選手を引退することを決めたら、誕生日に迎えに来ると恋人と約束していたと聞いている。だから引退を決めて湊斗くんを迎えに来たのだろう。彼に抱きしめられている湊斗くんは泣いていた。だけど、僕も泣きたかった。でも、いい歳した男が泣くわけにはいかない。だから我慢をした。  そして失恋した僕は服をデザインできなくなった。契約しているブランドの服をデザインしなくてはいけないのに、デザインできない。もう使いまわしたデザインばかりで目新しさがない。ただ流行だけはわかっているから、それをプラスして新作とした。そんないい加減な仕事を自分がしているなんて考えたくもなかったけれど、アイデアが浮かばないのだから仕方がない。それに、いつもなら新作を考えているときは楽しい。なのに僕は楽しいと感じることができなくなっていた。子供の頃に服飾に関心を持ち、それ以来、服のことを考えているときがなによりも楽しかった。なのに、楽しいと感じられないなんて。だからアイデアが浮かばないのも当然かもしれない。  俗にいうスランプというものに初めて陥り、僕は焦った。まず服をデザインする前に他のブランドの服を片っ端から見て回った。僕が請け負っているブランドの他のデザイナーの服はもちろんのこと、他店もハイブランドからファストファッションまで。街でたくさんの服を見た。けれど、全然アイデアは浮かばないし、楽しいとも感じない。このままではデザイナーとしてやっていけない。そんな焦りを感じて、ファッションに関わろうとした原点であるドレスを作ろうと決めた。売り物ではない。ただ、自分が作りたいと思うものを作る。それでファッションに対して楽しさを少しでも感じられたらいい。それでももしダメなようならデザイナーをやめるようになるのだろうか。流行は知っているから、そこそこのデザインはできるだろう。でも、作っていて楽しくないし、そこに吉澤優馬はいない。それはデザイナーと言えるのだろうか。いや、その後のことはまた後で考えよう。まずはドレスを作ろう。  一口にドレスと言っても様々だ。そのドレスの中でも僕が好きなのは19世紀のクリノリン時代とバッスル時代が好きだ。クリノリン時代はドーム状に大きく広がったスカートが特徴で、これぞドレスといったデザインで今もウエディングドレスでよく見かける。そしてバッスル時代はそれとは異なり、正面から見ると、スカートは多少のデザインがあるだけであまり派手さもおしゃれさも見えない。バッスル時代のドレスのおしゃれさは後ろ姿にある。腰の辺りを高く膨らませ、ドレーン、フリル、リボン、レース、そしてドレープ。これでもかというほど盛り盛りにデザインしたものだ。このバッスル時代のドレスは日本では鹿鳴館の時代に着られたもので、日本人にも馴染みのあるデザインだ。  クリノリンは楽しいだろう。でもほんとに楽しいのはデザインを盛り盛りにできるバッスルスタイルではないだろうか。自分らしさをデザインできる楽しさがある。それなら僕ならではのバッスルスタイルのドレスを作ろう。なにもないゼロから、どこへも出さない服を作るのなんて学生のとき以来だ。これでデザイナー吉澤優馬を取り戻したいと僕は切に願った。

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