14 / 24
過去04
吉澤さんがパリ行きに即座に返事をしないのはわかっている。失恋した相手との思い出があるから。その思い出はきっと楽しいものだったんだろう。だからその分簡単には頷けないんだろう。でも、いくら探しても見つからないレース。レースの種類だけはたくさん集めた。けれど”これだ!”というものが見つからない。他の店でもレースを探したというからほんとにたくさんの種類を見ている。それなのに見つからないレース。そして気づいた。このままではきっとレースは見つからない。見つからないのはレースのデザインじゃなくて、きっと心の中にあるなにかだ。それがなにかは俺にはわからない。いや、見つからないんじゃなくて、余計なものを抱え込んでいるからなのか。その辺はよくわからない。ただわかっていることは今のままでは前へ進めないということだけだ。それにはレースがたくさんあって、刺激を受けられる街と考えてパリがいいと思った。だから誘った。
吉澤さんが思い出として抱えているのは、パリの中でもモンマルトルだ。そう。今回誘ったのがまさしくモンマルトルだ。失恋した相手はカフェのオーナーだと言うから、きっと2人でモンマルトルのカフェでコーヒーを飲んだりしたのだろう。それこそ、たくさんの思い出があるかもしれない。それがなぜだか面白くなかった。いや、失恋相手との思い出があって行くのに躊躇してしまうのなんて当たり前だろう。もし俺が吉澤さんの立場ならきっとモンマルトルへ行くのは怖いと言うと思う。だから吉澤さんが渋るのは当たり前だと思ってる。それは間違いない。ただ面白くないだけだ。だから言った。1人でも行くけど、一緒なら嬉しいと。そう。もし、吉澤さんが断ってきても俺は吉澤さんのレースをパリで探す。もちろん、そのためだけに行くわけじゃないけど、それでも優先順位は上であることに間違いはない。
「……少しだけ、考えさせて貰ってもいいですか?」
そう吉澤さんは言ったんだ。即断ることだってあるだろう。そう思っていた。でも、返事は「考えさせて欲しい」ということだ。それはつまり、一緒に行ける可能性があるということだ。それならいい返事を待とう。そう思って返事を待っていた。パリ行きの支度をしながら。
仕入れるのは重厚感のある生地。いつも仕入れているものもあるけれど、冬の季節にぴったりな重みのある生地を探したい。そしてレース。吉澤さんのためのレースもあるけれど、たくさんあって困ることはないから仕入れておきたい。それと、今回は蚤の市にも行きたい。蚤の市は面白い。普通のお店では見つからないようなアンティークのものが見つかるから。以前は蚤の市でアンティークなボタンを見つけた。問屋と違って、再度仕入れるということはできない。そのときにしか買えないんだ。だからそこで見つかったらすごい縁だ。そして見つかったのなら手を離してはダメだ。ただ、今回の吉澤さんの探しているレースだと蚤の市では少し短いんじゃないかと思っている。それでもパリのレース専門店の店主に事前に話しておけばアンティークなレースを用意しておいてくれるだろう。そう思って支度の傍らその店主にアンティークのレースを探しているとメールを送っておいた。きっと、これでこれだ! と思えるレースに出会える確率は高くなった。
パリに行くのならそろそろ航空券を購入しなくてはいけない。けれど吉澤さんからのメッセージはない。やっぱり無理か……。そう思うと思わず重いため息をついてしまう。仕方がない。失恋相手との思い出のある街に行けるほど昔の話しではないのだから。だけど、吉澤さんの心の中にいるその人のことを考えると面白くない。
「パリ行きの航空券は取ったのか?」
お客さんのいない店内で座って吉澤さんのことを考えていると後ろから親父の声が聞こえた。吉澤さんの知っている前・店主だ。
「いや。まだ。でもそろそろ取らないとな、とは思ってる」
「パリの取引のある店には連絡したんだろう」
「した。今は吉澤さん待ち」
「ああ、あのやたらイケメンなデザイナーさんか」
「そう。まだレースが決まらないから」
「そうか。でもパリでなら決まるかもしれないな。アンティークレースなら日本の比じゃない」
「だよな」
ほら、親父もそう思ってる。そんな風に親父と話しているとスマホの着信音が聞こえた。スマホを見ると吉澤さんからのメッセージだった。この返事がどうであれ、このメッセージを読んだら航空券を取ろう。そう決めた。そして心の準備をするのに1度大きく息を吸ってからメッセージを開く。そこにはYESの返事があった。
『パリ行き。同行させてください』
その言葉に俺はガッツポーズを取る。
「なんだ。どうした」
そうだ。親父がいるの忘れてた。
「いや。吉澤さん、行くって」
「そうか。いいものが見つかるといいな」
吉澤さんのドレスが完成するのを待っているのは俺だけじゃない。親父もだ。そんなドレスを完成させる出会いがパリにあるといい。そう考えながら俺はパリ行きのチケットを取った。
ともだちにシェアしよう!

