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再生05
アトリエの中が静まり返る。その中で淳さんが驚いたように目を大きくして、そのまま固まっている。当たり前かもしれない。だって、男から告白されたんだから。気持ち悪がられているかもしれない。湊斗くんに失恋したあとにまたすぐに失恋するのは辛いけど、それでもそんなことを考えて人を好きになるわけじゃない。単に淳さんの隣りは心地がいいんだ。だから好きになってしまった。それだけだ。だけど、返事に困るようなことを言ってしまった。
「ごめんね。返事に困るよね。忘れて下さい。ただ、これからもお店には行くことがあるかもしれない。そのときはよろしくお願いします」
生地の問屋街に行くことは少ない。それでもゼロではないと思うからそう言っておく。
「違う! 違うんです!」
僕の言葉に淳さんが慌てる。違う? 違うってなにが?
「黙ったのはびっくりしたからで……」
いきなり男に告白されたら、それはびっくりするだろう。それのどこが違うのだろう? 淳さんが言いたいことがわからなくて、思わず首を傾げてしまう。
「えっと……。困ったんじゃないんです。吉澤さんが俺と同じ気持ちでいてくれるなんて思わなかったから」
「え? 同じ、気持ち?」
「そうです。吉澤さんの雰囲気が優しいからか、すごく居心地がいいんです。だから、これでドレスのことが終わってしまったけど、ずっと吉澤さんといたいなって思ってて」
「それ、ほんと?」
「ほんとです。だからパリに一緒に行けたのが嬉しくて」
「そんな前から?」
「と言っても気づいたのは最近ですけど。お店で色々な話ししたじゃないですか。そんな時間が心地良かったんです」
淳さんが同じ気持ちでいてくれたのが正直に嬉しい。でも、僕が湊斗くんに失恋したことを話したのって随分と前のことだ。僕が淳さんのことを好きになったのはそのあとだと思うし、自分の気持ちに気づいたのはもっと後だ。でも、淳さんも同じだったとは思わなかった。
「吉澤さんが行かれなくなった場所ってパリだけですか? その人のやっているお店には行かれてますか?」
「え? 行かれて、ない。というかパリから帰国後はずっとここに篭ってたけど」
そうだ。モンマルトルは淳さんと一緒に行って大丈夫になった。でも湊斗くんの店には行ってない。単に時間的余裕がなかったからだけど。
それを淳さんに言うと、なら行きましょうと言う。
「きっと1人でも行かれるようになると思うけど、それでもドアを開けるときとか一瞬怖くなったりすると思うんです。だから一緒に行きませんか? そうしたらパリと同じで、そのあとは1人でも行かれるようになると思うんです。だけど……」
そこまで言ってから言葉を切る。なんだろう? なにかあるんだろうか?
「このコーヒーメーカー、使ってくださいね」
え? 使うって、今日も使ったけれど、と思う。さっきから淳さんの言葉の意味がわからない。湊斗くんの店に一緒に行こうというのはわかる。湊斗くんとの思い出のある僕の定宿の前辺りは1人では歩けなかった。淳さんが一緒にいてくれたから前に進もうと思えたし、前を通ることもできた。だから、湊斗くんの店に淳さんと一緒に行けば、そのあとも1人で行けるようになるだろう。でも、そのこととコーヒーメーカーとどういう関係があるんだろうか。
「あまり1人で行って欲しくないだけです。以前は、コーヒー飲みたくなると行ってたんでしょう? でも、今はコーヒーメーカーがあるから、たまににしてください。すいません。嫉妬です」
嫉妬だと言われて今度は僕が目を丸くする番だった。湊斗くんの店に行ったからってなにがあるわけでもないのに。でも、そう言ってくれることが嬉しくて、そして胸がくすぐったくなる。ああ。でも、もし逆の立場だったら僕もそう思うかもしれない。だから言った。
「全く行かないとは言えないけど、それでも今までのように毎日のようには行かないですよ。コーヒーメーカー買ったしね」
そう言って笑うと、淳さんが明らかにホっとした|表情《かお》をする。
「だったら、今から行きましょう。日曜日だけどやってますかね?」
「やってるよ」
「じゃあ散歩がてら行きましょう。近いんでしょう?」
「うん。でもコーヒー飲んだばかりなのに?」
「どんな人なのかちょっと気になります。コーヒーはゆっくり飲めば。ほら、行きましょう!」
そう淳さんに腕を引かれて立ち上がった。確かに1度淳さんと行けば、そのあとは1人でも行かれる。でも、こんなにせっついてくる淳さんは初めてだ。それだけ湊斗くんのことが気になっているんだろう。
「じゃあ行こうか」
財布とスマホだけを持って席を立つ。淳さんは既に財布だけを持って立っている。コーヒーを飲んだらまたここに戻ってくるということか。そう思うと嬉しかった。まだ今日は一緒にいたかったから。
外へ出て淳さんの隣を歩く。やっぱり淳さんの隣は心地良い。この場所を失わなくて良かったと思う。
「パリコレには行くんですよね?」
急に話が変わる。
「行きます」
「じゃあ俺もそのときに買い付けに行こう。だから、また一緒にパリに行きましょうね」
そう言われて僕は頷いた。うん。また一緒に行こう。1人で行くパリもいいけれど、淳さんと行けばもっと楽しいだろう。いや、淳さんと行けばどこだって楽しいに違いないだろうけれど。
「はい。行きましょう」
僕がそう返事をすると淳さんは明るい笑みを浮かべた。
「あ、雨上がってる。雨のち晴れだ」
まるで僕の心みたいだ。雨のち、恋日和。
END
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