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商売繁盛の神

「ならば……」  貧乏神が意を決したように口を開いた。 「凪さん。湯石をお持ちですよね?」 「湯石? あ、うん、持ってるけど……」 「それを少しだけ僕に貸してもらえませんか?」 「……でも……」 「大丈夫です。すぐにお返しします。癪に障りますが、少々湯玄の力を借りようと思いまして」  貧乏神の言葉に不安を感じた凪がそっと仰ぎ見ると、湯玄が静かに頷く。凪は枕元に置いてある湯石を、そっと貧乏神に手渡した。 「ありがとうございます。湯玄、少しだけ貴方の力をお借りしますよ」  そう呟いた貧乏神が湯石を両手で包み、額に押し当てた時……湯石が眩い光を放つ。光は貧乏神を包み込み、その姿が一瞬凪の視界から消えた。あまりにも眩しい光に目がくらんでしまった凪は、両手で顔を覆う。 「凪、私から離れるな」 「わかった」  そんな凪を庇うかのように湯玄が肩を抱いてくれる。  辺りに暗闇が戻り、静まり返った室内には先程から降り出した雨音が聞こえてきた。 「凪、もう大丈夫だ。目を開けてみろ」 「うん」  凪が恐々と目を開けると、優しい笑みを称えた湯玄がいる。その表情に、一気に肩の力が抜けていった。 「見てみろ。あれが貧乏神の本当の姿だ」 「え? 嘘、だろう……」 「奴の本当の名前は大国主命(おおくにぬしのみこと)。商売繁盛の神とされている」 「商売繁盛? だってあの人は貧乏神じゃ……」 「もともと高貴な神だったが、神力が衰えてしまい元の姿を留めておくことができなくなったんだろう。しかもこの宿には疫病神がいたから、あのじじぃの影響も受けちまったのかもしれないな」 「そっか……それにしても、これじゃあまるで別人だ」  凪の目の前にいる男は、貧乏神の面影は全く残っていなかった。長い前髪を後頭部で綺麗に束ねて、身に着けている着物も美しい黄金色の絹織物に変わっている。 「よかった。湯玄の力を借りてようやく元の姿に戻ることができました」  そう言いながら優しく微笑む姿は、思わず見とれてしまうような整った顔立ちをしていた。 「ちょっと待てよ。神様って、みんな美形なのか?」  思わず唸り声をあげてしまう程の変わり様に、凪は大きく息を吐いた。 「凪さん、改めまして。僕は商売繁盛の神、泰富(やすとみ)と申します」  泰富と名乗った男は丁寧に頭を下げる。彼が動く度に、黒々とした漆のような髪がサラサラと揺れた。見るからに優男の泰富が微笑むと、何とも言えない愛嬌があり、彼が商売の神であることに納得してしまう凪がいる。  泰富は、大事そうに小槌を抱えていた。 「貧乏神の本当の姿って、こんなにも綺麗だったんだな」 「ありがとうございます、凪さん」  泰富はにっこり微笑んだ後、突然凪の両手を握り締める。つい先程までびくびくしていた態度はどこへやら……一気に凪との距離を縮めてきたものだから、思わず身構えてしまった。 「ずっとこうして凪さんとお話してみたいと思っていたし、触れたいと願っていました。その夢がようやく叶い、僕は本当に嬉しいです」 「はぁ……」 「凪さん。もし貴方が僕と結婚してくれるのであれば、この椿屋が商売繁盛するように、この泰富がお力になります」 「え? 本当に?」 「はい。この宿は僕がいる限り、商売繁盛間違いありませんから」

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