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【七、椿屋と神々】照れてなんか…

 椿屋に戻った湯玄を見て、泰富は苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、湯玄はどこ吹く風だ。「なんだ、其方まだここにいたのか?」と火に油を注いでしまう。そんな湯玄に、泰富は今にも掴みかかりそうな勢いだ。  虎徹はそんな湯玄を見て警戒心を剥き出しにしている。 「凪が大事に思っているくらいの人だから、もっと優しそうな人だと思ってたのに!」 「なんだ其方は口の利き方も知らんのか? 座敷童の分際で生意気だな」 「ボクは座敷童じゃない! 赤シャグマだ!」 「なんだ、其方は熊なのか? なんにせよ小童だろう? あまり凪に馴れ馴れしくしないようにな?」 「なんだとぉ⁉」  完全に虎徹を怒らせてしまったのにも気づかず、「私は疲れた。さっさと寝るぞ」と湯玄は無遠慮に凪の部屋へと向かっていく。そんな湯玄を見た虎徹は、更に怒り心頭だ。 「ボク、凪は大好きだけど、あいつは嫌いだ!」 「ごめんな、虎徹。湯玄様はちょっと気が利かないだけなんだ」  凪は虎徹を宥めるように、頭を撫でてやる。  しかし当の湯玄は椿屋に戻って来られたことが嬉しいらしく、ひどく機嫌がいい。その晩は、嫌がる凪を布団に引きずり込み、寄り添って眠ったのだった。  湯玄が椿屋に戻って数日が経ったある朝のこと。  凪が椿屋の玄関の掃除をしていると、「くはぁ」と大きな欠伸をしながら、湯玄が凪の元へとやって来た。湯玄が椿屋に来てからというもの、毎日朝寝坊はするが仕事は真面目にこなしている。  湯玄が椿屋に来てから、遠退いていた客足がまた少しずつ戻りつつある。それというのも「まるで役者のようにいい男が椿屋にいる」と遠くの村にまで噂が広がっているらしい。その「役者のようにいい男」とは湯玄のことなのだが、湯玄を一目見ようと客が押しかけて来るようになったのだ。 「確かに、いい男なんだよなぁ」  凪は湯玄を横目にぽつりと呟く。悔しいが湯玄は本当に綺麗な顔をしている。  それに、凪と湯玄が口付けを交わした日から、湯石が常にじんわりと温かいのだ。湯石を懐に入れておくと、凪の体はどんなに冷たい風が吹いた日でも冷えることなんてない。  そのせいだろうか、湯滝村の真ん中を流れる温泉の湯量も明らかに増えていた。以前のようにもくもくと湯煙をあげながら、村の真ん中を流れていく温泉を見ると凪の心は熱く震える。夢にまで見たその光景に、涙が込み上げてきた。  そんな凪を見た湯玄が背中から凪を羽交い絞めにして、楽しそうに口角を吊り上げる。また厄介なことを思いついたのだろう、と凪は心の中で大きな溜息をついた。 「凪よ、もう一度口付けをするか? もっと温泉が湧き出てくるぞ?」 「はぁ?」 「口付けだけではなく、私と契れば、以前のような源泉を取り戻すことができるかもしれない。だから、ほら口付けをしよう」 「あんた、朝から何言ってんだよ……」 「照れないでこちらを向くがいい。其方を蕩けさせてやるぞ」 「そんなことあるわけ……」 「ふふっ。其方が望めば、絶頂するほどに気持ちいい口付けをしてやろう」 「湯玄、さま……」  湯玄が凪の顎を掴み、そっと顔を寄せてくる。その整った顔立ちに、低く耳障りのいい声。凪は思考回路が麻痺していくのを感じた。  その時、入り口に掛けられた大時計が鳴り響く。ハッとした凪は慌てて湯玄の顔を両手で押しのけた。危ない……寸前のところで、凪は正気を取り戻す。もう少しでこの甘ったるい雰囲気に呑み込まれるところだった。 「何をするのだ? 痛いではないか?」 「痛いじゃねぇよ、この助平神が!」 「其方、それが夫にとる態度か? こんな悪い妻にはお仕置きが必要だな」 「わッ! ちょ、ちょっと待って! おい、離せってば!」  湯玄が馬鹿力で抱きついてくるものだから、凪は必死に逃れようと体を捩る。それでも、自分より体が大きく、筋骨隆々のこの男に凪が敵うはずなんてない。それでも必死に湯玄の腕の中で足掻いていると、椿屋の使用人たちが「あらあら、仲がいいのね」とくすくすと笑いながら通り過ぎていく。 「べ、別に仲良くなんか⁉」 「照れることはなかろう。実際こんなに思い合っているのだから」 「あんたなぁ」  凪は茹蛸のように顔を真っ赤にさせながら、湯玄の腕から逃げ出したのだった。    

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