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椿屋の救世主
椿屋が賑わいを見せる中、湯玄の他に観光客の話題になったものがあった。
凪の父親が、厨房でせっせと働いている泰富にそっと声をかける。湯玄同様、泰富が神様だということを使用人は知るはずもないが、元より穏やかな性格をした泰富は誰からも慕われた。
「泰富様、朝から晩まですみませんね」
「あ、ご主人。体調は大丈夫ですか? 無理はなさらないでくださいね」
「ありがとうございます。今日はあまり体調が良くないので……これで休ませていただきたいと思います。神様を働かせておいて私ごときが休むなんて、本当に面目ない限りです」
「そんなことはありません! 僕はここに住まわせていただいているだけで十分なんですから」
凪の父親はあれ以来、体調がいい日は店に出ることができていたが、長いこと臥せっていたせいか体力がなく、すぐ疲れてしまうようだ。そんな日は横になって療養している。
元々凪の父親が料理長を務めていたため、凪の父親が病に倒れてからというもの、厨房が火の車となってしまっていた。泰富はそんな厨房の救世主となったのだ。
長い黒髪をひとつに結わえて、着物が汚れないようにたすき掛けをした姿で厨房に立つ泰富の姿はとても様になる。
時々つまみ食いをしに厨房を訪れる虎徹に「こらこら」と苦笑いしながらも、できたばかりの料理を虎徹の口に放り込んでやっていた。そんな光景はとても微笑ましい。
「美味い! 泰富様、これ凄く美味しいです!」
「本当かい? それはよかった」
泰富が椿屋に来て看板商品になったものが、稲荷寿司だった。稲荷寿司は元々虎徹のおやつに泰富が作り始めたのだが、客の間でそんな稲荷寿司が評判となり人気商品となったのだ。
近所の豆腐屋が朝早く起きて作った油揚げを、コトコトと甘じょっぱく煮込み、いい塩梅に三杯酢で味付けられた酢飯を油揚げに詰めていく。酢飯には椿屋の裏庭で獲れた柚子が刻んで混ぜられており、胡麻も振りかけられていた。
泰富が作る稲荷寿司は、まるでお手玉のように丸いのが特徴的だ。虎徹が食べやすいようにと小さめに作られたのだが、その可愛らしい見た目も人気の理由である。
稲荷寿司の横には凪の祖母が付けた漬物が添えられ、食べた者は「これは美味しい」と皆目を輝かせていた。
泰富は商売繁盛の神様と呼ばれているがまさにその通りで、彼が椿屋で働き始めてから宿泊客の数が少しずつ増えている。
わざわざ湯玄を見るために訪れる宿泊客もいるのだが……。凪はどんな理由であれ、足を運んでくれる客で賑わう椿屋を見ながら、思わず顔を緩ませる。
なんやかんやで、椿屋は以前のような活気を取り戻しつつあった。
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