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二人で歩く湯祭り

 夜になり神社が賑やかになり始めた頃、凪は湯玄と湯祭りに出掛ける。寒いだの疲れただの不満を隠そうとしない湯玄を祭りに連れ出すのは、本当に骨が折れた。渋々重い腰を上げた湯玄に、凪は大きく息を吐く。 「やっぱり寒いではないか? わざわざ祭りになんて行く必要もないだろう。どんなに盛大に祀られても、今の私には温泉を出す力なんて残ってないぞ」 「でも、出店とか見て回るのは楽しいよ?」 「俺は凪とゆっくり温泉につかった後、其方が作ったお汁粉が食べたいのだ」 「湯玄様、お汁粉気に入ってくれたんだな?」 「あぁ。其方が作ってくれたお汁粉は天下一品だ。だからもう帰ろう」 「我儘言うなよ。そもそも、あんたの為のお祭りだぜ? ちょっとくらい顔を出せよな」 「本当にちょっとだぞ? 少し顔を出したら帰るからな? そしたらお汁粉だぞ」 「あー、はいはい」  凪は思わず吹き出してしまう。神様とはこんなにも駄々を捏ねるものだろうか。少なくとも、泰富や佐之助はいつも礼儀正しくて、威厳に満ち溢れている。あの幼い虎徹でさえ、湯玄よりしっかりしているくらいだ。最近では、虎徹が湯玄の世話を焼く場面もちょくちょく目にする。  ああでもない、こうでもないと文句を言い続ける湯玄の手を引いて、湯花神社に向かう。湯玄の大きな手は筋張っているけれど、とても温かい。自分の後ろを不貞腐れたような顔をしながら歩く湯玄を振り返り、凪は思わず微笑んだ。  湯花神社に向かうまでの道には行燈が並び、暗闇を淡い光で照らしだす。境内のほうからは賑やかなお囃子の音と、村人たちの楽しそうな声が聞こえてきた。  それでも目に見えて源泉の湯量が減り続ける今、湯祭りを訪れる観光客もどんどん減っていく一方だ。このままでは、本当に湯福神社のようにこの神社も廃れてしまうのではないか……と不安になってしまう。  凪が強く湯玄の手を握り締めると「なんだ? 甘えたいのか?」と嬉しそうに顔を綻ばせる。そんな悪ガキのようなところも、今では可愛らしく見えるから不思議だ。 「湯玄様、俺、林檎飴が食べたい。それに金魚掬いもしたいんだ。だから早く行こう」 「林檎飴に金魚掬いだと? 其方は本当に子供のようだなぁ」  どっちが子供だよ……そう言いたいところだが、凪はその言葉を呑み込む。あまりにも幸せそうに笑う湯玄をもっと見ていたいと思ったから。 「夜五つになると花火も始まるから、一緒に見よう。俺のとっておきの場所があるんだ。今まで秘密にしていたけど、湯玄様には特別に教えてやるよ」 「凪……」 「湯祭り、楽しみだな」  凪が湯玄に笑いかけると、湯玄の頬が赤く染まっていく。それから少し怒ったような口調で、「私には関係ないけどな」とそっぽを向いてしまったのだった。    凪は大きな林檎飴を買い、ご機嫌だ。金魚掬いでは残念ながら金魚を一匹も掬うことはできなかったけれど、残念がる凪を見て湯玄は声を出して笑っていた。そんな湯玄の無邪気な姿なんて最近目にしていなかった凪は、それだけで十分気持ちが満たされていくのを感じる。  ――湯玄様を湯祭りに連れてきてよかった。  そう思うと、凪まで嬉しくなってしまった。  村人たちは突然祭りに現れた美青年を見て度肝を抜かれている。村の若い娘からは黄色い悲鳴があがり、祭りの会場が一時騒然となった。 「な、凪、そのお方はどうしたんだ? まるで絵巻物に出てくる神のように美しいではないか?」 「あー、この人は玄さん。家で今、住み込みで働いてもらってるんだ」  村人たちはこの美青年の正体など知るはずもないから、凪は冷や汗をかきながら説明をした。まさか、湯の神である湯玄がこんな所にいるとは想像もつかないだろう。なんだか可笑しくなってしまう。 「凪、玄さん。甘酒はどうですか?」  神社の境内にはたくさんの出店が並び、凪の両親と祖母は無料で甘酒を配っていた。二人の姿を見つけた母親が、嬉しそうにこちらに向かって手を振っている。 「凪、甘酒だそうだ。行こう!」 「あ、ちょっと待ってよ、玄さん」  脇目も触れず両親たちの所へ向かう湯玄を必死に追いかける。  久しぶりに生き生きと働く三人を見て、胸がいっぱいになった。湯玄が椿屋に来て以来、色々なことが良い方向へと進んで行く。そんな光景を見ていると、とても幸せなのに……湯花神社の滝を見ると、一気に夢から現実に引き戻される思いだ。  凪が幼かった頃は、囂々というけたたましい音をたてて流れ落ちていた滝が、今は絹糸のように細くなってしまっている。滝を見ていると、心が張り裂けそうに痛んだ。しかし、それと同時に湯玄のことが心配になってしまう。  このまま無理をして温泉を作り続けたら、湯玄の体は一体どうなってしまうのだろうか? 考えれば考える程不安は募る一方だ。 「やっぱり其方の父親が作る甘酒は実に美味い。体が芯から温まる。どれ、もう一杯もらってこよう」  嬉しそうに舌なめずりをする湯玄を、凪は微笑ましく見つめる。  もしかしたらこの祭りで、湯玄の神力が戻るかもしれない……そんな淡い期待を抱かずにはいられなかった。  その時、耳をつんざくほどの爆音と共に、大輪の菊の花が夜空に打ち上げられた。大輪の花は一瞬大きく花開いて、すぐにキラキラと輝く火の粉に姿を変えてしまう。そのあまりの迫力に凪は目を見開く。火の粉はパチパチという音と共に消えてしまった。  凪が、あ……と思う間もなく、暗闇をもう一筋の明かりが切り裂くように登っていき、破裂する大きな音と共に再び夜空に大輪の菊を咲かせる。 「わぁ! 花火だ!」 「綺麗だなぁ!」   それと同時に、祭りの会場にいた人々が一斉に大声を上げる。そんな人々の顔も、打ち上げられた花火のように輝いて見えた。  冬の澄み切った寒空に、花火はとてもよく映える。次々と打ち上げられる花火に、凪はしばらく言葉を失い見とれてしまう。あまりにも綺麗で、心が震えた。 「あ、玄さんを秘密の場所に連れて行かなくちゃ! 玄さん、俺についてきて!」  ハッと我に返った凪は、甘酒に舌鼓をうつ湯玄の腕を引いて走り出した。  

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