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【十、最後の決戦】湯庵の願い
獅子に咥えられた凪が連れて来られたのは、見覚えのある場所だった。
つい先程まで鼓膜を震わせていた花火の音は一切しない静寂の世界。それが怖くて凪は思わず身震いをした。
「すまない、乱暴なことをして」
獅子はそう言うと、凪を床にそっと下ろす。ここはどこだと暗闇の中、目を凝らすと、そこは湯福神社だった。
冷たい風に乗り、蝋梅の甘い香りが鼻腔を擽る。火鉢も何もない神殿は震えあがるほど寒かった。
「もしかして、あんたは……」
「あぁ、君の察しの通りだ」
獅子が静かに言葉を紡いだ後、凪の視界が真っ白になる。思わず両手で顔を覆い目を瞑ると、辺りは恐ろしい程の静寂に包まれた。
煙が消えた後恐る恐る目を開くと、目の前には眉目秀麗な男が自分に向かって微笑みかけている。男は凪が見知った人物だった。こんなにも美しい男を、忘れるはずなんてないだろう。
「湯庵様、なんでこんな人攫いみたいなことを? 仮にもあんた、神様だろう?」
「人攫い……か。そうだね。僕は最低なことをしてしまったね」
凪の言葉に、湯庵が顔を曇らせる。
一体なぜこんな所に自分を連れてきたのだろうか……凪は湯庵をじっと見つめた。
以前ここで湯玄と口付けを交わした時に溢れ出した源泉の湯は、今はすっかり干上がってしまっている。廃れてきった神社にも関わらず、境内には蝋梅や桃の花が咲き乱れていて、それがかえって寂しさを掻き立てていった。
「実はね、僕も君は夕凪の生まれ変わりではないかと思っていたんだ。だって、君と夕凪はあまりにもそっくりだから」
「もし俺が夕凪だとしたら、なんだって言うんだよ?」
「そうだね、君が夕凪だとしたら……もしくは、夕凪と同等の力を持っているとしたら……。きっとこの村の源泉をもう一度復活させることができるはずだ」
「…………」
「凪。僕はもう一度この湯福神社の源泉を復活させたいんだ。そして福寿村を復興させたいと思っている。ねぇ、凪。この神社の庭を見たことがあるかい?」
湯庵が寂しそうに神社の境内へと視線を移す。その視線の先には干上がった池があり、誰の目を楽しませることのない蝋梅と福寿草が綺麗に花を咲かせていた。
「この村はかつて温泉で溢れ、多くの旅人で賑わっていた。あの干上がった池からは想像できないかもしれないけれど、あそこには湯畑があったんだよ。昼間は日差しを受けキラキラと輝いた温泉が流れ落ちて、夜になると灯篭に照らされた湯畑がとても綺麗だった。僕は、あの光景を忘れることなんてできない」
湯庵が顔を苦痛で歪めながら凪を見つめる。そしてゆっくりと距離を詰めてきたから、凪は思わず全身に力を込めた。
「福寿村を復興させるには、湯石と強力な生力が必要だ。しかし、今の僕に花嫁を捧げてくれる村人なんていない。それどころか、僕は神力が籠められた湯石さえ持っていないんだ」
「だから、なんだって言うんだよ⁉」
嫌な予感が頭をちらついた凪は、湯庵を睨みつける。しかしどんなに虚勢を張ったところで、かすかに震える声のせいで、ただの強がりにしか聞こえないことだろう。凪は思わず後ずさった。
――どこかに扉はないだろうか?
辺りを見渡してみるが、唯一外へと繋がっている扉の前には湯庵が立ち塞がっている。凪がここから逃げ出すことは不可能だ。そんな現実に絶望感を覚える。
「湯玄様、助けて……!」
凪は震える唇で、そっと湯玄の名を呼んだ。
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