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旦那様と花嫁

「なんだ、凪。泣いているのか? 其方は気が強いのか、泣き虫なのかわからないな」 「……ゆげん、さま……」 「泣くな、凪。私は大丈夫だ」  力なく地面に投げ出されていた湯玄の腕が動き、凪の頬を優しく撫でた。疲れ切っているだろうに、懸命に微笑む湯玄の姿に凪の心が熱くなる。  ――よかった、湯玄様は死んでなどいなかった……。  安堵した凪は、意識が遠退いていくのを感じる。そんな凪を見た湯玄が、目を細めて笑った。 「心配するな。神は病や怪我では死なない。それに、其方が生力を分けてくれれば、こんな傷たちまち治ってしまうぞ」 「あんたって人は、こんな時まで……」 「ふふっ。凪、ようやく笑ったな」 「あ……」  あまりにも普段通りの湯玄に凪が呆れ顔をすると、湯玄が声を出して笑いだす。その笑顔に、凪まで嬉しくなってしまった。よかった、湯玄様が笑っている……凪は、もう一度湯玄が生きていることを確かめるように、力いっぱい抱き締めた。 「いいよ。俺の生力を分けてやるよ」 「ん? どういうことだ?」 「だから、抱いてもいいって言ってんの! 恥ずかしいんだから、こんなこと言わせんじゃねぇよ!」  顔に一気に熱が籠ってしまった凪は、照れ隠しに唇を尖らせる。「抱いて欲しい」と素直に言えないけれど、凪にしてみたら精一杯の愛情表現だった。 「確かに俺はあんた程長く生きることはできないけれど、それでも俺の命が尽きるまで、あんたの傍にいるからさ」 「……そうか、わかった。これでようやく、私たちは夫婦になれるんだな」 「あぁ、大事にしてくれよ? 旦那様」 「は?」 「な、なんだよ……」  湯玄がまるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているから、凪は眉を寄せる。今更凪を嫁にすることが嫌だ、と言い始めるのではないかと勘繰ってしまった。 「其方、今、私のことを旦那様と……?」 「ん? あー、言ったかもしれないな」 「おい、もう一度言ってみるんだ! 今度は聞き逃さないよう、ちゃんと聞くから」  湯玄が真剣な顔をしながら凪の手を握り締める。つい先程は勢いで言えたが、いざ「言ってみろ」と言われると恥ずかしくて言えたものではない。かと言って、凪が嫌だと言っても湯玄が引き下がることはないだろう。 「仕方ないか……。湯玄様、耳を貸しな」  凪は大きく息を吐きながら、覚悟を決めた。  こんな深手を負う程必死に戦ってくれた湯玄を思えば、今くらいは素直な花嫁になりたい……凪はそう思ったのだった。 「一生大切にしてな? 旦那様」 「…………」 「な、なんだよ? なんか言えって! 恥ずかしいだろうが⁉」  凪が顔を真っ赤にしながら湯玄を責めたてると、湯玄まで頬を赤らめている。その予想だにしていなかった反応に、凪は度肝を抜かれてしまった。 「どうしたらいいのだろうか……私は今凄く嬉しい。こんなに花嫁を愛おしいと感じたのは生まれて初めてだ」 「湯玄様、そんな大袈裟な……」 「大袈裟などではない。凪、其方を大切にする。一生な」 「ありがとう。すげぇ、嬉しい」  二人で見つめ合うと、なんだか照れくさくて。顔を見合わせて笑った。  それからそっと瞳を閉じて、口付けを交わす。触れ合う湯玄の唇は温かくて、凪の心が熱く震えた。湯玄との口付けは温かくて甘い。頭の芯がチリチリと痺れていくのを感じた。 「湯玄様との口付け気持ちいい」 「凪、私も気持ちいいぞ」 「蕩けそうだ……」  湯玄との口付けに陶酔してしまった凪は、夢中でその唇を堪能した。  まるで夢現の中、凪は地面が揺れ動くのを感じる。地面に転がり落ちた湯石が赤い光を放ち、高温からか辺りの草が焼き焦げていた。  源泉の湯が急激に沸騰し始めて、ボコボコと大きな泡がいくつもできては、すぐに割れていく。温泉が煮えたぎる音が辺りに響き渡った。凪と湯玄はあっという間に白い煙に包まれてしまい、何も見えなくなる。  次の瞬間、勢いよく間欠泉が吹き出した。  吹き出した間欠泉は一つだけでなく、どんどんと源泉に湯が溜まっていく。溜まった温泉は物凄い速さで流れていき、滝下へと落ちていった。 「あぁ、よかった」  凪は思う。  きっとこれからは、源泉が枯れることなんてないだろう。なぜなら、湯玄には生力を分け与えてくれる花嫁がいるのだから。これから先、湯玄と二人で源泉を守っていこう……凪はそう心に誓った。 「凪よ、椿屋に帰ろう」 「うん!」  二人で見つめ合ってから、もう一度微笑んだ。

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