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第十三話 巨岩の墓石と頂きの白いエーデルワイス
「あーあ……お前、もう死ぬことすら叶わないぜ。
ガブリエルを怒らせちまったんだからな」
ガブリエルの右に控える、黄金の鎧に身を固めた軍神ミカエルが、肩をすくめて死刑以上に恐ろしい宣告を言い放った。
厳格なガブリエルにとって、規律を正しく守り、美しく歌い続けるラファエルは、誰よりも好ましく、尊い存在だった。
そしてラファエルもまた、強大な組織を統率するガブリエルの圧倒的な手腕を、深く尊敬していたのだ。
二人は一度も親しく言葉を交わすことなく、ただ遠くから互いの高潔さを認め合っていた。
(……当人同士は、最後まで気づいちゃいなかったんだろうが)
大天使ミカエルが、心の中で小さく呟く。
(ひっそりと美しく咲かせておきたかった気高い花を、あんな悪魔なんかに泥を塗られたんじゃな)
ミカエルだけが、二人の間に流れていた言葉なき信頼と、それが汚され奪い取られたガブリエルの深すぎる怒りを察していた。
「ミカエル、あの岩山を切り落とせ」
ガブリエルがすっと腕を上げ、側立つ山を指差しミカエルに合図する。
「了解、っと」
ミカエルは息を大きく吸うと、黄金の大剣を鞘から引き抜いた。
抜刀と同時に、金の閃光が走り、そびえ立つ崖が真横にズレた。
大きな地響きと共に、切り落とされた岩山の塊はルウの上へと滑り落ちた。
「グ、ァ……ッ!」
ルウの内臓が弾けて漆黒の羽根は折れ、岩山の下で流れた赤黒い血が大地を汚した。
「虫の息だな。しかし、この場所ににわずかに流れ込む暗黒の気では、完全な復活は見込めまい」
ガブリエルが右の手を頭上に掲げると、武装した天使たちがひしめく宙の中空に十二本の光の杭が出現した。それは一本一本が神殿の柱ほどもある聖なる杭だ。
ガブリエルがルウへと指先を振り下ろすと、光柱は落雷のごとく勢いで落下した。
光柱は、ルウを下敷きにした巨大な岩山を容赦なく貫いて大地へ突き刺さった。 潰れかけたルウを円状に取り囲んだ十二本の光は、岩山ごと閉じ込める光の檻を完成させた。
「価値の無いお前に、俺が役目を与えてやろう。この境界の森で永久に悪魔の侵入から天界を護る礎となれ」
氷のように冷ややかな目の奥に怒りを宿し、ガブリエルが吐き捨てるように告げた。
「往くぞ」
短い一言を残し、ガブリエルとミカエルが空へと舞い戻る。
それに応じるように、空を覆い尽くしていた万の天使たちが一斉に旋回を始めた。
天を焦がすほどの輝きを放っていた軍勢が、ガブリエルを先頭に一陣の輝く大雲が移動するように去っていく。
天界の軍勢が去り、静寂が訪れた境界の森。
ルウは重い岩山の底の闇の中で押し潰され、破れた内臓と折れ曲がった漆黒の羽根は、自らの血の海に沈んでいる。
吐息のたびに砕けた肋骨が肉を穿つ。だが、その灼熱の苦痛こそが、今のルウに残された唯一の救いだった。
(痛い……ラファエル様。だけどこの痛みが俺を焼く限り、あなたを消し去った罪を背負っていられる。
………これで、ラファエルさまを永遠に想い続けられるね)
ルウは暗闇の中、潰れた眼球の奥でただ一人の天使の面影を描いてなぞり続けた。
――それから、どれほどの月日が流れただろうか。
軽薄な天使たちが、小さな悪魔と堕天使の存在を思い出すことは無くなっていた。
「境界の森」の中に佇む、巨大な墓標のような岩山の伝説を、覚えている者はいない。
地獄から流れ込む暗黒の気を帯びた黒い花は、今日も岩山の底へ飲み込まれてゆく。「境界の森」には、白い花しか咲かない。
星のような形をしたエーデルワイスの花だけが、岩山の頂きで涼やかな風に吹かれて、歌うように優しく揺れていた。
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