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第十二話 始まりと終わりの「境界の森」
ルウは不浄を吸い上げる者だ。 だが、今のラファエルはその存在そのものが不浄へと反転してしまっていた。
「あ……っ、ラファエルさま……!?」
ルウが冷たい恐怖の予感に身をすくめた。 ラファエルの白磁のように美しい指が、先端から白い灰となって解け、風に削られるように消え始めていたのだ。
美しいラファエルの体から、白い灰がサラサラと零れ落ちていく。
自分の身体が爪先から白く風化し、ルウの純白の呪いに吸い取られていくのを感じながら、ラファエルは逃げるどころか、自ら一歩、また一歩とルウへ向かって歩みを進める。
「ダメだ! 来ないで、ラファエルさま! 消えちゃう、消えちゃわないで……!」
ルウは泣き叫び、ラファエルを傷つけまいと巨体を縮めて必死に後ずさりしようとする。
ラファエルは天界の調和を保つための癒しの歌(ヒーリングソング)を祈り塔の頂上で捧げ続けていた。
それはただ美しい彫像の置き物として塔の上に閉じ込められて歌わされる永劫の時間。歌によって世界や他者の傷・不浄を癒やし、その身に肩代わりして溜め込んでしまっていた。
「私の力では、ただ檻を壊して、逃げることしか出来なかった………。
ごめんね。ルウ。一生、君を守るって約束したのに………破ってしまった。」
ラファエルはルウの目を見つめて自嘲気味に可愛く微笑んだ。
彼にとって、死は永遠の孤独な徒労からの解放だった。
「お願い、ルウ。私を抱きしめて?」
ルウには、世界で一番大好きな人の願いを拒むことは出来なかった。
ルウは愛ゆえに両腕を開き、その願いごとラファエルを自分の逞しい胸に受け止めた。
ラファエルは、愛おしそうに、その温かい胸へと頬を寄せた。
「ありがとう、優しいね、ルウ。………ルウのおかげで、やっと私は本当の私になれた」
ルウの胸に触れた瞬間、ラファエルの姿は儚く崩れ去り、白い灰となって風の中に散っていった。 黒薔薇のドレスも、光を呑み込む黒い羽根も、何も残さずに。
「あああぁぁぁっ! ラファエルさまぁぁぁッ!!」
胸に残ったかすかな温もりすら消え去り、ルウは誰もいなくなった空虚を狂ったように強く、強く抱きしめた。 境界の森に、絶望に満ちた怪鳥の甲高い慟哭が響き渡っていた。
その時、数万の天使たちの翼が引き起こす凄絶な羽音が、雷鳴となって境界の森を激しく揺らした。 見上げれば、白銀の甲冑を纏った天使の群れが空を埋め尽くしている。 煌めく大軍を背に地上へ舞い降りてきたのは、たったの二騎。
――大天使長ガブリエルと、軍神ミカエルだけだった。
無数の兵士たちは滞空の陣を敷き、まるで一つの意志を持った生き物のように空気が振動する低音の唸りをあげて、息を殺して最高指揮官を見守っている。
「貴様……っ、よくも我が友ラファエルを誑かしたな! 天界で最も清らかな存在であったものを……! 純粋なラファエルを騙すのは、さぞ容易かっただろう。この卑怯な悪魔め、許しがたい……っ!」
蒼銀の輝きに身を包んで降り立った大天使ガブリエルは、 いつもの冷静な面影は失われ、その美しい顔は憎しみと憤怒に歪んでいた。
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